3-20 壊された懐中時計
エンディは嫌な予感が駆け巡り、レイに言った。
「いいか、くれぐれも壊す──」
レイは懐中時計を持った手を振りかぶると、思い切りそれを地面に叩きつけた。
「なあああああああ!?」
地面に勢いよく当たり、数度のバウンドを経て転がった懐中時計。それをエンディは絶叫とともに拾い上げる。
「君はなっ、何をしてっ──」
エンディは蓋を開けて中身を見つめる。数秒後、時計の針が動いていないことに気付くと顔が真っ青になった。
「こっ、こわっ、壊れてる」
震えてしどろもどろになっているエンディの言葉にレイは上手く言ったとばかりに笑った。
秒針が動くように祈るよう盤面を見つめるエンディの手からそれを取り上げたレイは「よし」と言った。
「何が『よし』なんだ!? 馬鹿か君は!?」
泣きそうになっているエンディを無視してレイは先程のキュクロが店主を務める店に戻る。
「どこ行くんだ!?」
「壊れたんだろ? この店なら直してくれるはずだ」
レイはドアを開けて店内に入る。
キュクロは作業台に座っていた。彼女は機械をいじっていた顔をあげ、二度目の来訪者に不機嫌な顔をする。
「まだなにか──」
レイは作業台に懐中時計を置いた。
「壊れたから直して欲しい」
キュクロは相変わらず不機嫌な顔で懐中時計をみる。そして置かれた物を理解するとさらに顔が険しくなった。
「これって騎士の身分証でしょ。ウチは騎士の仕事はお断り」
レイは返された懐中時計をエンディに見せて聞いた。
「これは騎士団からの支給品だろ? もし壊れたらどうする?」
「どうするって……騎士団の整備課に──」
「そうか。それじゃ整備課に持っていこうぜ。どうやらこの店は時計一つ直せないらしい。騎士団以下だな」
レイの簡単な挑発にキュクロは椅子から立ち上がる。そしてその手から引ったくるように懐中時計を奪うと座り直す。
「ふざけないで! ウチの腕は騎士団なんかよりずっと良いんだから!」
そう言った彼女は
作業台の前にぶら下がっている整備用の道具、その中でも特に細かい作業用のものを手に取ると鮮やかな手口で懐中時計を分解していく。
初めて整備するだろう騎士団の懐中時計を流れるように分解し、部品を一つ一つ吟味する彼女にレイは感心する。
興味深そうにその手元をじっと見ていたレイへとものの数分で修理し終わった懐中時計が返却された。
エンディはレイに渡してなるものかと慌ててそれを受け取り蓋を開く。そして「直ってる!」と嬉しそうに言った。
「歯車がズレてただけだったよ」
レイはつまらなさそうに言った彼女を素直に褒める。
「いい腕じゃないか。騎士団の懐中時計は初めて修理したんだろ?」
「まぁ……そうだけど……騎士団や軍の支給品は規格化してるし、構造も統一化されてるからある程度中身の想像はつくし……それに時計類はどうしても内部構造は似てくるから損傷個所の予想がつく──」
レイから褒められ饒舌になったキュクロはそこまで喋ると慌てて口を閉じた。
「感謝する。一時はどうなる事かと……」
「治ったんだから帰って」
そう言ったキュクロの声にエンディは頷いて踵を返す。しかし店主は静かに言った。
「お代」
修理をしてもらったのだからその対価は払わなければならない。だが今回はレイが壊したのだ。修理代は彼が払うべきなのでは──そんな思いのエンディはレイのいた方を見る。
しかしレイはもういなかった。またも一切の気配もなく店から出ていた。
エンディはこの代金は絶対に彼へと請求してやろうと心に決めて財布を出した。
エンディは相場より倍の値段を払って外に出るとレイを探す。しかしあたりを見回しただけでは彼の姿を見つけられなかった。
まさかと思ったエンディは通りの反対にある店のテラス席まで歩いて行き、並んでいるテーブルに彼の姿を探す。
彼女の予想通り、レイはテラス席に腰かけて酒を飲んでいた。
「君は──」
何から怒鳴ろうかとエンディは迷った。
懐中時計を壊した事。その修理代を払わせた事。勤務中なのに酒を飲んでいる事──エンディは暫く考え、まず彼がとった意味不明の行動について怒ることにした。
「人のものを壊すのは犯ざ──」
レイは「座らないのか」と説教を始めたエンディに言った。彼が指したテーブルには既に簡単な食事が二人分乗っている。
朝から何も食べていないエンディの腹が鳴る。いったん怒るのを止めた彼女はレイの体面に座るとため息を吐いた。
「これは君が頼んでくれたのか?」
エンディはレイの思わぬ気遣いにこういう事も出来るのだな、と少しだけ見直した。
だがこんなあからさまなご機嫌取りで誤魔化される程、自分は甘くないと厳しい顔をした。
彼女は食事には手をつけず説教の続きを始める。
「言っておくが、こんな事でさっきの事が許されるとは──」
「なんだ。食べないのか」
そう言ったレイはエンディの前に置かれた食事に手を伸ばす。彼女は慌てて自分の皿をレイから遠ざけた。
「食べないとは言ってないだろう!」
エンディは少々下品だと思いながらも、彼に奪われないよう皿を手に持って食べ始める。
パンに肉を挟んだシンプルなものだったが、空腹のエンディには染みるほど美味しかった。
しばらく無言で口を動かし、あっという間に平らげたエンディは口をナプキンで上品に拭くと何かに気付いたかのように顔を赤くした。
「食前のお祈りを忘れてた──」
疲れと空腹、そしてレイの
既にリストの残りの店は閉店時間が近づいている。それにリストも最新のものを騎士団に引き返して貰ってこなければならない。
そこで彼女は懐中時計を壊されたことを思い出す。
「なんで急に私の時計を壊したんだ?」
満腹になり怒りが収まったエンディはレイにそう聞いた。
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