3-19 キュクロ
午前中と午後からの数時間を使って五件の武器屋を回ったが、結局どの店でも大した情報は得ることが出来なかった。
レイが見たクロスボウはそうそう出回るものではないのだとエンディは空振りに終わったリストに斜線を引いて消していく。
六つ目の武器屋の前に到着した時、既に日はだいぶ傾いていた。
馬車を降りたエンディは武器屋の前で空腹と疲れで重くなった体を気力で動かして店に入る。
レイも彼女の続いて店に入ると店内を見回した。
来客を知らせる音に奥から店主としてはかなり若い女が出てくる。
彼女は分厚い手袋で顔についた油を拭き取ると口を開いた。
「いらっしゃ──」
来客が騎士だと気付いた彼女は歓迎の挨拶を途中で止め、途端に不機嫌になった。
「騎士が何の用?」
ぶっきらぼうに対応されたエンディは少し戸惑うも、ベルトに付けている懐中時計を示して名乗った。
「東騎士団殺人課所属のエンディです。二、三伺いたいことが──」
レイは彼女たちのやり取りに興味なさそうに店の棚を見ていく。
狭い店内の棚には所狭しと時計やよく分からない機械類が整列しており、その下の棚には機械用の油が多種並んでいた。
機械油を一つ一つ吟味していたレイをチラリと見た店主は手袋をはめたまま、セットさていない銀色の髪をかき上げて聞く。
「何なの?」
「えぇと……君がこの店の店主のフェクス・テールムで間違いは無いか?」
「それは祖父。もう死んでる」
しまった、という顔をしたエンディは目を伏せて孫の彼女に聞いた。
「お悔やみを……それでは君は──」
「キュクロ」
ぶっきらぼうに名乗った
「キュクロ……今は君が店主ということで間違いないか?」
「それ以外何があるの?」
彼女の態度には敵意が混じっている。店内を観察し終えたレイはエンディに小声で「いつものお嬢さんより機嫌が悪いな」とからかう様に囁いた。
エンディは「黙っててくれ」とレイを諌めると咳払いを一つして聞いた。
「武器を取り扱っている店を回ってるんだが──」
そのセリフに若い店主──キュクロはキッとエンディを睨んだ。
「ウチは武器を取り扱ってないよ。武器じゃない機械の販売と修理だけ」
「え? だが騎士団の登録リストには──」
その言葉がさらに店主を激昂させた。彼女は高いトーンでエンディに叫ぶ。
「だいぶ前に武器の製造販売免許は取り消されたんだよ!
エンディは慌てて手元のリストを見る。しかしそこには未だ武器の販売・製造免許が許可されていると記してある。
まさか、と思いエンディはリストの日付を見ると、だいぶ古いものだった。店主名の欄が更新されていないところを見ると更新がされていないのかも知れない──エンディは正しいリストを持ってこなければならないと憂鬱な気分になった。
「あ……すまない。更新前のリストだったかもしれない。もう一度確認して──」
「いいから帰って!」
そう叫んだキュクロにタジタジとなったエンディとは対称に、レイはズカズカと彼女に歩み寄ってその顔を間近で見る。
無遠慮に黒い瞳に間近で見つめられたキュクロは思わず目を逸らす。
「あ、あんたも騎士なの?」
「いや、俺は違う」
レイは化粧一つしていない彼女の顔を見る。
化粧の代わりに油がところどころに着いており、夜ふかしが多いのか目の下には大きな
身なりに気をつければ美人なのにもったいないな、と思いながら彼女の胸元を見る。
タンクトップ一枚で、今朝あったクルスと同じぐらいか、それ以上の大きさの胸が窮屈そうに収まっている。
同じものを何年も着ているのか、明らかにそのサイズは合っていない。
そしてタンクトップやそこからはみ出そうになっている胸にも、顔と同じように油が付着している。
少しずらせば溢れそうなその胸を見られている事に気付いた店主は「どこ見てるの!」と叫ぶと両手で胸元を抑える。
エンディもレイが胸を凝視していることに気付き、慌てて彼の顔の前に手のひらを出して視界を遮ると謝罪する。
「すまない! 彼は少々下品で──」
「いいから出ていってよ変態!」
追い出されるように店の外に出た二人は振り返る。店の外構えを見ながら互いに悩んだ顔をした。
「なんであんな下品な真似ができるんだ! 人の胸をジロジロ見るなんて──」
エンディはレイの行動に怒りながら注意する。しかし注意されている事など全く気にしていないレイは聞いた。
「この店……武器屋としての登録が取り消されたのか?」
その問いにエンディはまだ説教は終わってないぞ、と付け加えて答えた。
「このリストにはまだ武器屋の販売免許があると書いてあるが……作成された日付は二十年近く前になっている。恐らく古いリストを渡されたんだ」
エンディは疲れた顔で最新のものを貰わないとな、と呟いた。
レイは口元を隠しながら反対の通りまで歩く。腑に落ちないといった顔をして歩いている彼にエンディは聞いた。
「何か気になることでも?」
「彼女の店には──」
エンディはレイの言葉に僅かながら期待した。
今日丸一日使っても収穫は無いだろうという予感があったからだ。レイが何かいい案でも出してくれないか──そんな期待を寄せる彼女にレイはポツリと呟いた。
「武器があったな」
その言葉にエンディは驚いて立ち止まる。一通り店の中は見回して武器の気配すら見つけられなかった、と彼女は慌ててレイの後を追う。
彼の言葉が本当ならば、
「ど、どこに!?」
「胸だ。あれだけデカけりゃ男にとっては武器も同然だ」
レイの下品な冗談にエンディは思わず手が出そうになるが堪えた。代わりに怒鳴った。
「君は最低なやつだな! 人の体をそうやって──」
レイはエンディの勢いを削ぐように彼女の言葉の途中で口を開いた。
「その懐中時計だが、それは機械で動いているのか?」
「は? いやまぁ……そうだと思う。週に一度、時間を合わせてネジを巻いてるし……」
レイはそれを聞くと手を差し出した。
「それを貸せ」
「駄目に決まってるだろう! これは騎士の身分証だ!
レイは手を引っ込めずに言った。
「事件を解決したくないのか?」
「懐中時計を貸すことと事件の解決になんの関係が──」
「細かいことを気にするな。別に人の命を犠牲にしようってんじゃないんだ。それとも事件の解決より懐中時計の方が大事なのか?」
エンディはレイの勢いに押され、渋々懐中時計をレイに手渡す。
レイは懐中時計を耳に当てて秒針の音を聞く。
内部構造は見えないが、だいぶ細かい機械類を使っているらしい──レイはゼンマイ仕掛けのそれを耳から離す。
何をやっているか理解できないレイにエンディはたまらず聞いた。
「何をしてるんだ?」
「何もしてない。
レイはそう言って薄く笑う。エンディはそれを見て胸中に嫌な予感が駆け巡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます