3-18 不意打ちは卑怯か

 地域課から貰った武器屋のリストを順に訪問することにしたレイとエンディは辻馬車に揺られながら無言の時を過ごしていた。


 美人相手にはぺらぺらと無駄に喋りまくるのに、何故こういう時は黙るんだ──エンディはレイをチラリと見てこの気まずい沈黙に耐えられなくなる。

 そしてしばらく話題について悩んだ後、口を開いた。


「君が昨日言った事を考えていた」


 唐突に始まった話にレイは興味なさげに空返事するがエンディは構わず続けた。


「私がテシーの命を天秤にかけたという話だ」


 レイはエンディに顔を向ける。彼女の顔は悲壮感でいっぱいになっている。


「確かに君の言った通りだ。私には彼女を救うべき手段があった。そしてそれを取らなかった」

「そうだな」

「でも私は──」


 エンディは次の句が継げなくなった。決して自分はテシーを囮にしたかったわけではないと。だがそれは言い訳だ。結果的にテシーは襲われた。


「君に掴みかかったのは八つ当たりだ……すまなかった」


 レイはその謝罪に対して何も反応しなかった。辻馬車の小窓から流れる街並みを眺めている。

 何を考えているか分からないその物憂げな横顔にエンディは暫く見惚れてしまったが、頭を切り替えると言った。


「それと……先ほど団長に会って聞いたのだが、テシーは助かったそうだ」


 レイは「へぇ」とまたも空返事を返す。


「あの日、団長はテシーの家の近くに奥さんのフィーネを待機させていたそうだ」


 レイはその言葉にちらりとエンディを見た。彼女の話が本当だとすると、クワトロは自分の行動を読んでいた事になる。食えない男だ──レイは馬車の壁に頭を持たれる。


「君が出て行った後にフィーネが来てくれて応急処置してくれたんだ。昨夜まで危ない状態だったが──聞いてるか?」


 全く反応の無いレイにエンディはムッとすると、もう一つのムッとした話題を口にする。


「さっきの戦い方はどうなんだ」


 レイはエンディの小言に仕方なく付き合うことにした。

 しばらくモビーディックについて考えていたが、如何いかんせん情報が足りなさすぎる。

 奴が男か女かも分からないのだ──分からない事柄について考えるよりも、エンディの小言に付き合うほうがマシだとレイは彼女と目を合わせる。


「戦い方?」

「不意打ちでクルスを倒しただろう」


 話術を用いて気を逸らせ、ジャケットでの目くらましで不意を突いてクルスに勝った。


 レイはクルスに剣術で勝つことは不可能と理解していた。

 自分は剣を使えないのだ、だからああいう手を取った。しかしエンディにはそれが気に食わないらしい──レイは負け惜しみを言って連れ去られたクルスの顔を思い出す。

 そういえば相手した彼女は何者なのだろうとレイは疑問を持った。


「あの金髪のお馬鹿さんは誰なんだ?」


 会話の流れを断ち切られたエンディはむっとするが答える。


「彼女はクルスだ。人の名前ぐらいおぼえ──」

「それは憶えてるさ。美人の名前を忘れる訳無いだろう。クルスも殺人課なのか?」

「いや、彼女は組織犯罪対策課だ……それよりも君の戦い方が──」

 

 レイは強引に会話を戻され、クルスに向けたあざけるような視線でエンディを射抜いて答える。


「既に勝負は始まっていた。不意打ちなんてのは言い訳だろう」

「それはそうだが……ブーツの紐はわざとほどいたのだろう」


 レイはエンディによく気付いたな、と声を掛けそうになって思わず口をつぐむ。


「紐を結んで油断している所に不意打ちしたんだ。クルスの善意を利用したそれは──」

「卑怯だと思うか?」


 エンディは力強く頷いた。それにレイは馬鹿にしたようにふんと笑う。


「どこまで甘ちゃん・・・・なんだ。あの教官が言っていただろう。実戦形式の勝負だと」

「確かに言っていたが……」

「騎士ってのは実戦じゃあ、敵が靴ひもを結ぶのを待ってやるのか?」


 そんな訳ないだろう、とエンディは言いそうになった。しかしそれを言うのは自分が吹っ掛けた理論を頭から否定することになる。彼女は不満を顔に出すだけにとどめた。


「あの金髪の馬鹿クルスはお嬢さんに負けず劣らずマヌケだな。既に勝負は始まっているのに、斬りかかってこず準備してくれるのを待つなんて」

「それは──」

「クワトロも教官もあの勝負に何の物言い・・・もつけなかっただろう。それが結果だ」


 レイはタバコを咥えて窓の外に視線をやる。そして自分の座右の銘モットーを呟く。


「敵と戦うときは絶対に油断するな。隙を見つけたら容赦なく攻撃しろ。お嬢さんはそれが出来なかったからネイヴを取り逃がしたんだ」


 その言葉でエンディは顔を伏せる。あの時はネイヴの甘言に思わず隙を見せてしまった。その結果、彼に逃げられてしまったのだ

 あの時はレイが追いかけて捕らえたが、もし彼がいなかったらどうなっていたか──エンディは自分の考えが甘かったとここにきてようやく自覚した。

 唇を噛んで顔を伏せている彼女にレイは追い打ちをかけるように続ける。


「それとも何か? 現場で犯罪者に不意打ちされて被害者が出た時はどうするんだ? 遺族に『卑怯な手を使われたから、助けることが出来ませんでした』なんて言うつもりなのか?」


 自分とクルスのような新人騎士と、レイやクワトロ、教官のような戦い慣れしている者との間には大きな差があると理解した。


 それは実戦での経験だ。レイは記憶が無いが、明らかに戦い慣れている。戦闘になれば余計な事には気を取られずに、相手が戦闘不能になるまで戦う。

 クワトロと戦闘教官も前線で何年も戦っていた。

 そんな彼らがレイの不意打ちを当然のものとして受け入れるのも現場ではそれが普通だからなのだろう。

 エンディはクルスの負けは正当なものだったとようやく受け入れた。


「実戦において卑怯ってのは負け犬の戯言だ」


 耳が痛い言葉にエンディは黙ってしまい、気まずい沈黙がまたも馬車を支配する。それを沈黙を破ったのは馬車を操る御者だった。


「つきましたよお二人さん」


 その言葉で二人は無言のまま馬車を降りて一件目の武器屋に向かった。

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