3-17 コンビ結成
エンディはレイを引き連れ殺人課の資料室に戻って来た。
ソファに寝転がりタバコを咥える彼にエンディは言った。
「君が顧問として雇われるという話だが……率直に言って私は反対だ」
だろうなとレイは頷いた。
「だが上からの命令だ。私は大人しく従う。何故かベルフェも同意しているし──」
その点がエンディには腑に落ちなかった。これまで捜査への参加を認められなかったのが、急にレイと
恐らくクワトロからの横やりがあったのだろう──エンディはまたしても自分の力では結局まともな仕事出来ないと落ち込む。
「だから約束して欲しいのだ。決して関係ない人間を巻き込まないと。人の命を無下に扱わないと」
「いいぞ」
レイはすぐに頷いた。あまりにも簡単に了承した彼にエンディは「そ、そうか」と拍子抜けした声を出してデスクに座るとこれからの方針を言った。
「これからは君とネイヴを襲った犯人を追うよう言われている」
「それで?」
「そうだな……君が襲われた時の事を話してほしい」
レイはあまり語るべき事はないが、と思いつつも事のあらましを語った。
「俺がネイヴを拘束した瞬間に男が現れたんだ。奴は俺とネイヴの姿を見た瞬間に、腰のクロスボウを抜いてネイヴに二発撃った。俺も撃たれるところだったがメスを投げて追い払ったのさ」
レイはそこまで語るとメスを取り出してエンディが背にしている壁に向かって投げる。
エンディは「危ないじゃないか!」と椅子から飛び上がり壁に刺さったメスを見る。
「それで──犯人に心当たりは?」
「ある訳ないだろう」
エンディはあまり期待していなかったのか「やはりか」とだけ言ってメスを抜く。
壁に傷と刃の先端についていた黒い粘性の油が壁に残り、嫌な顔をした彼女はメスを机の上に置いた。
そしてネイヴはレイが
「そういえば……ネイヴは君をこちらの世界に呼んだ人間だったのか?」
レイはその問いに首を振った。
「奴が死ぬ前に幾つか会話したが、俺を呼んだ人間じゃなかった」
「だが……騎士団に手紙と腎臓を送って来たのは彼だろう? 手紙では君の事を異世界人だと知っているような口ぶりだったが──」
「手紙を送って来たのは別の人間だ。ネイヴはそいつに腎臓を渡したと言っていた」
「それじゃあ──」
「俺を呼んだ人間は別にいた。ネイヴは
エンディは腕を組んで考える。
「そのモビーディックという人物がネイヴから腎臓を貰って、それを手紙と一緒に騎士団に届けたということか?」
頷いたレイを見つつ、エンディはそこである考えに思い至った。
「それではネイヴを殺したクロスボウの男は──」
「恐らく黒幕──モビーディックの差し金だろうな。ネイヴに殺された女と同じく口封じだ」
エンディは混乱してきた思考をまとめようとレイに語り掛ける。
「まず……君をこちらに呼ぶため、魔法陣を構築していた三人組──彼らもモビーディックの手先だと?」
「多分な」
「三人組の内の一人を殺したネイヴもモビーディックの手先だと?」
エンディは腑に落ちないといった顔をした。それはレイも同じで、彼女の問いに頷きながらも
そもそもモビーディックが何がしたいのか分からないのだ。
最初の三人組は召喚した瞬間に自分を殺そうとしてしてきた。
しかし次に
なにより殺すために殺人鬼と接触させるというのはあまりにも遠回りだ。
そんな事をしなくとも、最初からクロスボウの男に直接襲わせればいいのだ──そのレイの考えにエンディも達したようで口にした。
「でも……君を殺すためにこちらに呼んだのだろう? それなのになぜ遠回りな事をするんだ? 最初は三人で殺そうとしてきたのに、次はわざわざ殺人鬼と接触させたかと思えば、刺客を使って直接襲いに来たり……」
「さぁな」
レイはそう言ってタバコに火をつける。エンディはハッとして腕組みを解くと彼に注意する。
「ここは禁煙だ」
「ん? どこに禁煙って書いてあるんだ?」
レイはわざとらしく部屋を見回すと禁煙の表記が無い事を指摘する。
次に彼が来る前に禁煙の張り紙をしてやろうとエンディは決心し話を変えた。
「……大体なぜタバコなんて吸うんだ。体に悪いぞ。百害あって一利なしだ」
「ストレスの軽減になる」
エンディは冷たい目でレイに言った。
「君がストレスを感じているようには見えないが──」
「馬鹿と話してるとストレスが溜まるからな。感情で動くような奴との会話は特に」
エンディは昨夜レイに掴みかかったことを思い出し、バツの悪い顔をする。そしてまたも話をすり替えた。
「そ、それに……周りの人間にも悪影響だ。いいか、タバコは有毒で肺機能を──」
レイは説教を始めたエンディを無視してこれからどうするかと考える。
クロスボウの男を追うにはまず情報が欲しい。騎士団にそういった資料はあるのだろうか──レイはPCなんて便利な物が無いだろうこの世界で、これから紙と格闘することになるかと思いげんなりする。
まずは何をするにしてもこちらの世界の捜査については──新人であっても──先輩であるエンディの行動に従うのが得策だ、とレイは彼女に聞いた。
「それで──まずはどこから始める?」
くどくどとタバコの悪影響を語っていたエンディはその言葉で「うーん」と唸って答えた。
「まずは……クロスボウを取り扱っている武器屋を当たっていこうと思う。君が見たクロスボウはどのような形状だった?」
レイはソファから立ち上がると、机の上の紙に鉛筆で手早くクロスボウの絵を描いていく。的確に分かりやすく描き上げられた製図を見てエンディは驚いた。
「絵が上手なんだな」
「よく言われるよ」
エンディは絵を手に取ると「珍しい形だな……」とまたも唸った。
「そうなのか?」
「騎士団にもクロスボウを採用している部隊はあるし、騎士学校でも使い方は一通り習ったが……ここまで小型な物は見た事が無い」
それはレイも同感だった。想像していたクロスボウは少なくとも両手で扱うようものだった。
「だがこれだけ珍しいものなら、見つけるのは簡単かもしれない。それに武器を売る際は購入者の情報を保管する義務があるから……恐らく犯人はすぐ見つかるだろう」
そう希望に満ちた言葉と共にエンディは顔を上げた。
「とりあえず地域課に行ってここら一帯で営業している武器屋のリストを貰ってくる」
レイは勇んで部屋を出て行ったエンディを見送った。
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