3-16 戦闘技術認定試験

 怒りでわなわなと震えるクルスを無視したレイはクワトロの元に歩み寄る。

 クワトロはクルスを示して言った。


「今日の相手は彼女──クルス・ヅィーベン君だ」


 レイはそう言われてむきーっと歯を向いているクルスを見た。

 ウェーブのような癖のついた長い金髪。年頃はエンディと同じぐらい。まだ少女の面影を残す彼女の顔は自信にあふれている。

 スタイルも申し分ない。特にその胸は年齢に不相応なほど大きい。

 堂々と立っているからか、その胸と尻がしっかりと強調され、目のやり場に困る。 


 一通り見定めたレイは以外そうな顔をしてエンディをチラリと見る。


「てっきりあのお嬢さんが相手だと思ってたんだが……」

「これから組ませる相手とやらせるわけにもいかないのでね」


 その言葉にエンディは顔を伏せる。

 レイは「そうかい」と特に何の興味もなさそうな態度で聞いた。


「ルールは?」


 それにはクワトロの横に立っていた戦闘教官が答える。


「とりあえず実戦形式で行う。互いの武器は長剣だ」


 そう言って手渡された木剣をレイは見つめる。

 手に持ってみたが、全く馴染みがない。やはり自分は剣というものを使ったことが無いのだ。


 使ったこともない武器でどうやって勝とうか、と作戦を立てているレイにクルスが肩を怒らせて歩み寄ると言う。


「遅れてきて謝罪の一つもないんですの!?」

「遅刻ぐらいでそうカッカ・・・するなよ。尻の穴が小さいやつだな」


 下品な言葉にクルスは面食らう。


「尻のあ──な、なんて下品な方なの!」


 レイは下げた木剣の先で自分のブーツをこっそりとつつき・・・ながら彼女に軽薄な笑みを浮かべて言った。


「そう怒るな。もし俺が負けたら謝ってやってもいいぜ」


 レイの態度にクルスはもう我慢できないとばかりに木剣を強く握りしめ、レイに向ける。


「わかりました! ぶっ殺してあげますわ!」


 彼女の吐いた物騒な言葉にレイはわざとらしく眉を寄せて指摘する。


「『ぶっ殺す』ってのは下品じゃないのか?」


 その言葉にクルスは一本取られた、という顔をした。


「ふ、ふんっ! 揚げ足取りは一級品ですわね! 分かりました。ぶっ殺して差し上げますわ!」


 これで文句はないだろうとばかりに胸を張ったクルス。大きい胸が制服から張り出した彼女にレイは呆れた。


「騎士ってのはバカしかいないのか?」


 そう言ったレイはクルスとエンディを見比べる。

 そんなやり取りにクワトロが咳払いをした。早くしろとの咳払いにレイは訓練場の真ん中に歩いていくと言った。


「来いよおバカさん。とっとと始めようぜ」


 侮辱されたクルスは「なんですって!?」とムカムカとしながら彼と相対する位置に立つ。

 レイは適当に剣を構えるが、そのあまりにも酷い構え方にその場にいる全員が彼は剣の素人だと見抜いた。


 ある程度の実力者であれば、打ち合わなくとも相手の技量がわかる。それがド素人だとなおさらだ。


 エンディはレイの構えを見て、彼が全く剣を使えない者だと分かった。そして万に一つでも彼は勝てないだろうと確信する。


 クルスは騎士学校では二位の成績で卒業している。その腕は特に剣術に秀でていた。

 それは彼女がエンディと同じく由緒正しい騎士の家系に生まれ、幼少の頃から厳しい訓練を受けてきたからだ。


 それにクルスの父親はクワトロやエンディの父と同じく、騎士団の創立メンバーでもある。

 いわゆるエリート騎士の代表なのだ。そんな父から鍛えられた騎士と、今日初めて剣を握ったような男では実力に差があり過ぎる

 明らかなハンディマッチに声を上げたのはクルスだった。


「ちょ、ちょっとあなた──」


 その適当な持ち方をクルスは顔を歪めて見た。


「剣を使った事がありませんの!?」

「実を言うと──まったく無い。多分・・・、握ったのも今日が始めてだ」


 クルスは教官とクワトロを見る。その目は明らかに素人とは戦うのは気が引ける、といった感情を孕んでいた。

 しかしクルスは誰も何も言わないのを見て、適当な握りをしているレイに言う。


「いいですの!? 剣の握り方はこうですのよ!?」


 これから戦うという相手にクルスはご丁寧に指南を始める。

 彼女は握った手が見えやすいように掲げると続けた。


「あまり強く持ってはいけませんわ。軽く握っても駄目ですの。いいです? 繊細な持ち方が──」


 そこまで言って彼女は自分のやっていることが敵に塩を送るような行為だと気づいたのか、咳払いを一つして構えた。


「開始の合図はどなたが?」

 

 教官が「実戦形式だ。もう始まっている」と答えるのを聞いてクルスは構える。


 レイは教官の言葉にジャケットを脱いで足元に放ると上裸になる。

 クルスは裸に赤面してレイの体から視線を外す。


「ちょ、ちょっと! 何してるんですの!?」

「何って……上着を着ていたら戦いにくいだろう」


 エンディは嘘だと思った。彼はいつもジャケットを着て戦っている。そして彼のブラフに嫌な予感がした。


「そ、そうですの……」


 クルスはちらちらとレイの体を見つつ構える。しかしレイは興を削ぐようにしゃがむと床に木剣を置いた。


「だから何してるんですの!?」


 流石にしゃがんで剣を捨てるなど看過出来なかった。明らかに戦う人間の行動ではないとクルスは怒る。そんな彼女にレイはブーツの靴ひもを見せる。


「ブーツの紐がほどけてたからな」


 そう言ってレイは解けたブーツの紐を結ぶ。それにクルスは呆れて言った。


「あ、貴方……そんな悠長な……実戦でしたら死んでいますわよ?」


 そのやり取りの中、エンディはレイが木剣を受け取った時にブーツをいじっていた事を思い出す。あれはわざと紐を解いていたのだ。

 罠だ──エンディがクルスにそう叫んだのとレイが行動したのは同時だった。


 レイは地面のジャケットを油断しきっているクルスに向かって投げつける。

 ジャケットはクルスに覆いかぶさり、彼女の視界を隠す。

 

「なっ──」


 クルスは木剣でそれを振り払うも、レイの姿が元の位置にいないことに気づく。


 レイは投げると同時に、低空タックルの要領で飛び込むと、彼女の腕を掴む。

 そして立ち上がると同時に、腕を引き込んで彼女のバランスを崩す。


 その引き込んだ勢いを利用して、前のめりになったクルスの背後に回ったレイは彼女を両腕で後ろから抱くように拘束した。

 クルスを抱いたレイは彼女を持ち上げて、横にすると地面に引き倒す。


 総合格闘技MMAで使われるようなテイクダウン──クルスは「ぐえっ!」という悲鳴とともに、あっという間にうつ伏せに倒されていた。

 すぐにレイは彼女の木剣を持つ手をひねり上げる。


「いだだだだ!」


 レイはひねり上げた手から落ちた木剣を取り上げるとその切っ先を彼女の首に突きつける。


「俺の勝ちだな」


 レイはそう言って彼女の上から降りて立ち上がると剣を放り投げる。

 クワトロと教官はその一連の攻防を冷静に観察していたがエンディとクルスは異を唱える。


「待って下さいまし! 今のは不意打ち・・・・ですのよ!?」


 教官はため息を吐いてクルスに言った。


「既に勝負は始まっているのに不意打ちも何も無いだろう」

「ひ、卑怯ですの!」

「散々教えただろう。敵が目の前にいる時は油断するなと」

「ですけど……あっ! そ、それにわたくしの得物はレイピアですのよ!? それでしたら──」


 負けを認めず、駄々をこねる子供のように言い訳を重ねる彼女にレイはふんと笑っていった。


「実戦じゃなくて良かったな。実戦だったら死んでたぜ」


 レイの意趣返しにクルスはわなわなと震える。

 教官はクワトロに向けて言った。


「彼の戦闘技術は申し分ないよ。それにしても──軍にいたのかい?」


 そう聞かれたレイは「まぁな」と曖昧に答える。


「どこの部隊に? あのような戦闘術は見たことがない」


 レイは突っ込まれるとは思わず、どうしようかと少し悩んで冗談で答えた。


コマンドー特殊部隊に」

「聞いたことがないな……上官の名は?」

「あー……メイトリクスだ」


 レイが冗談で言っていると悟ったクワトロは、これ以上彼への追求を辞めさせるために教官の質問を遮るように言った。


「お手数だが、認定証に署名サインしてもらえるかね。書類は用意してあるから来て欲しい」


 それに頷いた教官はクルスの首根っこを掴むと引きずってクワトロの後を追う。


「なんでわたくしも!?」

「今日はまだ時間がるから訓練してやる」


 その言葉にクルスの顔が青くなる。


「い、いやですの! 今日は非番ですのよ! これが終わったら新しいお店に──」

「あんな情けない負け方をして……徹底的に鍛え直してやる」

「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ! 負けてないんですの゛!」


 汚い叫び声を上げながら連れて行かれたクルスをレイはふざけた敬礼をして見送った。

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