3-15 クルス・ヅィーベン

 その日、クルス・ズィーベンは朝から不機嫌だった。


 久しぶりの非番で、近くに美味しいパンデビスを出す店が出来たらしいと受付のルナから聞いたクルスは今日こそ食べに行こうと思っていた。

 そう思っていた矢先、急遽騎士団から呼び出しがかかったのだ。


 騎士という職務上、唐突に休日返上になるのは覚悟していた。しかし今回呼び出されたのは何でも騎士として・・・・・の仕事ではないらしい。


 その事を聞いた彼女は適当な理由をつけて断ろうかと思った。だが呼び出したのが騎士学校時代の教官だと聞くと、重い腰を上げて騎士団に向かった。

 戦闘教官である彼女には恩がある。それを無下にするのはヅィーベン家の名折れだ。


 騎士団に到着したクルスは受付に呼び止められ、訓練場に行くよう言われる。

 そこに着いた彼女は戦闘教官の他に、この東騎士団の団長であるクワトロと騎士学校で同期だったエンディの顔を見つけて驚く。

 クルスは団長に敬礼するとエンディに言った。


「あらエンディさん。ご機嫌麗しゅう──」


 クルスはエンディをからかってやろうかと思った。しかし思わず口を閉じる。「おはよう」と返した彼女の顔があまりにも暗かったからだ。

 それ以上喋る元気が無いようなエンディに代わってクワトロが口を開いた。


「話は聞いているかね?」

「いえ、聞いておりませんわ」

「これから君にはある男と模擬戦闘を行って欲しい」


 クルスは要領を得ない声で「はぁ」とだけ答えた。


「実は……殺人課では新しく顧問コンサルタントを雇うことになったのだ。その顧問の戦闘技術の認定のため──今回はかなり例外的だが、騎士団の戦闘教官に彼の技量を見てもらう事になった」

「そのお相手がわたくしって訳ですの?」


 頷いたクワトロにクルスはエンディの方を見た。

 模擬戦闘の相手──それならば殺人課のエンディで事足りるはずだ。

 なぜ違う課の自分が呼び出されたのか分からないクルスは「まあいいですわ」と続けた。


「ありがとう。感謝するよ」


 同意したクルスに戦闘教官が持っていた木剣を渡しつつ聞いた。


「騎士団に入団して一月──どうかな現場は?」

「まずまずっていったところですわ」


 その言葉とは裏腹に、自信満々といった態度で答えたクルスに教官は苦笑いした。


「組織犯罪対策課はどう?」

「もっぱら三下チンピラと追いかけっこですわ──そう言えばこの模擬戦闘は両手剣ツーハンドソードでやりますの?」

「君の得物ではないが、一番流通しているスタンダードな武器だからね」


 クルスは自分の腰に下げている得物──刺突剣レイピアを木剣と交換するように教官へ渡す。


 騎士はあらゆる武器を使えなければならない。もちろん現代における騎士の生涯で使用する武器は殆ど一種類だが、騎士学校では様々な武器の使い方は一通り教わる。

 

「得意武器では無くてもわたくしであれば問題ありませんわ。なんてったって騎士学校をトップで──」

「二位だね」


 ぼかして言った言葉をはっきりと教官に訂正されたクルスはため息を吐いた。そして騎士学校の首席であったエンディに話を振る。


「それで──エンディさんは殺人課の方はどうですの?」


 クルスはエンディの現状を風の噂で知っていた。課長から嫌われ、現場に出して貰えないと。クルスは自分の質問が大変趣味の悪い嫌味になってしまっただろうか、と不安になる。


「そうだな……それなりにやっている」


 何があったのか、エンディは今まで見たことないほど沈んでいる。クルスはその態度に慌てた。


「べ、別に今のは嫌味とかではありませんのよ!? こういうのは普通のあいさつで──」


 エンディはその態度に少しだけ笑って「分かっている」と答える。クルスは痛々しく見える彼女の様子に、声を潜めて言った。


「もし……ご自分でどうにも出来ないのであればわたくしの父から──」


 それにエンディは首を振った。


「ありがとう。クルス。やはり君は優しいな」


 クルスはその台詞に慌てて「違いますわ!」と言った。


「別に心配しているとか……そういうのでは──」


 懐かしい友人とのやり取りでエンディは少しだけ元気を取り戻していた。

 レイに打たれた腹部はまだ痛むが、それでも気にはならない程には回復している。






 昨日クワトロからレイを殺人課の顧問として雇うという話を聞いた時、エンディは反対した。

 騎士とは犯罪と解決し、人を救う組織だ。

 しかしレイは殺人犯を見つけたとはいえ、人を平然と犠牲にするような人間なのだ。いうまでもなく騎士団には相応しくない。


 その事を伝えるも、クワトロはさらに衝撃的な言葉を口にした。


「これから君にはレイと組んで捜査してもらう」


 すなわちあの危険人物と相棒になれという事だ。彼が技能試験について合格パスすれば、エンディも現場に出られることになる。


 現場に出られることは嬉しいが、あの男を捜査に参加させるのはまともな判断と言い難い。


「彼は人の命を何とも思っていません。それどころか自分の目的のためなら簡単に他人を犠牲にする危険な──」

「君が手綱を握ればいい。彼はあくまで顧問という身分だ。騎士の命令は聞かなければならない」

「ですが──」

「彼の殺人犯を追う能力は上手く使えば・・・・・・騎士団にとっても大きな利益になる」


 クワトロの言いたいことも分かった。しかしエンディは納得できかねると唇を噛んだ。

 法則・・の事があるとはいえ、騎士団に所属させるのはやりすぎだ──そう不服そうな顔をするエンディにクワトロはきっぱりと言った。


「これは命令だ、エンディ君。君はこれから彼と協力して捜査するように。ベルフェも納得している」


 上からの命令は絶対だ──エンディはその場は渋々了承したが、彼を訓練場で待っている間にその了承を後悔し始める。


 指定した時間になっても彼が姿を現さないのだ。

 時間も守れない者に騎士団として働けるはずがない──彼が遅刻している事にはクルスも思う事があるのか、エンディにぼやいた。


「その相手は何時に来ることになってますの?」

「そろそろ来るはずだが……」


 その言葉から三十分経過した時、クルスは叫んだ。


「なぁんで! 来ないんですの!」

「お、落ち着け──」


 エンディが諫めるもクルスは「落ち着いてますの!」と叫ぶ。


「人が! 非番の時に! 呼び出して! 遅刻するなんて! 人として! どうな──」


 エンディは怒りで地団駄を踏むクルスに懐かしさを憶える。

 騎士学校の戦闘訓練で彼女に三連勝した時も同じように怒っていたな──そんな懐かしさに浸っていたのも束の間、エンディもさすがにレイに怒りを覚え始めていた。


 そしてクルスの怒りが最高潮に達しようとする時、件の男が酒瓶を片手に登場した。

 アルコールは火をさらに燃え上がらせる。レイの持っていた酒はクルスの怒りの火をさらに燃え上がらせた。


「彼がわたくしの相手ですの?」


 そう問われたエンディは頷いた。

 クルスは酒瓶を片手に遅刻してきたレイを睨んで叫ぶ。


「おっっっっっそいんですの!」


 叫ぶクルスにレイはうるさそうに眉をひそめて言った。


「この金髪のアホは?」


 エンディは頭を抱えた。

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