3-14 傷だらけの二人


 リンは自分の掌の傷に包帯を巻いていく。

 レイは疑問に思った。その傷も魔法で治せないのか──その質問にリンはまたも複雑そうな顔をして答える。


 「あー……私、魔力が少ないんです。レイさんの傷を治すだけで、殆どの魔力を使っちゃったので……」

「そうなのか。貸してくれ」


 レイは上体を起こしてリンの手から包帯を取ると、彼女の代わりに手のひらへ包帯を巻いてやる。  

 慣れた手つきで包帯を巻いていくレイはまたも疑問に思った。彼女がここまでしてくれるのはどうしてだろうと。

 しかしそれについては口にしなかった。何故か野暮だと思ってしまったのだ。


「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちの方だ。それにしても……あんな傷は放っておけば──」


 リンは誤魔化すように笑った。


「いいんです。私のせいで怪我したんですから」


 蝋燭一つだけの室内でリンは酒を取ってくるとレイにグラスを渡す。

 二人は無言で酒を口に運んだ。


「それにしても……」


 リンは少しだけ言い淀んだが、口にした。


「傷だらけなんですね」

 

 リンはレイの体に着いた無数の傷の一つに指を添わせる。


「どんな人生を歩めば、これだけ傷だらけになれるの?」


 きっと傷の一つ一つに物語があるはずなのだ。しかしそのどれもが分からない。やっと由来が分かる傷跡がつくと思ったが、そもそも傷跡が残らなかった──そんなレイにリンは彼の動きを思い出す。

 カウンターから身をかがめて飛び出すさまはまるで獣の様だった。思わずリンは言葉を漏らす。

 

「獣ね──傷だらけの孤独な獣・・・・


 リンはレイの傷跡を一つ一つなぞっていく。

 レイはくすぐったさを感じながらも彼女に聞いた。


「君にも傷が?」


 リンはその台詞にハッとする。まさか自分が聞かれると思わなかったのか、少しだけ動揺する。


「そう……ね。私も傷があるわ」

「どっちに?」

「え?」


 レイはリンの目をまっすぐ見据えて言った。


「心と体──どっちだ?」


 リンは暫く黒い瞳に見惚れていたが、しばらくして目を逸らすとグラスの中身を飲み干す。

 そして蝋燭の火を吹き消し、 真っ暗になった部屋で彼女はレイの上体を押してベッドに寝かせる。

 彼に馬乗りになったリンは暗闇でレイの傷跡を触りつつ言った。


「両方ね」


 リンはレイにまたがりながら服を脱ぐ。傷を見られまいと明かりを消したリンだったが、夜目が効くレイには彼女の腹部の傷が見えた。


 レイはリンの腹部の傷をしばらく見て、それから乳房に視線を移す。

 形のいい上向いたそれを、そして自分を見下ろす彼女の顔を。


 暗闇で視線を感じたリンは恥ずかしそうに顔を近づける。


「抱い──」


 レイはリンの言葉が終わらないうちに彼女の口をふさいだ。

 数秒して唇を離した二人は見つめあう。


「台詞の途中だったのに」


 そうムッとしたリンにレイは言った。


「俺は人に言われて女を抱くつもりはないんでね」


 レイはマウントを取り返すようにリンを下にして見下ろす。


「自分がヤりたいからやるんだ。抱いてと言われちゃ抱く気も無くなる」


 リンは薄く笑って組み伏せる彼に言った。


「傲慢な人」


 彼女はレイの首に手を回し再度キスをせがんだ。レイは拒まず、一度目より長く唇を合わせる。

 どちらから誘った・・・のか二人には分からなかった。自然な成り行きでこうなったのだ。レイはそんな無駄な事を考えるのはよそうと彼女と舌を絡める。

 長い接吻から離れた二人の唇を細い線がつなぐ。

 

「傲慢で、自信家で、危険・・な男──」


 レイはまたも彼女の言葉を止めるように唇を合わせた。













 二人には狭いベッドでレイは目を覚ました。横で寝息を立てているリンを起こさないように静かにベッドを抜けるとブーツを履く。

 その背中にリンの「おはようございます」との声が聞こえてきた。

 レイは振り返ってシーツで体を隠した彼女を見る。


「起こしちまったか」


 リンは首を振った。


「いつもこれぐらいに起きてるから──」


 レイは身支度を整えると髪を白と黒のヘアゴムで結ぶ。その様子を見たリンは不思議に思って聞いた。


「何か用があるの?」

「仕事に行かなきゃならんのでね」


 その答えにリンは口を抑えて驚いた。


「お仕事していたんですか!?」

「酷いな。俺だって仕事してるさ……今日が初出勤だが」


 リンはそうだったんですか、とシーツを体にまとって上体を起こす。まだ眠気の残る顔で彼女は言った。


「何のお仕事を?」

「騎士の顧問コンサルタントさ」

「何の顧問なの?」


 騎士という言葉に驚いて聞いてくるリンにレイは何と説明しようか悩む。


「そうだな……狩りハンティングさ」

「何を狩るの?」


 レイは冗談めかして答えた。


「悪人だ」







 レイは騎士団までの道乗りの中で考えた。そう言えばこちら異世界にきてから一度も風呂というものに入っていない。

 さすがに行為・・の後は風呂に入りたいと思ったレイは道すがら見つけた看板に沿って歩き、共同浴場に入った。

 風呂──それは古代ローマ時代にはすでにあったという。この中世のような世界にもレイの想像通りのものがあった。

 複数の湯舟や蒸気風呂サウナがある大きな施設でレイは汗を流すと素肌にジャケットを羽織る。

 そろそろ肌着が欲しいなと思いつつ、騎士団への道を再度行く。

 エンディからは朝一といわれたが、太陽はだいぶ上り始めている。これはだいぶ遅刻だなとレイは思ったがその足取りは早くならなかった。

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