3-13 傷跡は残るか

 リンに向かって黒い稲妻が放たれた瞬間、レイは動いた。スツールから身を躍らせると、カウンターの中に飛び込む。

 そしてリンを庇う様に地面に引き倒す。彼女を庇ったレイをかすめた黒い稲妻は壁に当たり、数度の明滅を経て霧散する。

 

 レイは自分の下にいるリンが無事だと確認すると、腰のナイフを抜いてカウンターの横から飛び出す。そして入口の男にナイフを投擲とうてきする。

 ナイフはレイの狙い通り、男の胸に深々と突き刺さった。


 レイは折り畳みナイフを取り出すと入口に駆ける。

 しかし入口にはもう一人隠れていた。その手が地面に落ちた杖を手にとると、レイに狙いを定めた。

 

 クソ、と呟いたレイは四角いテーブルの端を蹴り上げて盾にすると、その影に地面にひれ伏すよう隠れる。

 テーブルの真ん中に穴が開き、黒い稲妻がレイの頭上を通過する。

 

 分厚いテーブルを簡単に貫通する威力。一発でも貰うとまずいな、とレイは次の攻撃が打たれる前に勝負をつけようと四肢に力を込める。


 レイはテーブルの陰から四足の獣の様に身をかがめて飛び出す。しかし襲撃者達は消えていた。

 舌打ちをしたレイは入口に隠れて外の様子を伺う。

 既に気配はない。追うつもりも無いが──レイは入口に放置された血の付いたナイフを拾うと血を拭いて鞘に納める。

 そしてカウンターに戻ると、頭を抱えて座り込んでいるリンに声を掛けた。

 

「怪我は?」


 彼女は一拍おいて首を振って答えた。

 

「な、ないわ……あいつらは──」

「追い払ったよ」


 怯えるリンとカウンターをひょいと飛び越えたレイの元に、奥の調理場から店主が顔を出した。

 

「いったい何の騒ぎだい!?」

 

 彼女は小さく震えるリンの様子と穿うがたれた壁を見る。そして何かを察したのか言った。

 

「怪我は無いのかいリン」

「えぇ、大丈夫です……」


 リンはおぼつかない足取りで立ち上がるところにレイは手を貸す。


「ごめんなさい……」

 

 そう言ってレイの手から離れたリンは床に散らばった瓶を拾い上げる。襲われたのにまだ掃除を続けようとする彼女に店主は言った。

 

「片付けはいいからもう帰んな!」

「で、でもまだ──」

「いいから帰るんだよ! 後片付けはノインにやらせるさ!」


 リンは再度「ごめんなさい」と呟いてカウンターを出て行く。店主はレイに近づくと小声で言った。

 

「悪いけど、リンを送ってあげてくんないかね」

「なんで俺が──」

「あの子があんなに怯えてるのは初めてだからね。それにあんたが助けてくれたんだろう? だったら家まで送るぐらしてもいいじゃないか!」


 レイはその勢いに「分かったよ」と頷いた。店主はにっこりと笑うとレイの肩をばんばんと叩いた。

 エプロンを外して店を出たリンにレイは追いつくと彼女のそばに付き添う。

 

「家まで送るよ」

「で、でも……」


 昼間の繰り返しだった。リンは暫くの躊躇の後に頷いた。

 

「ごめんさない」


 その謝罪にレイは答えずリンの横を歩く道中、二人の間に会話は無かった。

 リンが住んでいる集合住宅インスラの前まで来て、彼女は口を開いた。


「何も聞かないんですね」

「聞いてほしいのか?」

 

 レイの返しにリンは首を振った。

 

「聞いてくれない方がありがたいです」


 頷いたレイにリンは集合住宅をチラリと見て言った。

 

「ここで大丈夫です」


 そう言って入口に歩き始めたリンは玄関に備え付けられているたいまつに照らされるレイの姿を見る。その視線が彼のわき腹を捉えると目を見開いて叫んだ。

 

「そ、その傷──」

「ん?」


 レイは自分のわき腹を見てその部分のジャケットに切れ込みが入っていることに気付いた。

 先ほどリンを庇った時に掠ったのだろうとレイは舌打ちをする。

 

「クソ……気に入ってるのに」


 そう悪態を吐いたレイのジャケットをリンは慌ててまくり上げて素肌を見る。

 脇腹には薄い切り傷がついているのを見てリンは「そんな」と呟いた。

 レイもそこで自分が怪我していることに初めて気づくも体感的・・・に命に関わるような傷ではないと彼女を安心させる。

 

「こんな傷大したことないさ」

「だめです!」


 リンの顔に恐怖の色が浮かび上がる。レイは怪訝な顔をしながらも「少し出血してるだけだ」とリンを安心させるように言った。

 しかしリンはレイの手を取って、力強く引っ張ると自分の部屋まで連れていく。


「来てください!」


 困惑しながらも、その勢いに身を任せたレイはリンの部屋に入る。彼女は部屋に入り、マッチで蝋燭に火をつけるとレイに言った。


「そこのベッドに寝てください!」


 レイは軽傷の傷にしてはあまりにも慌てているリンの言う通りにベッドに寝ころぶ。

 彼女は机の引き出しから一冊の本を持ってくると、冊子の間に挟まれてる紙片を取り出してベッドに寝ころんでいるレイの横に置く。

 

「前を開けてください!」


 レイは彼女の言うまま、ジャケットのボタンを外し、上半身を露出させる。

 リンは焦っているような表情ででテーブルの上の小さなナイフを手に取ると、己の掌を切った。

 

「お、おい──」


 制止も聞かずに、リンは流れ出た血でレイの腹部の傷を中心に、彼の体に魔法陣をを描いていく。

 血に濡れた指が腹部をなぞるくすぐったさに身をよじったレイにリンは「動かないで!」と注意する。


「もう少しだけ我慢して下さい──」


 リンはそう言うと、紙片の魔法陣とレイの腹部に描いた魔法陣を見比べて確認する。そして手のひらを掲げて、まるで祈るような声音で呪文を呟いた。


「Tempus, Retrogrado, Paulum──」


 リンがとなえ終えた瞬間、血で書いた魔法陣が光ったあとに消えた。

 そしてレイの腹部についていた傷が綺麗に消えている・・・・・のを確認した彼女は安心したように息を吐いた。


「今のは治癒魔法か?」


 レイは傷があったところを見下ろしてそう言った。フィーネに治療してもらった時は傷跡が残っていた。しかし今回は軽傷とはいえ、傷跡すら残っていない。

 よほどの腕前なのか、と驚くレイにリンは複雑そうな顔になった。


「え? えぇ……そんな感じよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る