3-11 殺し屋という人生

 おずおずと出てきたネシャにレイは冷たく言い放つ。

 

「何してる」


 悪戯が見つかった子供のような顔をしたネシャは申し訳なさそうに言った。

 

「師匠の匂いを追って来たら……その……こいつらに連れ込まれるのが見えて……」


 レイはその言葉に驚いて聞き返す。

 

「匂いを追ってきただって? なんでそんな事が出来るんだ」


 ネシャは暗い顔のまま答える。

 

「オレは獣人だから……その……えと……鼻が良いんだ……」


 獣人はその姿にたがわず、本当に犬並みの嗅覚なのか──レイは獣人と言う種族についてもっと知る必要があると思ったが、それはまた今度にしようと路地から出る。

 ネシャはその後をとぼとぼとついて行く。

 

「その……わ、悪い……」


 レイはついてくる子供を無視して進んだが、その謝罪を込めた呟きに怪訝な顔をして振り返った。

 

「悪いって何のことだ」


 ネシャは泣きそうな顔になって答える。

 

「その……師匠が……ヴァン達に連れ込まれてるのに……助けに行ってあげられなくて……」


 レイは「はぁ?」と小さな獣人を見下す。

 

「だって……弟子だから……師匠の味方をして一緒に戦わなくちゃダメなのに……」


 レイは呆れてため息を吐いた。この子供は未だに自分を師匠とすることを諦めていないどころか、既に師匠と呼び慕っている。


 そして先ほどからずっと暗い顔をしていたのはこのせいだったのかと納得した。師匠と慕う人間が戦っているのに、弟子がただ隠れて見ているだけだったことを悔いているのだ。

 面倒だな──とレイは手をひらひらと降った。

 

「いいか、俺はお前を弟子にした覚えは無いし、そもそも助けなんかいらない」

「で、でも前はオレのおかげで助かっただろう? やばい男が師匠を狙ってるって教えてあげたし──」


 やばい男──レイはエンディが逮捕した薬中の事を思い出す。たしかにネシャは彼が襲いに来る前、警告しに来た。

 しかしそんなものが無くとも自分で何とか出来たし、何よりあの場はエンディが上手いこと治めたのだ。

 

「馬鹿にするな。あんな薬中ぐらいガキに教えられなくても何とか出来たさ」


 ネシャは冷たい言葉にしゅんとうつむいてしまう。

 

「で、でもオレは──」

 

 レイはタバコを取り出して体をまさぐるも、マッチが切れた事に気付く。

 ネシャは彼のその様子に大きい上着のポケットを慌てて漁る。そして沢山のマッチ箱を取りだすと、山盛りになったそれをレイに見せる。


 キラキラと目を輝かせて差し出されたその箱の山からレイは無言で一箱取ると火をつける。

 広がるタバコの匂いにネシャは一瞬だけ顔をゆがめるも、必死に媚びるような顔でレイに言った。

 

「ど、どうだ? オレは役にたつだろ……? だから──」


 必死に願いを叶えて欲しいと媚びを売る姿はまるで主人に忠誠を誓う犬の様だとレイは呆れる。そこでネシャがあのポン引きの名前を知っていたことが気になった。


「そういえば、あのポン引きとは知り合いなのか?」

「え?」

「さっき名前を言っていただろう。『ヴァン』って」


 ネシャは知り合いだと思われたことが心外だとばかりに唇を尖らせる。

 

「違うよ! あいつはディーテお姉ちゃんの知り合いなんだ」

「ディーテ?」

「そうだよ! ここらへんでお仕事している人! たまにご飯をくれるんだ!」


 レイはネシャが前に娼婦に飯を貰っていると言っていたことを思い出す。ディーテとはつまりこの獣人を餌付けしている娼婦の事なのだろう。

 

「あのヴァンって野郎はディーテお姉ちゃんの上司……ってやつらしいんだ。あいつは……ディーテお姉ちゃんをたまにぶつ・・んだよ」


 そう言えばテシーも客について苦情を言ったらポン引きの男に殴られたと言っていた──レイは「ふぅん」と興味が無いような相槌を打つ。

 

「まぁ、どうでもいい良いがな」

「え、あ……うん……」


 質問されて喜んだネシャはレイの言葉にまたもしゅんとする。しかし意を決したかのように顔を上げてレイに言った。


「お、オレは……師匠みたいになりたいんだ」

「俺みたいになりたい?」


 レイは子供の言っていることに理解が及ばず、とりあえずは話を聞いてやることにする。


「うん。怖い事に巻き込まれても堂々として……襲われても簡単に返り討ちに出来るような……強い奴になりたいんだ!」

「そんなこと簡単にできるだろう。常に堂々としてろ。気に入らない事にはNoと言え。それでも従わせてくる奴は排除しろ」


 レイの答えにネシャは口ごもった。


「で、でもオレは戦い方を知らないんだ……拳闘ボクシングはお金が無いと習えないし……師匠みたいに堂々とするにはそういう強さも必要だろ?」


 傲岸不遜でどんな窮地でも飄々とし、暴力で窮地を抜け出すレイ、そんな人間になりたいネシャは彼から格闘術を習いたいと漏らす。

 しかしレイは教えてやる義理は無いと突っぱねる。


「マッチの礼に一つ教えてやるよ。俺みたいな生き方は恨みを買うぞ。四六時中警戒しなくちゃならない。いつ襲われるか分からない、片目を開けながら寝ることになる。そんな人生が良いのか?」

「え──」


 ネシャはレイの言葉に言葉を失う。


「それでも良いなら教えてやるよ」

「ほ、ほんとか!?」


 その言葉にネシャはこれまで以上に喜ぶ。跳ねるように飛ぶとシャドウボクシングを始める。

 

「な、何から教えてくれるんだ? そう言えば──師匠が使う格闘技は何て名前なんだ?」


 レイは「条件がある」とネシャを諫めると共にナイフを差し出す。

 

「条件?」

「さっきのヴァンとかいう男を殺せ」


 その言葉と差し出されたナイフにネシャの動きが止まる。その視線がナイフとレイの瞳を行き来して、本気だという事を悟ると怯えた表情になった。

 その様子にレイはやはりなと思う。何の躊躇いも無く人を殺せる人間は極僅かだ。そしてこの子供は決してこちら側・・・の人間ではない──レイはここまで言えばもう自分に付きまとう事は無いだろうと確信して続ける。

 

「俺みたいな奴になりたいんだろう? ヴァンみたいな男は報復に来る恐れがある。だから手を打っておきたい。先んじて殺しておきたい」


 ネシャはナイフに手を伸ばしつつ、レイに聞いた。


「で、でも師匠は殺してないんだろ……?」

「そうだ。もし殺して騎士にバレたら俺が・・捕まっちまうだろう? 弟子になりたいなら、師匠である俺を助けると思って奴を殺してこい」


 邪魔な人間は殺す──レイの信条モットーにネシャの手が震える。

 

「オ、オレは──」

「出来ないのか?」

「で、できるよ……」


 震えている手はナイフに伸ばされるが、決して柄を握ろうとはしない。そんなネシャを見てレイは冷たく言った。

 

「出来ないなら弟子にするって話は無しだ」


 レイは踵を返してその場から離れる。そしてネシャが追ってくる気配が無いと分かるとひどく冷めた心で思った。子供に殺人を教唆する外道だが、それを何の罪悪感も無く躊躇なく提案する自分はやはり普通・・ではないのだろう。


 そして自分が巻き込まれた異世界転移トラブルの裏で暗躍しているモビーディックなる人物に向かって思う。

 お前が相手をしている奴は異常者だ。覚悟しろ──

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