3-10 喧嘩自慢対軍隊格闘

 レイは外に出るとどうしようかと考える。

 勢いのまま外に出てしまったが、明日は朝一で騎士団に来てくれとの事だ。夜更かしは出来ない。

 そう思いながらもレイの足は夜の街に向かっていた。


 自然にいつもの酒場に着いてドアに手をかける。しかし中から聞こえてくる大勢の声に手を止めた。

 人ごみは苦手だ──レイはもう少し人が少ない酒場に行こうと踵を返す。


 しばらく歩いて人通りが少ない通りに入った。そこには街娼がまばらに立っており、飲んだ帰りの人々を誘惑している。

 そのうち一人に声を掛けられたレイは彼女の赤い髪にエンディを思い出しながら誘いを断った。代わりに数枚の硬貨を渡し、静かに飲める酒場を聞きその場を離れる。

 

 街娼から聞いた酒場は確かに人が少なく、こじんまりした酒場だった。

 レイはカウンターに座ると適当に酒を注文する。

 不愛想な店主が注いだ酒をレイは一気に飲み干した。

 

 空のグラスを掲げてお代わりを貰ったレイの横に男が座った。

 店は狭いが比較的空いている。それなのに隣に座った男をレイは不審に思う。

 くたびれた服装に狡猾がにじみ出ている顔──彼は酒を頼むわけでもなく、レイに顔を向けて言った。

 

「お前、レイだろう?」

 

 何故俺の名前を知っているんだ──レイはその言葉を飲み込んで、初対面の男を観察する。

 自分の名を知っているという事はモビーディックの関係者かとレイは考え、肯定も否定もせずに答える。

 

「だったら?」

「ちょっとツラ貸せよ」

 

 その言葉でレイの背後に二人の男が歩み寄ってきた。

 チラリとレイは彼らに視線を向ける。綺麗とは言えない身なりのチンピラだった。


 レイは彼らはモビーディックの手先だという可能背は低いかもしえないと考える。

 奴からけしかけられた手先──最初は素人の三人組、連続殺人鬼シリアルキラー、そして殺し屋。その次がチンピラではいささか拍子抜けだ。

 

「表に出な。言っとくが拒否権はねぇぜ」

「しょうがねぇな。プライベートで飲んでるときに。いいぜ、付き合ってやるよ」


 レイはスツールからおりて硬貨をカウンターに放ると彼らと外に出た。

 明らかに戦闘に関しては素人だ──そう値踏みした三人の後をレイは大人しくついて行く。


 モビーディックに関するものならば、どんな手がかりでも欲しい。彼らであれば余裕で制圧できる。それにここは人通りが殆どない。多少の悲鳴を上げられても誰にも見られない。

 レイにとって好条件がそろった場所で三人は立ち止まって凄んだ。

 

「てめぇ、色々と客の事を聞きまわってたらしいじゃねぇか」

 

 客の事を聞きまわる──レイはその事に心当たりがあった。

 テシーにベルフェを客に取った娼婦がいないか調べて貰った時の事だ。あの時彼女はポン引きにバレればまずいと言っていた。

 もしかしてこの男がそのポン引きで、ただ単にこいつらは客の情報を聞きまわるタブーを犯した自分をお仕置き・・・・しに来ただけではないか──レイは多少落胆しながらもすっとぼけた。


「何の話だ?」 

「うちの商品・・に似顔絵を渡して色々調べさせたんだろ? こっちは全部知ってんだよ」


 やはり推測通りこいつはただのポン引きだ。どこから漏れたのか、テシーに探させたのがバレたらしい──レイは彼らがモビーディックとは何の関係も無いだろうことに落胆し、タバコに火をつける。

 

「誰かと勘違いしてるんだろ」

「黒い長髪に黒い目……そんな奴がこの国ではそういねえ。てめえだってのは分かってんだよ」


 落ち着き払ったレイはため息とともに紫煙を吐きだす。その様子にポン引きの男は苛立つ。

 

「てめぇは何者なにもんだ? 風俗課の犬か? 言っておくがな、客の事を聞きまわるのはご法度なんだよ」


 レイは正面に立つ二人をじっくりと観察する。

 多少は喧嘩慣れしているようだが、その佇まいは素人だ。10秒あれば殺せる・・・──レイはその物騒な考えを頭から追い払う。

 この国はその中世レトロな見た目とは裏腹に、法制度がそれなりに機能している。つまり途上国のように、殺人を簡単にもみ消すことは出来ないという事だ。


「何の目的があって聞きまわってたんだ? 殴られたくなきゃとっとと答えな」


 その言葉にチンピラ二人が前に出る。レイはそれに合わせて片足だけを一歩下げ、戦いやすい足幅に調整した。

 

「おいおい、落ち着けよ。アンタ達は知らんだろうが。俺は暴力は嫌いなんだ」


 手を胸の前まで上げてそう言ったレイににポン引きは地面につばを吐き捨てるとさらに凄む。


「痛い目見なくちゃ分からねぇみたいだな。ちょっとこいつをかわいがって・・・・・・やれ」


 チンピラの左の方がレイにずいと近づいた。レイはタバコを人差し指と親指で挟み、彼の顔に目がけてはじく。


「うおっ!」


 顔面に飛んできたタバコを避けようと顔をのけぞらせたチンピラの喉にレイは五指を伸ばしたジャブを放つ。

 貫手ぬきてと呼ばれる打撃を喉に受けて前のめりになった彼の代わりに、右のチンピラが手を振り上げてレイに飛び込む。

 レイは身をかがめてそれを避けると、しゃがんだままの格好で股間に向けてアッパーを撃つ。


 小さく悲鳴を上げて膝を着いた左のチンピラからレイは目線を切って、喉を抑えている右の彼の頭を思い切り壁に叩きつけた。

 叩きつけた勢いのまま振り返ったレイは地面に膝をついている右の彼の頬を鷲掴みし、大外刈りの要領で頭を固い地面に叩きつける。

 

 チンピラ二人へと交互に攻撃を見舞ったレイは、彼らが意識を失ったのを確認するとポン引きの男に一歩踏み出した。

 

 

 ポン引の男──ヴァンは界隈で有名な喧嘩自慢を二人雇った。しかし二人は一瞬にして地面に伸びてしまった。

 圧倒的な戦闘力にヴァンは勝ち目が無い事をうっすらと悟りながらも、プライドのために徹底抗戦の構えを崩さない。

 

「て、てめぇ……」


 未だ敵愾心を向けられるレイは呆れて言った。

 

「ここらで終わりにしないか? さっきも言ったが俺は暴力は嫌いなんだ」


 ヴァンはポケットから折り畳みナイフを散り出すと刃を展開する。レイはその様子で鼻で笑った。

 

「大体、聞きまわるのが何でダメなんだ?」


 切っ先をレイに向けながらヴァンは答える。

 

「顧客の事を聞きまわる奴は誰だろうと許さないってのがウチ・・のルールなんだよ!」


 客の事を聞きまわるのは確かにいらぬトラブルを呼ぶ。それはテシーも危惧していた。レイは説得するのは難しそうだな、と彼の顔を見る。

 そこで彼の肩越しに路地を覗く人影があることに気づいた。

 

「この国には法があるだろう。お前らみたいなクズでも殺しちまったら騎士が捜査する事になって無駄な手間がかかるんだ」


 クズと呼ばれたヴァンは激高して怒鳴った。

 

「ふざけんなよ! 俺を舐めたら──」

「ほら見ろ。騒いだから騎士が来ちまった」


 レイはそう言ってポン引きの男の背後を顎で指し示した。

 ヴァンは騎士という言葉に思わず振り向いた。そして路地を覗いている小さい人影を見つけると、レイに騙されたと悟り、慌てて顔の向きを戻す。

 

 レイはその隙に彼のナイフを持った手を両手で挟むように叩く。

 手の甲と内手首、そこへと同時に衝撃を受けると人は本能的に握っている物から手を離してしまうのだ。

 

 カリやシラット、さらにそれを参考にした軍隊格闘技では至極一般的な武器解除技術ディスアーム──男の手からはナイフが飛んでいく。


 レイは間髪入れずに、彼の目に五指を伸ばした打撃ビルジーを打ち込んだ。

 躊躇なく目を狙った攻撃に思わずヴァンは目をつむった。しかし瞼の上から思い切り眼球を突かれた彼は暫くのあいだ盲目になる。


 そんなヴァンは恐怖からがむしゃらに拳を振るう。しかしレイはそのうちの一つを難なく受け止めると、勢いを利用して地面へと叩きつけた。

 すぐにマウントポジションになったレイに下でうごめいているヴァンは叫んだ。

 

「こ、こんなことして……ただで済むと……」

「思ってるさ」

「俺の後ろバックにはマフィアが──」


 レイはそれはそうだろうと思った。売春とは組織犯罪における主たる収入源だ。それはどの世界も変わらないだろう。

 しかしポン引き一人がのされた・・・ところで、それが敵対組織の攻撃でない限り組織マフィアは動かない。

 現場で売春を取り仕切っているのは、大体が官憲に捕まっても簡単に尻尾を切れるような三下なのだ。

 

「いるだろうよ。だがお前みたいなポン引き一人ぶちのめされたって誰も怒らないだろうさ」


 レイはもがくヴァンの顔に手を這わせて、親指を彼の目に突っ込む。狭い路地に悲鳴が響き渡った。

 

「このまま目をえぐってやろうか?」

「まって! 待ってくれ!」

「えぐられたくなきゃ質問に答えろ」

「分かった! 分かったから──」


 彼がモビーディックの関係者である確率はほぼゼロだろう。しかし万が一という事もある。それにどこかでその名を聞いたことがあるかもしれない──レイは一応の質問を投げかける。

 

「モビーディックという名に心当たりは?」

「モビーなんだって!? しらねぇっ! 聞いたことねぇっ!」


 レイ目から指を抜くとヴァンの肩で指に着いた体液と血を拭いた。

 そして目を抑えて暴れる彼の顔に思い切り拳を打ち込む。その一撃で彼の意識は飛び、ぐったりと地面に伸びた。

 

 やはり関係者ではなかった。しかしそれは薄々分かっていた事だ──レイはさして落胆せず立ち上がるとヴァンの持っていたナイフを拾う。


 シンプルな折り畳みナイフ。構造はしっかりしているが、刃は手入れがされていないのか切れ味は悪い──レイは砥石をどこかで手に入れようと思いつつ、路地の入口から覗いている人影に意識をうつす。

 

「出て来いよ。覗いてるのは分かってるんだ」


 その言葉にはおずおずと出てきた人影を見てレイはため息を吐いた。

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