2-6 見た目が九割

 エンディは憂鬱な気分で事件現場の路地から出てきた。

 念願の殺人捜査に加われるといったのに彼女の顔には怒りと悔しさがない交ぜになった表情が浮かぶ。

 彼女は家柄や地位――つまりは権力というもので物事を解決する事を嫌悪していた。

 だというのにクワトロがあの場を収めてなし崩し的に停職処分を免れた。

 彼が助け船を出したのも、彼が自分の父と相棒だったからその娘に目をかけたのだろう。エンディはネガティブな考えのまま手を上げて大通りを走る辻馬車を停める。


 結局はユースティア家という家名に救われたものなのだ――エンディは自分一人の力でも、もう少し何かできるだろうと騎士になった日は思っていた。

 だがこの数日の出来事――殺されかけて異世界から来た男に命を救われ、停職処分の憂き目にあいそうになったところを父の友人に助けられた。

 自分一人では何も出来なかった出来事に加え、今にも雨が降り出しそうな曇天に一層憂鬱になる。


 そんな重い気分のまま辻馬車に乗り込もうとした彼女に後ろから声がかかった。


「なあお嬢さん」

「ひっ!」


 エンディは飛び上がるように驚いて振り向くと、そこには野次馬から抜け出したレイが気配も無く立っていた。


「さ、さっきも言ったが人の後ろにこっそり立つのは――それよりもどこにいたんだ!?」


 現場からいつの間にか逃げるように消えていた男に問うたエンディは動悸を抑えるよう胸に手を当てた。


「野次馬の中に隠れてたのさ。あの場にいるとこっちにまで火の粉が降りかかるかもしれんだろ」

「そう……か」


 あの一部始終を見られてたことに気付いたエンディは俯いて馬車に乗る。

 続いてレイも乗り込んで対面に腰を掛ける。それを確認した彼女は小窓から運転手へと隠れ家の住所を伝える。

 動き出した馬車の中には気まずい空気が充満する。レイはそんな事など気にしていないとばかりに口を開いた。


「あの偉そうな男は誰なんだ?」

「彼は殺人課の課長ボスであるベルフェだ。私の直属の上司に当たる」


 レイはその答えに小さく笑うと言った。


「上司を殴るなんていい根性しているじゃないか」

「被害者の死体に不敬を働いたからだ――それに……殴った訳ではなく押したんだ」


 彼女の言い訳に「暴力を働いたことには違いないだろう」とレイは追求するとエンディは押し黙る。


「それにしても……あの女は俺を――俺たちを殺そうとしたんだぞ。そんな奴の死体に同情するのか?」


 エンディはムッとして答えた。


「同情ではない。どんな過去があろうと死体に不敬を働いていいはずがないだろう」


 このお嬢さんは大層ご立派な人格をお持ちらしい――レイはひゅう・・・と短く口笛を吹いた。


「ご立派なお嬢さんだ。さらには自分を殺しに来た相手の事件を捜査するんだろ? 頭が下がるね」

「それとこれとは別だ。彼女は被害者になったのだ。騎士として彼女を殺した犯人を見つける。そこに個人の感情が介入する余地はない」

「感情で動いて上司を殴った奴がよく言うぜ」

 

 皮肉っぽく言ったその言葉にエンディは俯いた。

 そんな彼女を見てレイはその人となりが少し分かってきた。

 たとえ相手が上司であっても間違っていれば正そうとする正義漢。

 レイは彼女を使う・・ことが心配になってきた。実直で愚かな人間は操りやすいが、そこに確固たる意志があると操るのは厄介だ。


「別に俺としちゃ誰に噛みつこうと構わんがね、だが賢く立ち回ってくれ」


 その言葉にエンディはまたもムッとした。


「死者の尊厳を汚すような真似を見過ごすのが賢さだと言うのか?」


 彼女の年齢は分からないが新人だという事も考えるとかなり若いだろう。レイは大きくため息を吐いて諭すように言った。

 

「賢く立ち回れってのは感情で動くなって事さ。この事件は俺も関係者になっちまってる。そんな中で感情で動いてみろ、俺にまで被害が出るだろう」


 前段についてエンディは嫌というほど分かっていただけに何も言い返せなかった。


「それで――犯人の目星はついてるのか?」

「まだ分からない……これから君を隠れ家に送った後に騎士団に戻って資料を見るから……でもベルフェの口調だとあまり期待は持てないだろうな……」


 レイは仏頂面でそう呟くエンディと同意見だった。ここまで分かっている情報だとこの街では娼婦が殺されている。

 しかし裏路地での彼らの会話から察するにろくに捜査もしていないらしい

 失った記憶を取り戻すには、俺をこちらに呼んだ人間を見つけ出した話を聞くのが手っ取り早い――似たようなことを考えていたのか、エンディがそれを話題に出す。


「君は……彼女を殺した犯人が、君をこちらの世界に呼んだ人間だと思っているのか?」


 レイはすぐには答えず暫し考える。

 もしかしたらあの女を殺した犯人は自分をこちらに呼んだ人間なのでは――そんな願望のような考えを確かめようも、まともに捜査されていないのならば八方ふさがりだ。

 自分を殺そうとした女が口封じとばかりに殺された。それも自分の世界にいた・・・・・・・連続殺人の手口で殺される。

 再度その考えを頭から追い出す。たまたま標的と手口が似ているというだけで俺のいた世界の殺人鬼――切り裂きジャックだと断定するには根拠が薄すぎる。


「分からん。だがこの世には偶然・・なんてものは無いんだ。何らかの関係はあるだろうな」


 レイは知っている殺し方については彼女に伝えず答え、すぐに別の疑問を彼女に聞く。


「気になっていたんだが、医法師ってのは?」

「魔法や外科手術で人体を治療する専門家だ。大体の人は医師とよんでるが……」


 やはり医者か、とレイは納得し次の質問に移る。


「ネイヴとかいう男が死体に向けて使っていた魔法は?」

「あれは遺体の一時的な防腐措置だ。遺体を凍らせてそれ以上証拠が消えることを防ぐ」

 

 なるほど、とレイは思った。この世界の捜査技術の事は分からないが、それでもある程度考えて運用しているらしい。そこで新たな疑問が浮かんだ。

 

「なぜ自分でその魔法を使わないんだ?」

 

 その言葉にエンディは不思議そうに言った。

 

「おかしなことを言うのだな。私は氷魔法を使えない」


 火の魔法は使えるのに氷の魔法は使えない。レイは怪訝な顔をした。

 その顔を見たエンディは彼が魔法というものが存在しない世界から来たのだという事を改めて認識する。

 

「そうだったな、すまない。君は魔法について知らなかったのだった」

 

 そう言ったエンディは軽く咳払いし、講義でもするかのように語り始める。

 

「この世界の人々には全員属性・・がある。これは持って生まれたもので変えられない。それに一人一つの属性しか持ちえない」

「それで?」

「例えば、火属性を持った人間は火に関する魔法しか使えない。水なら水属性の魔法だけ──つまり個々人で使える魔法には差異があるという事だ」


 その情報を聞いたレイはこの世界の事を全然知らないと実感する。彼らは当たり前のようにそれらの知識を生活に組み込んでいるのだろうが、魔法が使えない自分にとっては理解しなければならないものが多い。この世界を生き抜くためにも。


「それじゃあ、お嬢さんは何属性なんだ? 火の魔法を使っていたから火属性か?」

 

 エンディは頷いて複雑な表情を浮かべる

 

「その通り。私は火属性だ……だがあまり人に属性を尋ねないほうがいい」

「何故だ?」

「属性が分かると対策が立てられてしまう。魔法の効果というのはその時の精神・・環境・・に多分に左右されるんだ。私達騎士にとって魔法は武器の一つだ。それがもし悪党どもに知られでもしたら──」

 

 確かに、それはタブーな話題になりそうだ。属性を他人に言う事はイコール弱点を晒すことになるのだ。一般市民ならまだしも、戦闘職にある騎士にとっては致命的と言える。


「ただまぁ……属性は外見に――目や髪の毛に表れる事が殆どで、大体は見た目で推察されてしまうのだが……」


 レイはエンディの瞳をじっと見る。その瞳――深い闇を思わせる――黒い瞳に見つめられたエンディは思わずそっぽを向く。

 この世界ではあまりに無い黒い瞳はまるで吸い込まれそうだ、とエンディは多少の気恥ずかしさをおぼえると、誤魔化すように話を続ける。


「当然例外はあるが、おおよそ本人の属性は見た目に表れる」


 確かに、属性は外見に表れるという単純な事を知っておれば、彼女が火属性だとまず間違いなく気付くだろう。

そしてレイは先ほどの死体の髪色──緑色を思い浮かべる。緑は一体何の属性なのか。

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