2-7 魔法について

「その属性ってのはどれ程種類があるんだ?」

「正直なところ……多すぎて把握できていない。だが基礎となる四大属性はある。火、水、風、土、この四つとそこから派生したものがある。先ほどのネイヴならば氷属性だから水から派生した属性だ。恐らく不得手だろうが、彼は氷魔法だけではなく水属性も使えるはずだ」

「それじゃあ、その四つから派生した属性の方がお得・・だな」

「そう単純でもないんだが……」

 

 あの死体の女は恐らく風属性か、またはそこから派生した属性だろう。何となくこの世界のルールが分かってきたレイは一番重要な事を聞く。

 

「それで――魔法で攻撃するってのはこの世界の人間全員ができるのか?」

 

 エンディはその質問にしばらく悩んだ後に答えた。

 

「そういうわけではない。魔法を攻撃に使用するにはそれ相応の訓練が必要だ。それに中には一切攻撃に使用できない属性もあるし――」

「魔法で攻撃するときはどうやってやるんだ?」

 

 その質問にエンディは思わず言い淀む。こと争い・・についての話がレイの口から出ると、あの日召喚の事を思い出してしまう。

 目の前の男は人を殺したのだと改めて実感してしまい、言いようのない不安感に駆られる。

 だがあれは正当防衛であり、彼は正しいことをしたのだ──エンディはその不安を顔に出さないよう努めながら説明を始める。

 

「やり方はいろいろあるが……基本的オーソドックスなのは、まず手のひらを前に突き出す」

 

 エンディはそう言って実演するために腕を伸ばして手のひらを広げる。

 

「そして、魔法を使おうと念じる・・・

 

 そう言った瞬間、彼女の手の平の前に赤く光る魔法陣が出現する。

 

「魔法陣が出たら相手に狙いをつけて、呪文を唱えると魔法が使える」

 

 実演してくれた彼女の動きを見て、付け入る隙・・・・・が無いか考えていたレイはある事に気付く。

 その運用方法は銃と似ているのだ。銃をホルスターから抜き、相手に向ける。そして狙いをつけ引き金を引く────つまりこの世界のほとんどの人間が銃を持っているに等しい状況だという事。 

 とりあえず聞きたいことを大体聞き終えたレイは硬い壁に背を預ける。

 

「だが案外不便なんだな、違う属性の魔法は扱えないなんて。魔法使いなんだから何でも出来るかと思ってたんだが違うようだな」

 

 その言葉にエンディは驚いて否定した。

 

「私は魔法を使うが・・・・・・魔法使いでは無い・・・・・・・・ぞ?」


 当然の事を否定されたレイは思わず首をかしげる。

 

「魔法を使うのに魔法使いじゃないのか?」

 

 その言葉にエンディは腕を組んで唸った。

 国や人種にある特有の感覚、それを他国の人間に伝える事は難儀なことだ。魔法が存在しない異世界の人間が相手ならばなおさら難易度は上がる。

 それでもエンディはレイに何とか説明しようと知恵を絞る。

 

「文字を書ける人がいるだろう」

「それが?」


 レイは怪訝な顔をして聞き返す。


「彼らは全員小説家か?」

「まさか、文字を書けるからって小説家だって事にはならんだろ」

「そういう事だ」


 上手く言ってやったとばかりにエンディは胸を張る。どうやらたとえ話をしたらしいと一拍遅れて気付いたレイはその意味を測る。

 結局のところ分かったのは、魔法を使うから魔法使いという訳ではない、という事だけだったが。


「成程ね。上手い例えだな」


 即興で思いついたにしては中々上出来な例えではないかとエンディ自身も思っていたばっかりに、手放しで褒められた彼女はほんの少し嬉しそうに頬を緩める。

 その事に気付いたのかすぐに凛とした顔つきに戻したが。どうやらこのお嬢さんは人前での感情を出すのを良しとしないらしい。もっとも、すぐに顔に出る性質タチではあったが――レイは無慈悲にも続けた。


「嘘に決まってるだろ。全く意味が分からん」

「えっ、あっ――――」


 上げてから落とされたエンディの顔が曇る、が彼女は何かを思い出したかのようにハッとして顔を上げた。

 彼女には聞きたい事があったのだ。その胸中を見抜いたかのようにレイは聞いた。


「なんだ、聞きたいことでもあるのか」

「あ、いや……その――」


 人を殺すとはどういう気分なのか――その質問をあまりにも不謹慎だとエンディは堪えた。

 騎士という仕事に就いた以上、人を斬る事もある。そしてその結果相手の命を奪う事も。

 その時・・・躊躇ためらわず実践できるかは置いておくとしても、エンディはその時に備え聞いておきたかった。

 幸運にも――という言い方は不適切ではあるが、彼女は未だその時に至っていない。


 どもる彼女にレイは「そういえば頼みがあるんだ」と言った。

 

「頼み?」

「金が欲しい」

「お金? 一体何に……」


 使うつもりですか、と聞き返したエンディにレイは当然といった顔で言う。


「腹が減ったからな」


 堂々と金の無心をされたエンディはその感性に少々戸惑う。だが確かに異世界人で無一文なレイがこの世界で生きるにはお金が必要だ。


「ですがお昼なら……さっき食べたのでは?」

「三日も寝ていたんだぞ。あんな量で足りると思うか?」


 レイは御者にここで降りる旨を伝え、椅子から立ち上がり馬車から降りる準備をする。

 

 「家までの道は覚えてるから、道中何か買って帰る」

 

 そう言って手を差し出したレイをエンディは慌てて止めようとした。


「それは危険だ! 君は狙われているんだぞ」

「あっちから来てくれるんなら大歓迎さ」


 隠れ家でクワトロとした会話など憶えていないとばかりにそう言ったレイの妙な自信にエンディは納得しかけるが、それでも金を渡すのは気が引けた。

 そもそもそのような義理は無いし、自分は慈善事業家でもないのだ。そう思っていた彼女に負い目が芽生えた。

 彼が召喚された時、きっかけになったのは自分の血が魔法陣に触れたことだ。

 自分があの魔法陣に手を触れなければ彼はこちらの世界に来ることも無かったのではないか――エンディはそんな負い目に思わずポーチに手が伸びる。


 もちろんエンディはお金には困っていない。

 服や装飾には興味が無いし、剣や鎧のメンテナンスは全て騎士団の経費で賄える。そして何より初任給が入ったばかりなのだ。

 対してレイはこの世界に来たばっかりで無一文。こちらで生計を立てるにしても、身分証が無ければ仕事に就くのも難しい──エンディはとりあえずは一食分ぐらいはいいだろう、と思いポーチから巾着を取り出した。

 彼の当面の生活費については団長クワトロと相談しようと考え、巾着の結び目を解くと中から大体昼食一回分の額――銅色の硬貨を三枚手に取る。

 差し出されたレイの手にその硬貨を置こうとしたところ、彼の手はエンディのもう片方の手、巾着を持っている方に伸びていた。

 

「こっちにするよ」

「えっ」


 レイはあっという間にその手から巾着をとった。

 そして馬車から降りるとすぐに扉を閉め、馬車を引いている馬の尻を叩く。走り出した馬車の中でエンディはしばらく呆気あっけにとられていた。


 泥棒ではないか──エンディはすぐに正気を取り戻すと、急いで馬車の扉を開け、後方へと離れていくレイの方を見た。

 急に扉を開けて体を乗り出した彼女に御者は慌てて手綱を引いて馬車を停める。

 怒りが湧いたエンディは怒鳴ってやろうかと思ったが、そんな彼女にレイは叫んだ。


「手紙が来たら教えてくれ!」

「手紙って一体誰からの――」


 エンディはその奇妙なお願いに怒りを忘れ聞き返した。対してレイは当然だといった顔で答えた。


「犯人からだ!」


 レイはそう言うとエンディの初任給を手に雑踏の中へと消えていった。

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