1-14 切り裂きジャック

 エンディはレイの頼みに怪訝な顔をして答える。


「ダメに決まっているだろう。そもそも見てどうするのだ」

 

 断られたレイはしゃがんで躊躇いも無く布を全て取っ払った。路地とはいえ、往来に全裸の死体が再度現れたことに周りの従騎士が動揺する。

 そして野次馬たちが女の死体を一目見ようと従騎士達の間から頭をのぞかせる。

 

「な、何をしているんだ!?」

 

 エンディは慌ててレイを止めようとする。

 

何をしている・・・・・・だって? この女が俺の事を知る唯一の手がかりなんだ。しっかり観察するに決まっているじゃないか」

「だからって……専門家でも、ましてや騎士でもない君が──」

「よく考えてみろ、俺の事を知っている人間が誰かに殺されたんだぞ? これは偶然じゃあない。だから誰に殺されたか調べる必要がある」

「……考えすぎだ」

 

 そう言ったエンディも自分の言葉を信じたわけではない。この世界にレイを呼び出して殺そうとした人間、それも殺害に失敗した人間が誰かに殺された。彼女もこの事件に明らかに作為的なものを感じた。

 彼女から発せられる娼婦特有の安っぽく甘い香水の匂いと、時間が経ち強くなった死の匂い・・・・が混じり合った独特の香りにエンディは思わず顔を背ける。


「大体君が見たところで何が分かる──」


 レイは言葉を無視し、死体をつぶさに観察する。

 まずは首につけられた喉がぱっくりと裂かれている傷を覗く。

 傷の深さから見て鋭利な2~3センチ程の刃物で切られている。死因はこれだろう──レイはその傷を指さしながらエンディに言った。

 

「専門家じゃなくても一目見れば分かる。死因はこの首の傷だ。失血性のショック死だろうな」

「それはまぁ……そうだが」

 

 レイは首から視線を外し、今度は足の方へと視線を向ける。

 彼女の足の裏から甲にかけては水ぶくれのようにぶよぶよ・・・・していた。


「これは?」

「遺体の腐敗だろう……はやく元に──」

「まさか! 死体はこんな腐り方はしない」


 やけに死体に詳しい講釈にエンディは思わず感心してしまった。当のレイは興味深そうにその変わった水膨れが手の指先にもある事に気付く。

 指先の水ぶくれ──レイは心当たりがあった。


「これは凍傷だ」

「凍傷? それはありえない」


 エンディはレイの検屍を否定する。


「今はもう春だ。冷えることはあっても、凍傷になる程気温は下がらない。隣国ゴモラ帝国なら別だが──」


 レイは彼女の話を聞き終えると、今度はひときわ目を引いた傷に目を移す。彼女の胸から腹にかけてつけられたY字・・の傷──それをみたレイは言った。

 

「よく見ろお嬢さん、この腹の傷は首を切ったものと同じ刃物で切られている」

「なんでそんなことが分かるんだ?」

「切り口を見ればわかるだろう」

 

 レイは自分にこういった知識検屍技術があることに驚いていた。だがそれについて考察する時間はない。自分はこの現場では部外者だ。いつ追い出されてもおかしくない。まずはこの死体に集中し、少しでも情報を集めなければ。

 

 この腹の傷はなぜつけられているのか──レイは明らかに過剰オーバーキルと思われるその傷を見て、ふとある考えが浮かんだ。

 この切り方はまるで何かを抜き出す・・・・・・・ためにつけられたみたいだ、と。 

 俺はこの殺し方を知っている・・・・・──── 


 レイはそんな自分の考えを「ありえない」と思いつつもはっきりさせるために、ポケットからスプーンを取り出し、Y字の傷に差し込むとその皮膚をめくっていく。

 すでに死後硬直が解かれた肉体はすんなりと開かれた。あらわになっていく女の内部に従騎士達は吐き気を催して視線を逸らす。

 エンディも気分が悪くなった一人だが、騎士としてのプライドでなんとか堪えた。そしてこれ以上の狼藉を許すわけにはいかないとレイを制止しようとしたが、彼女の腹部から飛び出てきた無数の蝿に小さく悲鳴を上げて飛び退すさる。

 一層死の匂いが強くなった現場でエンディは吐きそうになるのを堪えてレイを咎めた。

 

「死体を弄るなんて────」

 

 レイはその言葉を無視して開かれた内部を覗き込む。はたして彼の思惑通り、そこには必要な物・・・・がなかった。

 

「なぁお嬢さん。この世界の人間には腎臓が無いのかい?」

 

 突然の質問にエンディは困った顔をしながらも答えた。

 

「当然あるが──」

 

 エンディの答えを聞いた瞬間、レイは自分の中の馬鹿げた考えが現実味を帯びてくることに「クソ」と悪態を吐いた。

 彼女の腹の中には人体として必要な物──腎臓が無かった。

 

「腎臓が二つとも無くなっている」


 死体の腹の中から目を背けていたエンディはその言葉で視線を戻した。


「え?」


 レイは先ほどの隠れ家で聞いた痛ましい事件という言葉を思い出していた。

 

「なあ……さっきクワトロが言っていた痛ましい事件ってのは──」


 エンディは青い顔のまま答える。


「ここのところ、街の娼婦たちが殺されているんだ……何人も、同じような手口で」


 その言葉にレイの背筋に嫌なものが這い上がってきた──喉の傷と腹から何かを取り出すためにつけられた傷。そして巷で流行っている連続娼婦殺し。それらがレイの脳内で噛み合った。

 噛み合った思考は悪寒に変換され、レイの背筋を這いあがる。


「他の被害者もこうなのか?」

「い、いや……そこまでは私も分からない」


 娼婦の咽喉を裂き、腹を開いて内臓を持ち帰る。この手口の連続殺人犯を俺は知っている──レイは先ほど感じた悪寒が現実になっていくのを感じる。

 それと同時に「ありえない」とそれを否定する。

 

 ここは異世界だ、切り裂きJack the ジャックRipperなんているはずがない──



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