1-13 香水
エンディはレイに言われたセリフに少し面食らう。確かに殺人課では不遇な扱いを受けているが、それは嫌われているのではないはずだ──エンディは反論した。
「そんなことはない……と思う」
最初こそ威勢良く反論したが、語尾に行くにつれその口調が弱くなったところを見ると、どうやら
手綱を握る運転手が「到着です」と声をかけてきたので、ドアを開けて馬車から出たエンディにレイも続く。
エンディは腰のポーチから革でできた巾着を取り出すと、そこから銅色の硬貨を取り出して運転手に渡した。彼は帽子を軽く上げ挨拶すると、馬を走らせて去って行った。
レイは尻をさすりながらぼやく。
「乗り心地は最悪だな」
「何を言ってるんだ。馬車の乗り心地はこの数年でずっと良くなっている。それとも君のいた世界にはもっといい乗り物があったのか?」
「あぁ、あったさ。馬じゃないがな──馬なんかよりずっと早い乗り物があった」
レイは自動車を思い浮かべた。自分の事は分からないのに、こういった事は分かる。嫌になるぜ──胸中で悪態を吐いたレイにエンディは目を丸くして聞いた。
「馬より早い乗り物が!?」
「そうだ。
その言葉にエンディはツンとして答える。
「油を飲んで動く動物がいるわけない。人をからかうのは良くないぞ」
レイはその言葉を無視して言った。
「それで、女は?」
「え? あぁ……こっちだ」
エンディは気を取り直してベルトから懐中時計を外すと、その蓋に刻印されているエンブレムを掲げながら野次馬を下がらせる。
その後について野次馬をかき分けたレイは、騎士と似ている制服を着用している者たちが路地を封鎖しているのに出くわす。
彼らがエンディの言っていた従騎士だろう。違うのは制服だけではない。腰にあるのは剣ではなく
彼らはエンディの姿を見ると、道を開けて通す。その後をついて行ったレイは一瞬怪訝な目をされるも、騎士の連れだという事が分かると大人しく道を譲られた。
路地の丁度真ん中、そこには麻布がかぶせられた膨らみがあった。周りに血や凶器といった死を連想させる物こそないが、その麻袋の下は明らかに死体があると分かったのは
エンディはその傍らにしゃがみ、麻布のはじを掴むと言った。
「今から死体を見せるが……大丈夫か?」
そう言ったエンディの方が酷い面をしている。このお嬢さんは騎士団に入って一ヶ月と言っていた事からして、死体に慣れていないのだろう──レイは鼻をふんと鳴らして答えた。
「こいつのお仲間を二つ死体にしてやったんだぜ、今更驚くかよ」
婉曲的ではあるが不謹慎な台詞にエンディは口にこそ出さなかったものの、青い顔に不快感を表した。彼女はため息をついて麻布を顔だけが露出するようにめくった。
香水のきつい匂いと共にあらわれたのは、血色の無い青い顔。そして手入れのされていない傷んだ長い緑色の髪、まぎれもなく襲ってきたあの女に間違いないとレイは頷いた。
「この女だ」
エンディはその言葉を聞くと麻布を元に戻した。
「それにしても……何だってこんなに香水の匂いがきついんだ。もしかしてこっちの人間は大量に香水でもつける風習があるのか?」
その言葉に未だ青い顔のエンディがかぶりを振る。
「いいや、断定はできないが、ここまで大量の香水をつけるのは娼婦ぐらいだ。ほら……その、仕事柄──」
レイは「なるほどね」と呟く。この生活環境では客を取る度に風呂なんてものに入っていられないはずだ。そう考えると次々客を取らざるを得ない娼婦が風呂の代わりに香水を使っているのも納得できる。
「彼女は身分証等を持ってなかったのか?」
「いや、私たちが見つけた時彼女は全裸で……所持品は何もなかった。体に傷はあったが身分が分かる物は何もない」
エンディの言った言葉に引っ掛かりを覚えたレイは聞き返す。
「体の傷? 見せてくれ」
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