1-10 後悔

 クワトロの隠れ家から出た三人の内、フィーアは街での買い物のため大通りへと歩き出し、クワトロとエンディは道行く辻馬車を拾った。

 乗り込んだ辻馬車の中で向かい合って座っている二人の間にしばし無言の時間が過ぎる。口火を切ったのはクワトロだった。

 

レイについてどう思う」

 

 その質問の意図を測りかねるエンディは聞き返す。

 

「どう、とは?」

「そうだな……君個人・・として彼の事はどう思う」

 

 個人、つまり一人の人間として彼をどう思うか問われたエンディは答えに窮した。

 彼の態度について、短い期間ではあるが察するものがあった。

 上品とは思えない言葉を使い、さらに命を救った相手への礼を伝えないその態度はエンディにいい印象を与えなかった。その事を彼女は正直に口にする。

 

「正直なところ……好ましくはない人物です」

「どうしてそう思うのかね?」

「それは……彼は終始不遜な態度でしたし……それに命の恩人へ礼も告げていません」


 クワトロはやはり、と思った。人一倍礼儀に厳しい彼女ならばまさにそう感じるだろうと。


「それでは騎士として・・・・・は彼をどう思うかね?」

「それは──」

 

 エンディは先の質問より答えにくそうにした。

 それもそのはず、騎士に求められるものは法の順守や規範意識、礼儀といったものの他に重要な事がある。

 それは先入観にとらわれず、物事を俯瞰し証拠を元に真実を探求する──すなわち論理的な思考が求められる。

 エンディはその事をよく分かっていたし、実行しようと心掛けていた。もっとも、先日の件はその論理的な思考を欠いたせいで痛い目を見たのだが──

 それにしても現状ではレイと言う男に判断を下すにはあまりにも証拠が少なかった。

 だが彼女のその思考とは裏腹に彼女の直感が彼は危険だと告げていた。

 

「これは……直感です。騎士がこのような事で判断するのは不適切ですが──彼は危険・・だと思います」

 

 これもまたクワトロの思惑通りだった。何よりクワトロも同じく、レイという人間に危険という直感を感じ取っていた。

 

「それは彼が武装した二人を瞬時に倒せるような技術スキルを持っているからかね?」

「えぇ、それもあるのですが」

 

 エンディは危険と感じた理由を何とか言語化しようと努める。そして彼の行動を口にすることに言い淀み、やっとの事で口を開いた。

 

「彼は────人を殺しました。二人も」


 クワトロはその言葉に否定も肯定もせず先を促す。


「少なくとも……人を殺めた時は動揺し、普通ではいられないと思います。しかし彼はそれが全く動揺していない」

「つまり?」

「つまり……彼は人を殺すことを何とも思っていないのではないかと──」

 

 エンディの人となりを良く知るクワトロは彼女の言いたい事がよく分かった。

 彼女は人の善性を信じているのだ。人を躊躇なく殺せる人間などいない、と。

 さらにその先の、殺人を犯した者は少なからず己のした行為を悔やむだろうと。


 しかしクワトロは先の大戦時や、騎士として現場で捜査していた時に嫌というほど思い知った。

 人を躊躇いもなく殺せる人間がいることを。

 他人を殺めても何の後悔もしない者がいることを。


 恐らく、とクワトロは思う。その事現実を伝えても頑固な彼女は信じないだろう。

 それに彼女はまだ騎士となってまだひと月だ。今後、騎士団という組織の中にいればその現実に直面し、おのずと理解していくだろう。


 逆にクワトロがレイを危険だと思った根拠は彼は頭が回るからだった。

 この国の法律を何も知らないだろう彼は、自身の犯した殺人──それが正当防衛であっても──に対して、「殺した」ではなく「無力化」という言葉を使い尋ねてきた。

 官憲に大して吐く言葉は裁判上不利な証拠として用いられることがある。

 彼の言動はそれを念頭に置いたような振舞いだった。

 仮に裁判になっても心証を悪くする「殺人」ではなく「無力化」という言葉を使った彼にクワトロは危険信号を受け取ったのだ。

 エンディは気づいていないが、レイはこういった出来事を──覚えていないにしろ──何度も経験しているのではないか。

 それはすなわち────クワトロはそこで思考を止めた。確固たる証拠がない中で、彼の人となりを決めるのはよろしくない。

 

「それでは彼は悪人だと思うかね?」

 

 悪人──人という種を括るにはあまりにも大きすぎるレッテルにエンディは答えた。

 

「まだ、分かりません。ですが彼を見ていると不安になります──」


 エンディはそこで言葉を切った。そしてなんとか彼に対する不安を言語化しようと試みる。


「昔、父に連れられて美術館に行った事があります。そこで死神が人々を襲う絵を見ました。農民や騎士、貴族に王族。人種に至るまであらゆる生物が平等に死神に襲われている絵を」


 クワトロもその絵については知っていた。さる画家が描いた名画だ。


「アルティが描いたものだね?」

「はい。あれを見た時、どうしようもない程不安になった事を憶えています。もっとも、子供だったからかも知れませんが……その時の感情と似ています」


 感受性豊かな者は死の気配に敏感だ。彼女もその例に漏れず無意識のうちにレイという男から、死というものを感じ取っているのだろう、クワトロはその気持ちは分かると頷いた。

 長い間、戦場という死と隣り合わせの現場にいたクワトロは、久しく忘れていた死の気配というものをエンディと同じくレイから感じた。


「現状、彼のことを評するにはあまりにも証拠が少ない。どのみち、彼は私達で補助サポ─トする必要がある。その人となりは関わっていくうちに分かってくるだろう」

「えぇ、そうですね……」

 

 そう言ったエンディはまだ浮かない顔をしている。彼を助ける、という事が不満ではなさそうだが、とクワトロは聞いた。

 

「他に何か気になる事でも?」

「私は……規則を破りました」

 

 規則、すなわち騎士が従うべき騎士規則──クワトロは彼女が悩んでいることを察した。

 

「彼が二人を返り討ちにした件かね?」

「はい、騎士である私があの場を収めるべきなのに……それに彼が二人を殺した事も黙っているなんて……」

 

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