第9話 叫ぶギルド長
出してもらったクッキーと紅茶をいただきながら、先程、途中になってしまった屋台の話をギルド長に聞いてもらう。
「なるほど、その屋台には火が必要になると……。う~ん、この地域には無い料理を出すというアイデアは凄く良いと思うんだが、残念ながら火を使う屋台は銀級からなんだよ。少なくとも実現させるには半年ぐらいは、かかるかもしれないな」
「えっ! そうなんですか! 半年か~」
まあ、確かに何の信頼もない人間に、街中で火を使わせるのは怖いもんな……。
「ランクが上がる明確な条件ってあるんですか?」
「それはもちろんあるよ! 店の評判が良いとか会費を期限以内にきちんと支払うとか、粗悪品を取り扱わないとかの当たり前のものから、商売に有利になるスキルを覚えたとか、この地域で扱われていない商品の情報をギルドへ報告するとかも審査の対象になるね」
ランクは上げたいけど、スキルの事は黙っておいた方が良いだろうな……。あれ? そういえばオレの着ている服は、この地域で扱われていない商品になるのでは……。
「もしかして、この服って」
「気付いたようだね! 物は相談なんだが、君が着ている服や靴の生地や、裁断や縫製の仕方などを詳しく調べさせてもらって、是非、良いものは今後の服や靴の制作に活かしたいと考えているんだ。出来れば、それらをしばらく貸しては貰えないだろうか?」
「えっ? 貸すのは構わないんですが、服も靴もこれしか持っていなくて……」
「もちろん、代わりの服と靴はこちらで用意して、プレゼントするつもりだよ」
「ん~でも、汗臭いかもだから、洗ってか――」
「――そんなの問題ない、問題ない。よし、そうと決まれば、そうだな……ここの部屋にある服から好きな物を選んでくれ!」
えっ? この中から……? 紫とか緑とか肩の部分や太ももの部分がメチャクチャ膨らんでる服とか、ろくな服がないんですが……。どれを選ぶか興味津々なギルド長の視線を受けながら、地味な白いキーネックの長袖シャツとベージュ色っぽいズボンを手に取る。
「こ、この部屋の服なら、どれでも良いんだぞ? そんな地味な服より、これなんかどうかね?」
…………それはあんたとお揃いですやん……。
「この服を選んでくれたら、この帽子もつけようじゃないか」
いやいや、その帽子もあんたとお揃いじゃん……。
「いえ、これでお願いします」
「…………驚いたな。もしかして、君は鑑定スキル持ちなのかい?」
「えっ? 持ってないですけど」
アイテムボックスなら持ってるけどね……。
「それなら、かなり見る目があるな。その服は両方ともグリフォンの毛で作られているから、とても高価な物なんだよ! シャツは首回りの部分の毛で、ズボンは胴体部分の毛で作られているんだ」
「えっ! 高価なんですか? なら、他のにしますね」
シンプルだったから選んだだけだし、別にこの服じゃなくてもいいしな……。
「いや、私も男だ! 一度、口にした事には責任を持たなくてはね。その服は君に着てもらう運命だったのだろう。どうか大事にしてやってくれ。それじゃあ、靴も選んでくれ。サイズが合わなければ奥に、他のサイズのストックも沢山あるから、遠慮なく言ってくれ」
まあ、この人、お金持ちそうだし、良いってい言うんだから良いか。すんなり、その申し出を受け入れ、次は靴を選びに行く。そして、ブーツや先がとがった靴の中で、一番まともな黒い靴を選ぶ。
「…………ソウタくん、君は将来、大物になるかもしれないな……。で、サイズはどうだい?」
いつの間にかソウタくん呼びになってるよ。別にいいけど……。
「サイズはちょうどいいです。……あの~もしかして、これも高いやつでした?」
「いや、気にすることは無い。その靴も大事にしてやってくれ」
これ絶対高いやつだ……。ギルド長、少し真顔になってたもん。その靴と服を持って衝立の後ろに行き着替えを始める。一旦、すべて脱ぎパンツと靴下になった所で、後ろから声が上がる。
「そ、その下着と靴下も一緒に貸しては貰えないだろうか?」
「えっ?」
なに覗いてんだよ! 使用済みの下着と靴下とか絶対に無理だから……。さすがにその頼みは聞けないと伝える。それでも、しつこく食い下がってくるので一つの提案をする事にした。
「じゃあ、下着と靴下は次回、来た時に洗濯した物を持ってきます。それでも、納得できないなら諦めて下さい」
すると、ギルド長は不承不承ながらも、その提案を受け入れてくれたのだった。
♦ ♦ ♦ ♦
「着心地はどうかね?」
「はい、肌触りが良くて凄い楽です」
「そうか、そうか、それは良かった。それでは服を見せてもらってもいいかな」
「どうぞ……」
ギルド長は全て受け取ると、机にそれらをのせて全体を見渡す。そして、おもむろにTシャツを手に取り裏返しにして観察し始める。
「ふむう……シルクほどではないが、生地の繊維の目がとても細やかで、さわり心地も滑らかで素晴らしい。これなら貴族にも十分満足して貰えるだろう。しかも、縫い目が一直線で少しの乱れもない。ここまで均一に縫えるお針子や仕立て屋は、そうそういるものじゃない……素晴らしい」
素晴らしい、素晴らしい連呼してるけど、多分、ミシンとか機械だと思うんだけど……。
「ソウタくん、この、この生地の素材はなんだか分かるかね?」
「多分、コットンだったと思いますけど……ちょっと見せて下さい。え~と、やっぱり植物から取れた綿が材料ですね」
タグのコットン百パーセントをみて、それを少しわかりやすくして伝える。
「綿が取れる植物か……素晴らしい。それで今、君はこのタグを見て素材を答えていたが、まさか……」
「そうですね。そのタグは私の故郷の文字で素材や、洗濯の仕方が記載されているんです」
「なんとっ! 服に素材だけにとどまらず洗濯の仕方まで記載するとは……」
その後もカーゴパンツのポケットの多さやオリーブ色に感動し、そして、ボタンという存在を知らなかったようで、所謂『社会の窓』部分のボタンフライを見て叫び、靴の素材を見て叫びと、見終わった頃にはギルド長は少し萎んだようにも見えた。
「素晴らしい、素晴らしい! ソウタくん、君のおかげで兄たちを見返せるかもしれない。これだけの知識と情報をくれた君を、昇級させない訳にはいかないだろう。ちょっと待ってくれ」
興奮気味のギルド長が何やら紙に書き、それを封筒に入れオレに渡す。
「これを受付に渡せば、昇級できるはずだ。ところで君の住まいは今、どこなんだい?」
そう聞かれ、とりあえずポールの家の場所を伝える。
「なるほど、最近、引っ越してきた商会の所か! 何かあったらそこに使いの者を送るから、君も何か困ったことがあったら、私をいつでも訪ねて来てくれ。それじゃ、悪いが私はこれからボタンの素材になるという貝の買い付けや、綿とゴムという物が取れるという植物の情報を集めに行くから、これで失礼させてもらうよ。じゃあ、また」
フットワーク軽っ……。ギルド長はオレを自分の部屋に置いて、去っていった。
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