第8話 商人ギルド

 とりあえず、語彙力がないなりに醤油やソースの説明をして、それに近い魚醤がある事だけは分かった。でも発酵の概念があるなら、大豆さえあれば醤油も作ってもらえるかもと密に期待している。ソースは確か材料をぶち込んで煮込めば出来たはずだから、色々試作してみれば、そのうちオレでもなんちゃってソースぐらいなら出来るかもしれない。


「そうだ、ソウタは登録証を取った方がいいな。一旦、家に帰ってから案内するよ。その時に馬車を出してくれるか?」


 そうだった。馬車の事、すっかり忘れてたわ……。


「みんなも疲れてるだろう? 場所さえ教えてくれれば、一人で行ってくるよ」


「気にすんなって、オレも同じ方向に用事があるからな」


「え~それなら、あたしが代わりに案内するよ」


「冒険者の遺体を冒険者ギルドに引き取ってもらって、経緯を話さなくちゃならないんだぞ! 出来るのか?」


「…………出来ない。じゃあ、荷物を運んだ後、ソウタの部屋の準備をしておくね」


 さすがの理由に、エミリーもすんなり引き下がるしかなかったようだ。


「ん、頼んだぞ! あとソフィアは何か夕食用にスープを作っておいてくれ。他の物は父さんたちが何か買ってくると思うから」


「うん、わかった」





 ♦ ♦ ♦ ♦





 彼らの家に着くと建物の裏に回り、早速、馬車を取り出す。そしてポールが倉庫から出してきた木製の荷車に遺体を載せて大きな布をかぶせる。


「この二人とは知り合いだったのか?」


「いや、昨日、依頼しに行った時に初めて会った。銅から鉄級に上がるのに護衛の依頼を何回か受けなきゃいけなかったみたいで、どうしてもって言われてお願いしたんだが、まさか、こんな事になるなんてな」


「昇級に護衛とか必要なんだな……」


「あの時は、頑張っている冒険者の助けになればと思ってお願いしたけど、下手したら今回で家族が全員死んでたかもしれないし、この二人には悪いけど、やっぱり護衛はちゃんと実績がある人じゃないと駄目だなって分かったよ」


「……そうだな。護衛は自分の命に直接関わってくるしな」


「じゃあ、行ってくるから、後、よろしくな」


「は~い、二人とも気を付けてね」


「あっ! ソウタさん」


「えっ?」


 突然、ソフィアに呼び止められて、驚いて振り返る。


「あ、あの、さっきの服を渡して下さい。洗って直しておくので……」


「あっ、うん、じゃあ、お願いします。もしも無理そうだったら、雑巾にでもしてもらって構わないんで。どうせ、安物だし……」


「…………出来るだけ、頑張って直してみます」


「何言ってんだ。どう見たって高級品じゃねえか」


「だから、おにいはモテないんだよ! ソウタはお姉ちゃんに気を遣って言ってくれてんの!」


「ぐっ! ソウタ、遅くなる前に行くぞ!」


「お、おう!」


 オレは二人に挨拶をして手を振り、逃げるように出発したポールを追いかけた。





 ♦ ♦ ♦ ♦





「この建物が商人ギルドで、受付に登録したいって声をかければ、手続きをしてくれるはずだ。オレはこれから冒険者ギルドに行ってくるから、終わったら先に家に戻っていてくれ。ちなみにあの三階建ての建物が冒険者ギルドなんだけど、もしも帰り道が分からなくなったら、オレはあそこにいるからな!」


「分かった。ありがとう」


 そこまで方向音痴じゃないと思いながらもお礼を言って、ポールに手を振り、商人ギルドに入っていく。中は銀行や病院の待合室のような感じで、受付は横に並んで三か所あり、順番を待っているのか椅子に座っている人の姿もちらほらみられた。そして室内は蝋燭一つ置かれていないのに、何故かとても明るい。不思議に思い、天井をみたところ、光のもとを見つける。


「んっ? あれか? 何か天井にダウンライトみたいなのが……」


 あれ? この世界って電気ないんだよな?


「不思議かい? あの光は魔導具によるものだよ」


「魔導具?」


 その声に振り返るとすぐ後ろに、ふくよかで立派な髭を貯えたおじさんが立っていた。オレが余りにもアホ面で天井を見ていたので、見かねて話しかけてきたようだ。そのおじさんの格好はとても奇抜で、只者ではないオーラをこれでもかと発していた。ファッション関係の人? もしかしたら、貴族なのかもしれない。口の利き方だけは気を付けないと……。


「魔導具なんですね。初めて見ました。わざわざ教えていただいて、ありがとうございました。…………え~と……では、失礼します」


 何かじろじろ見るだけで、おじさんは何も答えないので挨拶だけして立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってくれ! 君の着ているものを少し見せてくれないか?」


「……えっと、すみませんが知り合いを待たせているので、登録を早く済ませなくてはいけないので……」


「登録? それなら特別に私が登録をしてやろう! ささ、こっちへ。お~い、誰かお茶を二人分、私の部屋に持ってきてくれ」


 えっ? この人、ギルド関係者なの?


「承知いたしました、すぐにお持ちいたします」


 ギルドの職員がそれにすぐ反応するところをみると、どうやら本当にギルドの関係者だったらしい。そして有無も言わせず連れいかれた部屋は、仕事机の他にもソファとテーブルが置かれていて、周りには様々な彫刻や絵画が飾られた豪華な部屋だった。よく見ると洋服の型紙や作りかけの洋服も沢山置いてあり、ここでくつろいでいるだけではないようだ。


「散らかっていて申し訳ないが、そこのソファに座ってくれ。ところで君は、この国の文字は書けるかい?」


 そう言って、おじさんが引き出しから書類を取り出す。本当に登録してもらえるようだ。でも、そういえば市場では読めたけど、はたして書けるのだろうか?


「……え~と、多分、読めたので書けると思いますが、何かに試し書きしていいですか?」


 渡された木の板に羽ペンで、まずは普通に自分の名前を漢字で書いてみる。すると何か変化があるかと期待していたのだが、漢字のままで変化はなかった。今度は試しにひらがなで書いてみると、何故かこの国の文字に変換されていく。


「ほ~っ! いくつかの言語を知っているようだね。最初の文字は随分、複雑な文字だね! 失礼だが出身はどこなんだい?」


「え~と、日本ですね」


「う~ん、長年、ギルドに携わっているが、聞いたことがないな。その服もそこで作られているって事かい?」


「そ、そうですね」 


 この人は服が好きそうだし、着替えてくるべきだったかもしれない。見る人が見れば分かるんだな……。


「なるほど、なるほど、質問を続けたいところだけど、それじゃ君も落ち着かないだろうから、登録は先に終わらせてしまおう。え~と必要事項をこの国の文字で記入していってもらえるかな」


「分かりました」

 

 意外と相手の事を考えられる人なんだと、少しだけほっとする。記入する項目は名前、出身地、年齢、商人ギルドに登録したい理由など簡単なもので、それらを正直に記入していき、書き終えたものをおじさんに渡す。


「ふむふむ、ソウタくんというんだね。それでこの屋台というのは、どういったものを売る気なんだい?」


「それは私の故郷の料理を出そうと考えています。いくつか候補があるのですが、小麦を使った――」


 話の途中でドアをノックされる音が聞こえ、話が中断される。


「入りたまえ」


「失礼します。お茶をお持ちしました」

 

「ありがとう、お茶を置いたら、最優先でこの書類の処理をしてきてくれ」 


「承知いたしました。それとスキャフトロ男爵さまが、ギルド長と面会がしたいとお越しになっていますが、いかがいたしましょうか?」


「ん~また、融資の追加のお願いでしょうね……。大事なお客様と商談中なので、後日、面会の予約を取ってから、お越し下さるように伝えて下さい」


 ……薄々、気付いてたけど、やっぱり、このカイゼル髭のおじさんはとても偉い人だったようだ。でも多少偉い人なのかなぐらいで、まさかギルド長だとは思いもしなかった。だって変な格好してるし……。

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