第6話 ノンデリおじさん

 ソフィアの後ろの茂みにロバーの姿を発見したオレは、気が付くと走り出していた。


「ソフィア!」


 急に名前を叫ばれて、驚いているソフィアの腕を掴み、自分の後ろに移動させる。あっ! 弓! 急いで武器を出そうとしたが、間に合わずロバーに飛びつかれて押し倒されてしまう。女性陣の悲鳴が響く中、両手でロバーの口を開かないように掴み抵抗する。しかし、短い前足の鉤爪は思ったよりも鋭く、腕を切り裂かれ血がオレの服を赤く染めていく。


「おらぁ!」


 掛け声と共にポールさんがロバーの首筋に剣を叩き込む。そこでひるんだロバーから手を離し、オレもナイフを取り出し胸に何度も突き刺した。すると、短い悲鳴を上げた後、ロバーは動かなくなった。


「はぁはぁ……ポールさん、助かりました。ありがとうございます」


「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。また、妹を救っていただいて、いくら感謝してもしきれません」


「ソウタさん、私のせいでこんな大けがを、本当にごめんなさい」


 泣きながら謝るソフィアに、笑顔で無事を伝える。


「こんなの平気、平気! ポーションもあるし気にしなくていいよ!」


 そうは言ったものの、気が抜けたら突然、激しい痛みが両手に広がる。よく見ると骨が見えて……。一瞬、気絶しそうになったけど、慌てて震える手で赤いポーションを飲み干す。


「うわっ! これもまずいのか!」


 しかし、効果はしっかりあったようで、傷がみるみる塞がっていく。でも、傷は治ったものの、服は血だらけで腕の部分がビリビリに破けてしまったので、スウェットを脱いでTシャツになった。


「ソウタさん、本当にすみませんでした。その服は私が洗って破れた部分も直しますので、後で渡して下さい」


「……じゃ、じゃあ、お願いしようかな。それよりも呼び捨てにしてゴメンね! 突然の事で焦ってて……。あと手も強く引っ張っちゃったし、大丈夫だった?」


「いえ、私を助ける為だったし、全然、気にしてません。あと……」


「えっ? 最後、なんて?」


「ソ、ソフィアでいいです」


「…………あっ! うん、じゃあ、そう呼ばせてもらうね」


「あ~っ! お姉ちゃんだけずるい。ソウタさん、あたしもエミリーって呼んでね」


 そう言ってオレの腕に抱き付いてきたエミリーの小さな胸の感触に、一瞬、呼吸が止まり固まってしまったが、平静を装ってさり気なくエミリーを引き離す。べ、別に動揺してね~し、経験がないからビックリしただけだし……。


「う、うん、わかった。ソフィアとエミリーね。そ、それにしても最後の奴は他のと比べると大分、大きかったですね」


 そう尋ねるとポールさんが答えてくれた。


「多分、今の群れのリーダーだったんだと思います。仲間がやられてから出てくるのをみると、良いリーダーではなかったようですが……」


「なるほど、リーダーか……一応、アイテムボックスに入れておきますね。さすがにもういないですよね」


 他にもロバーがいないか、しばらく耳を澄ましてみても出てくる気配がなかったので、またオレたちは街に向かって歩きだした。 





 ♦ ♦ ♦ ♦





 その後の移動は大きなトラブルもなく進み、二回目の休憩で彼らの父親がようやく目を覚ました。また過剰なほどの感謝の言葉を貰い、逆に心苦しくなる。


「街に着いたら、好きなだけ我が家にいってもらって構わないからね。何なら娘のどちらかを貰ってもらって、婿入りして一緒に暮らす方が気兼ねなく過ごせるかな?」


「お父さん!」


「なんだ? 自分の身を挺して救ってくれる男なんて、そうそう出会えるもんじゃないぞ。そんな男気のある性格で凄いスキル持ちなんて最高じゃないか! で、ソウタくんはどっちが好みかな?」


 どっちが好みかな? じゃないよ! 本人たちの前で選ばせるとかデリカシーね~な……。それに自分の子供の結婚相手を簡単に決めすぎだから……。どうやら意識を失っている間の事をポールさんから聞いて、大分、オレの事を気に入ってくれたようだ。


「とても光栄なお話ですが、助けたから結婚ではあまりにも乱暴でお二人が可哀そうですし、私としてもお父さんの命令で、嫌々結婚してもらっても嬉しくはないので……」


 何とか適当な理由を見つけて、二人のどちらか一人を選ぶという愚行を避ける。

 

「いや、……お前たちもソウタくんの事は嫌じゃないだろ……?」


「「…………」」


 そりゃ、助けてくれた相手を嫌いとは言えんだろう……。何これ? いじめ?


「あなた、それぐらいして下さい! そのままだと娘たちにもソウタさんにも嫌われますよ」


「…………いや~ソウタくん、すまなかった。みんなが無事で少し浮かれてしまった。今の話は聞かなかった事にしてくれ。…………さあ、街の城壁も見えてきたし、みんな、もうひと踏ん張りだぞ……」


 奥さんに諭されて、ノンデリおじさんも自分の暴走に気付いたようだ。でも、娘たちの父親への冷ややかな視線を見る限り、娘たちに嫌われる未来は避けられないらしい……。

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