第5話

 部屋の中に嫌な音がけたたましく鳴り響く。時刻はいつも通りで、下からは食器のぶつかる音が微かに聞こえる。スマホを青白く光らせて、SNSの確認をする。容態はいつもと変わらず、通知欄も変化無し。玄関の扉が開き、そして閉まる音を聞き、下へと降りる。太陽は東南東に見えて、冷淡な朝の空気が肌に触れる。冷蔵庫には昨日の残りやら色々が隙間を空けて置かれていた。適当にそれをいくつか取り、温めるものは温め、それ以外のものはとりあえず食べる。今日はいつもより疲れそうな予感がしているため、とにかく多い量を食べる。

 気づけば家から出発する時間になっていた。準備は既に終わらせていたため、家の鍵を回し、通学路を踏み行く。

 下駄箱に靴を仕舞い、歩きながら昨日の夜を思い出す。とりあえず、最上階にある自分の教室で由里子を探す。

 すると、俺の席に居座っている女子から声を掛けられた。名前は由里子、求めてた人物らしかった。近づくや否や、何も言わずに俺の手を引き、隣にある人気ひとけがない教室へ移された。そこはお互いにとって都合が良かった。

「昨日のメッセージ、あれについて詳しく訊かせてもらっても良い?」

「…私のお姉ちゃんが部屋に籠もりっきりで、どうにか出来ないかなって……」

「家庭の問題なのに何で俺に?」

「どうしようも出来なくなる前に頼っておこうって思ったから……」

「それなら先生とかの方が頼れない?」

「クラスメイトの方が信頼出来るかなって……」

 何やら由里子のお姉さんは引きこもりになってしまったらしい。俺からすれば物凄く興味も無い事であって、面倒な事に巻き込んで欲しくない気持ちがあった。でも、目の前に映るどこか必死な気をまとっている、そんな女の子を見捨てる事は出来なくて、席へ戻ってしばらく悩んだすえ、姉を救おうと心に決めた。

 午前の授業を気怠けだるげに終わらせ、弁当を食べながら土屋つちやに朝の事を打ち明ける。

「そりゃのぼるも大変な仕事引き受けたな」

「あまりにも他人事すぎる」

「実際そうだし」

「そうだけど人の心は無いのか」

「あったらお前とは関わってないと思う」

「何でそうなる」

 こんないつもの会話が故に、つい本来の目的を忘れてしまいそうになる。

「そんな事より引きこもりの話だろ」

「土屋が始めたんだろ」

「なんの事やら」

「頭にうじでも湧いてんのか」

「…どうしようねぇ……」

「…………どうすれば良いかな……」

「…現実に居場所が無いのかもしれないな」

「だとしたら……どうやってそれを知る?」

「…困ったな……」

 そうして悩み続けていると、昼休みを殺して俺達を律する、そんな俺達の敵が鳴く。面倒に感じながら席へ戻り、教科書を上に出す。また先の鐘が鳴き、教壇には年上の人間が立つ。

 面倒なものが流れ去り、号令が済むと同時に教室がうるさく騒ぐ。帰ろうとして荷物を背負うと、またあの女子に手首を掴まれ、隣の教室へ連れ込まれる。

「どうすれば良いかな……」

「そんなすぐには決まらないよ」

「そっか……てか何で受け入れてくれたの?こんな面倒くさいもの……」

「断れない性格だからかな。多分」

 もうしばらく会話を続けたのち、軽い挨拶を交わし、荷物を背負ってここを去る。途中の風景は頭にあらず、ただ人を救うためだけの思考のみが浮かんでは消えゆく。

 家の鍵音を2度鳴らして、自分の部屋へと上がっていく。制服をハンガーラックに掛け、バッグは机の下に置く。机の前にある椅子へ座って、見れてなかったSNSを周遊する。

 クローバーからのメッセージは無く、通知を設定した人の投稿が流れる。おすすめには、ゲームのガチャに狂う人、時事ニュースを拡散する人、"古びた廃駅の奥底から"と銘打ってゲームの二次創作に勤しむ人だったり、様々だった。

 そんな投稿を流し見しながら、件の事を考える。頭に案が浮かび上がると、それの問題点も浮かび上がり、無念のまま消えてゆく。結局、ただの平凡な高校生が考える案では、到底立ち向かえない問題だった。それでも何とか歯を立たせるために、インターネットの底まで潜り込む様にして調べる。先人の知識を借りて考えようと思っての事だった。

 どうやら現状把握が大事らしく、その旨を彼女に伝えた。メッセージアプリは見てくれたらしいものの、返信は来ないまま時間が過ぎる。

 気づけば陽射しは赤に染まり、空を殺して逃げる様だった。冷淡な風も、空の温度に感じるほど冷えていた。それを弔うよりも、玄関のインターホンを鳴らした人を家に上げる方が先決だ。

 連勤疲れの両親と団欒を過ごし、温まった身体を布団に包ませる。頭の中には件の事が、スマホの中にはいくつか通知があった。とりあえず、調べた事だったりを紙にでも書き留めて、少し緊張しながらスマホの通知を処理する。

 由里子からのメッセージがいくつか来ていて、午後に送ったメッセージの返信らしかった。

『私達と話すのも嫌な感じだった…怒ってるのか泣いてるのか分からないくらい感情が表に出てて…』

『詳しい事はまた学校で教えるね』

 何やら相当面倒な依頼を引き受けたような気がした。話が出来ないのは中々大変で、どうするかを虚空こくうから考える必要があった。そんな大仕事おおしごとは明日に回し、今日の俺は眠りに就く。頭の中が大仕事の事で一杯になりながら。

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