第4話

 陽射しに目を射抜かれて起きる。いつもの日常で何ら変わらない。隣で青白く光る板に書かれた時刻は、"7:40"となっていて、昨日と同じ物だった。あの日は仮病で休んだからこそ、今日は遅刻せず行こうと思っていたのに、出鼻をくじかれる結果になってしまった。二週間前にも同じ事をしていたような気がするが、気のせいだろう。

 今日は偶然にも親戚の忌日になっていて、両親はそれに出払っている。これを使って学校を休む事にした。

 前の様に電話を入れて、スマホの時計機能を開く。アラームは設定されていたらしい。音量は機能していなかったみたいだが。

 仕方無く、キッチンの冷蔵庫に入っている食材をまた食らい、また適当にめる。朝からこんな食事では元気が出ない様に思えるが、意外と何とかなるものだと、過去の経験が囁いている。

 最近はもっぱ勉強三昧べんきょうざんまいで、近づいて来る期末テストの足音を聞く。そんな優等生は俺の中で既に息絶えているため、リビングから今日も今日とて電話をする。勿論相手はあの民だ。

 先述したような優等生はもう居ないと言ったが、その子供は植物人間になりながらも生きている。期末テストが足音を大きく響かせているものだから、その子供は回復傾向にあるらしい。そんな思いを抱えるのは、電波越しの民も同じらしい。お互いの心にみ着く優等生の子供を、なるべく植物人間のまま殺したいという思いもあって、この通話は何時いつからか遠距離勉強会に成り代わっていた。

 人に物事を教える方が勉強になる、と聞いた事がある。頭に知識が定着して、読解力も上がるらしい。実際それは正しい様に思える。経験がそれを強く熱弁するからだろう。過去にも似たようなことをして、その分野に詳しくなった記憶は確かにある。そのおかげか、校内成績は平行線を辿っている。成績の琴線に、指一本入るかどうかの線を作って。そんな事を考えていると先述の子供が回復し、病床から起き上がっている。それは現実にも影響し、電源が切れるまでの間、まるで図書館勉強会の様相を呈していた。

 電話が切れる音と、電源が切れる音。この二つは俺の意識を現実へと揺り戻す事となる。照り付ける陽射しは木の葉で見え隠れし、太陽は南南西に見える。テーブルの上には、雷模様が描かれた電池の絵を映す板と、それをコンセントに繋げるコードが垂れていた。それの隣では、太陽が南東に見える時と同じ食事を摂っている人間が居た。面倒臭がりはこのくらいでも、案外やって行けるものだと自負している。

 頭の疲れを癒す為にも、戸棚に仕舞っている甘い菓子を食べる。腹の虫は眠り、電池の色は赤から緑になる。何故か満腹まで食べていたようだった。

 空が一発芸でもしたのか、外は風が吹き、それは少し冷えている。赤らんだ青天井を眺めつつ、先の民と雑談を交わす。大体は学校での出来事を話し、たまに別の事を挟んだりして、何だかんだ楽しく通話を続けていた。気づけば、陽射しは月に成り代わって、風は冷淡に吹き、街灯には虫がたかる。家の電灯を光らせ、明るい場所で民と話し続ける。

「来週とか実際に会って話したいな〜」

 その発言には興味を向けず、話題を変えて対応する。これはいつもの事なのだが、今日は少し違った。

「来週から結構な連休になるし、アリだと思うけどな〜」

 いつもなら流れるままに会話をする筈だが、今日は妙に執着してくる。そんな事を言われ続けると、こっちとしても断り辛く思えてくる。

「なんで実際に会いたいの?」

「電話とSNSでしか話さないのも虚しいからね〜」

 それは俺にも芽生えつつあった感情だった。別に今のままでも楽しいのだが、やはり物足りなさがあるのだ。そんな気持ちが共振し、思わず了承の意が口から出る。そこからは矢継ぎ早に予定が決まり、俺のめる言葉も虚しく電話を切られる。両親は放任主義的で何でも許すから良いのだが、俺だけで会うのも怖く、大丈夫だと信じてはいるが、やはり不安に感じる。

 でも両親はいつもと変わらずインターホンを家に響かせ、俺と団欒を過ごす。

 そしてお湯に浸かった温かい身体を布団に包ませ、SNSを周遊する。すると、いきなり一件の通知が来る。クラスメイトでしかなかった女子「佐藤さとう 由里子ゆりこ」からだった。メッセージアプリにはこう書かれていた。

『お姉ちゃんを救ってください!』

 あまりに突飛とっぴで、自分にはどうしようも出来なさそうなお願いだったが、見捨てるのも心が痛む。

『なんで俺に?』

『クラスの人に片っ端から声をかけたんだけど全然駄目で…唯一休んでた貴方あなたなら受け入れてくれるかなって…』

『頑張ってはみるけど、期待はしないでね』

 こんな感じに返信した。過度な期待を向けられても困るからだった。断れなかったのは俺の性格からなのだろう。

 後の会話に進展は無く、そのまま眠りに就く事とした。

 思い返すと、何やら既視感のある名前であった由里子。昔に似た名前の女子と仲違なかたがいして以来、女子と関わる事が殆ど無くなっていた。原因は俺でありそいつだった気がする。声も何だか似ていた様な気はするが、どことなく違った雰囲気もあり、流石に違うだろうと言う結論に至った。そもそも、昔の事は全く覚えていない訳だが。

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