第3話

 まばゆい光が目に焼き付き、ゆっくりとベッドから起き上がる。周囲はほのかに明るい程度で、その中にとても強い光を発する物があった。それを手に取り、目に映る時刻を読む。

 "7:37"

 学校は8:00までに行かないと遅刻扱いになり、評価も大きく下げられる。それだと言うのにこの時刻に起きるのは、自他ともに認める"寝坊"と言うやつだろうか。

 流石に間に合わない事を自覚した俺は、仮病でも使って休む事にした。

 学校に電話を入れて、とりあえずスマホを開いてみる。通知欄はいつも通りで反応は無し。とりあえず適当に他人の投稿を流し見る。

 元気な陽射しが故なのか、腹はうるさく唸る。それを抑えてくれる飯のために下のキッチンへ降りる。その先で冷蔵庫を開け、適当な食材やら昨日の残りだったりをいくつか取り出す。

 料理名も特に無いような、見た目も適当になっている味の暴力を作り出し、皿に移す訳でも無くそのまま食らう。好みの味付けにしているから、勿論美味い。味の深みだったりは別に意識しておらず、素人特有の味付けだと言われそうな物だった。

 そんな飯を腹に溜めて、リビングでまたSNSを周遊する。別に楽しい訳では無いが、何かに呼ばれている様な気がして辞められない。クローバーさんとメッセージをやり取りしたい思いが強まっている事、これも一つの原因になっているかもしれない。

 クローバーさんは、いつも10:00に起きて色々するらしい。

『今日もおはようございます!』

そんな投稿に珍しく反応をする。いつもは学校にいてスマホを触れないからだ。

『クローバーさんもおはようございます』

はがねのメンタルさんもおはようございます!』

 反応自体は簡素だが、大概は後に送られるメッセージから話が広がる。それを期待して他人の投稿を適当に流し見る。

 期待してた通りの通知が1件届く。そこには予想通りの文言が短くつづられていた。

『鋼さんは今日ってお休みな感じですか?』

『そんな感じです』

 なんだか胸が痛む返信をする。

『奇遇ですね!私もお休みなんですよ!』

『凄い偶然ですね』

 もっと胸が痛んだ気がした。

『折角ですし通話してみませんか?』

 そんな事をいきなり言われ、思わず少し動揺しながら返信する。

『良いんですか?』

『お互い暇なら少し声でも聞いてみたいなって…』

 とりあえずそれを了承し、連絡先を交わしたりしてしばらく待っていると、誰からか電話が来た。無論、相手は先の人だろう。緑のボタンを押して声を聞いてみる。

「鋼さん……で合ってますか?」

 声の主は想像より幾許いくばくも若い女性だった。恐らく同い年程だろうか。何故か仄かに感じた既視感を無視し、彼女に話し始める。

「鋼のメンタルで合ってますよ」

「良かった……クローバーです!」

「…もしかして同い年ですか?」

「じゃあ……今いくつですか?」

「17です」

「私も17です!」

「同い年なら敬語で話すのも変ですよね」

「じゃあ外す!」

「俺も外そうかな」

 同い年と知るや否やタメ口になるクローバーに追随する形で、一部始終を聞いてた俺もそれを外す。

 楽しい事を満足するまで目一杯やろうとすると、体力か時間が尽きるのは良くある話だろう。だからこそ楽しい事には飽きないのだろうが。今の俺達もその状況で、こっちの場合は時間が持たない。相手方のスマホに溜まってた筈の充電が無くなりそうだと言われ、仕方なく通話を切った。

 外からは元気な木漏れ日が目を刺し、腹の虫は時間が来た様に鳴く。気づいたら昼が終わろうとしていたのだ。

 さっき話された学校の事だったりを思い返しながらキッチンの冷蔵庫をひらき、適当な食材を取り出して、それをそのまま食らう。本当に何もかも面倒な時はこうする事が多く、これでも何とかなると経験が語っている。

 腹五分目程で原始的な食事をめ、勝手に光が弱まる板を手に取る。画面が明るくなった瞬間を見計らった様に通知が来る。また電話がしたいと言うクローバーからのメッセージだった。無論、それを快諾して、少し経って出現する平たい緑のボタンに指を乗せる。

 楽しい時間を飽きるまで過ごすのは至難の技だ。先の様に時間が許さない事がほとんどで、今の俺達もその例えになる。通話が一区切りついたところで、丁度良く玄関のインターホンが鳴り響く。それに驚きながら通話を急いで切り、すぐさま玄関の鍵を開ける。外の陽差しは眩しい橙色だいだいいろに染まっていて、昼下がりの木漏れ日とは似ても似つかないものだった。

 家に上がった両親と団欒だんらんの時間を過ごし、お湯で火照った身体をいつもの様に布団へ潜らせる。

 真っ直ぐ伸びた左脚ひだりあしと直角に曲がっている右脚みぎあしが成す体勢は、だらしないの一言に尽きる物だった。

 そんな体勢を落ち着き無く変化へんげさせながら、あの民へメッセージを送る。

 しばらく待っても既読通知すら来ないのを見るに、すっかり寝てしまったのだろうと考えられる。そう思った俺は、電灯を消し仰向けで寝転ぶ。頭が虚無に塗り潰されていく感覚に襲われつつ、何かを忘れた思いが少しつのりながらも、手遅れなので明日を迎え入れる。

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