鳥渡る 父と僕

一の八

父と僕

【鳥渡る父と僕】


実家に帰省するのは、そうだな…

5年ぶりになるのか。


片道1時間以上をかかる道をナビの案内に従いがながら運転をしていた。




助手席では、さっきまで楽しそうに話す妻と元気よく歌っていた息子が疲れたのか静かに眠っている。


少しだけハンドルを握る手に力が入った。



「次の料金所を出ると、右です。」


ナビが案内する。



ここまで一人で運転してきて、少しだけ疲れがあった。

だけど、実家に帰るだけなのになんだか昂っている。


ナビの案内のまま懐かしい道を進んでいると、“こんな所にコンビニが出来たんだ”とか“えっ?あの店無くなったの?”とか

“うわ、大きい建物建ってる?これなんだ?”と心の中で一人で思い出に耽ていた。



昔のように畦道のような所では無くなり、

舗装されているので、

前にきた時より走りやすい。



実家に近くづくと、妻が起きる。



「あっごめん。寝ちゃった。」

「うん、大丈夫だよ。けっこう長旅だったから疲れたんだね。」


「ありがとう。あっいっくん!起きておじいちゃんの家に着くよ。」

「う…ん…」


妻に起こされ息子は、ここがどこだか分からないという顔をしながら眠い目を擦り、

目を覚ます。




家に着くと、父がいつも車を止めているはずのカーポートには、車が無かった。


そこにあるのは自転車と使い古された棚があるだけになっていた。


玄関を開けると、母親が今か今かと待ちぼうけた様子で僕達の家族を出迎えてくれた。

「おかえりなさい」

「ただいま」

母とのこんな些細なやりとりも照れ臭い。


「母さん、父さんの車ってどうしたの?」

「あっ、そのことね」

なんだか言いにくいそうな表情を浮かべながら、母は教えてくれた。


「2年くらい前に事故を起こしてね。」

「えっ?事故?大丈夫だったの?」


「まぁ、事故は単独でガードレールを擦ったくらいだからよかったけどね。お父さん、なんだか自分の運転に自信無くしちゃってね。それで免許を返納したのよ」


「そうだったのか…」


不意に胸の奥で寂しさが広がった。


父の歳も73を過ぎている。

免許を返納するのにもそんなに変な歳でもないしな。

それに事故を起こしているのなら、その方がいい。

と自分に言い聞かせた。



「今は、割と交通の便もいいのでバスや電車も利用している人をよく、見ますよ」

と隣で妻が話す。


「みきさん、ありがとうね。」

母は、少しだけ何ともいえない表情で答える。



そっか、車売っちゃったのか…




父には、よくいろんな所にドライブに連れて行くってもらったな。



子供の頃ことが頭に浮かんだ。


父は、若い頃からけっこうの車好きであった。

だからと言ってお金持ちの訳ではない。

友人から借りたり、レンタカーで好きな車に乗ったりして趣味を楽しんでいた。


けれども、普段乗る車といえば、

もっぱらファミリーカーであったのだが。


子供の頃は、休みの日になると、いろんな所にドライブに連れて行ってくれた。


助手席から見える景色がどんどん変わっていく様子が好きで外を眺めているだけ気持ちが良かった。


車内での父との会話は、何でもないくだらない事や学校の事でもなんでも話した。


家の中では、寡黙な父も車の中では饒舌に話をする。

なんだかあの頃は、その様子が不思議であったけど安心感もあるひとときだった。


ある日、父が言った。

「てつ!お前が大きくなったらこの車をやるよ。それまでしっかり勉強しろよ!」


「うん!僕、一生懸命がんばるね」


今から思えば、あの車が大人になった僕を乗せて走れる状態かどうかも怪しい。


中学生になると、世間と同じように反抗期というものにはいった。


その頃に一度だけ母親を泣かさせ事があった。

学校でむしゃくしゃした気持ちを思わず母にぶつけてしまったのだ。



僕自身そのつもりもないけど、ほんの些細な事であったのは今でも覚えている。





僕の言葉で母は、傷つきキッチンで涙を流していた。


その様子に気がついた父は、僕の胸ぐらを掴むと、


玄関を出て、車の前まで連れ出した。


「乗れ!」


と助手席に僕を座らせた。


運転席に座る父は、ハンドルを握り、

何も話さないまま

1時間くらい走り続けた。

人気がない場所で突然に車を止めた。




そこは、初めてくる河川敷で、

誰もいないに静かな所だった。



僕は、不安感から鼓動が早く打つのを感じた。

なんで母にあんな事をしてしまったのだと後悔の念が広がる。


父の心中は穏やかではないと感じた。




「ここはな。父さんが嫌な事とかモヤモヤした時によく来る場所なんだ。

テツ!嫌な事は、これからもどんどんある、

でも、素直に謝れるなら、この先どんな事があってもお前は大丈夫だ」


と静かに父は話し始めた。


父の静かな言葉に僕の身体から緊張の糸が解けた。



「ごめんなさい」

と僕は言った。


「母さんの所に帰るか!」


父は、ポンと僕の背中を叩いた。















ー現在





「母さん、父さんってどこに行ってるの?」

実家に帰ってから父の姿を見ていない。



「あっお父さんね、今、病院に行ってるの。

もう、帰ってくる頃だと思うけど…」

母は、壁にある時計に目をやった。


「父さん、どこか悪いの?」

「違うわよ!お父さんの友達が入院しているからそのお見舞いよ」


「なんだ…」

「お父さんは相変わらずよ」


その事を聞いて少し安堵した。




「ちょっと、外行ってくる」

妻を残して、玄関を出た。


家の近くを歩くのは、どのくらいぶりか

最近してなかったな。


ちょっと、歩いていると前方から見覚えのある姿が見える。

少しだけやつれた様子の父の姿が見えた。



「おっ」

「あっ」

「帰っきてたのか?」

「あっさっきね」

「そうか」

「うん」


父との久しぶりの会話もどこかぎこちない。



父と一緒に実家の方へと足を進める。


家が見え始めて、父に声をかける。


「父さん、久しぶりにドライブ行かない?」

「ドライブ?あれがお前の車か?」


父は、家の横に止めてあった僕の車を指を指して聞いた。

「うん」


なんだかぎこちない空気が続いている。




助手席に父が座る。


僕は、妻に「ちょっと行ってくる」とだけ残し父と僕の二人のドライブに向かう事になった。



「どこに行くつもりだ?」

「決めてない」


「そうか」


車内では、息子がまだ幼いのでチャイルドシートが載せられていた。

少し窮屈な感じをさせた。


ハンドルを握り、エンジンを掛けると行きの車内で流していた子供向けのDVDが流れる。


「あっごめん」

僕は、父に言った。


「あの子は、こういうのが好きなんだな」

父は、しみじみと言う。


「まぁ、そのくらいの歳だから」


ハンドルを握り、家を出ると覚えている限りの懐かしい道を走る。



ここをまっすぐで…


たしかこっちを左?だったよな…



僕が幼少の頃に父の運転で走った事のある道であの頃と比べると、その光景は懐かしさがほぼ無くなってしまうくらい変わっていた。


しばらく走ると、僕は父に聞いた。


「免許証の返したって?」

「あ、そうだな。まぁこの年でそう遠くに行く事もないしな」


「でも、好きな車とか乗れないでしょ?」

「友達もよぼよぼで張り切る事もないからな。それに今ならネットで動画を観ているだけでもけっこう楽しいぞ」

「へぇーそうなんだ」


父がこの言葉を本心で言ってるのかは分からなかった。



父と何でも無い会話を続けていると、ある場所についた。


「ここは…」

父は、最近訪れていなかったのか懐かしむ表情を見せた。


「そうだよ」


あの頃のまま変わらない。


人気のない河川敷で車を止めた。


すると、父が言う。




「たまには帰ってこい。母さんが寂しがってるぞ。」


「そうだね。今の事が落ち着いたら、盆とか正月とかも来るから」


「母さんが喜ぶぞ。あと、いい車だな」



父は、会った時よりも穏やかな表情で話した。




「おかえり」

「ただいま」


父と僕は同じように玄関の扉を開ける。


居間では、母さんと息子がカードゲームをしながら一緒に遊んでいた。


母さんのこんな幸せそうな顔は久しぶりだな。


「ずいぶん遠くまで行ってたの?」

「ちょっとその辺だ」


父は、相変わらず言葉が足りない。


僕が母にどこまで行ったのかを改めて説明した。




時計に目をやると19時を回った所だった。

心配そうな表情を浮かべた母は、


「こんな時間なら泊まっていけば?」

と言う。


「ごめん。明日も朝早くから仕事があるから」

「そうなの?それは、大変ね。あんまり無理しないでね」


少しだけ残念そうな顔をしている。


「ありがとう」


僕は、母の目を見て答えた。






「また、いつでもいらっしゃい」

「また、落ち着いたら来るよ」


助手席の窓を閉めると、実家を後にした。


隣に座る妻が聞いてきた。


「お父さんとどんな事話しての?」

「何でも無いことだよ」



「あ!あと、お母さんが言ってたわよ」

妻が続ける


「お父さんが免許返したって言ってたわよね?」

「ああ、どうかしたの?」


「お父さんがお母さんに『遠く行きたくなったらテツに運転させるか大丈夫だろう!ってあいつなかなか帰ってこないな』って話してみたい」


「そうなんだ」



「お父さんが寂しがってるからたまには、顔を見せに来なさいって

そしたらお父さん喜ぶから!って」


「お父さんが喜ぶ…」


僕は、思わず笑いそうになるの堪えながら、父とのドライブの事を妻に話した。



たまには



たまには帰らないとな



ハンドルの握る手を少しだけ緩めて、妻に問う。


「次、いつこようか?」

すると、先程まで話していた妻は安心した様子で眠っていた。


その後ろで同じように眠る息子がいた。


また、来るから。

父も母も待ってるから。


ハンドルを握り直し、家路に向かった。







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