第3話 驚き
家に帰ってからはすぐに寝た。疲れと安心というものがあればすぐに寝付けるものである。
ずっと、一人だと思っていたのだ。いや、今までだって一人ではなかった。隣にソラがいたから。けれど、どこかで一人な気がしていた。だって、俺の知っている世界での記憶を持つ人なんていない。そう決めつけていたのだから。
ふとした瞬間に思い出す自分の友人、先輩。会いたいと思っていても会えない。それが俺の現実。
それが昨日変わったのだ。
会えたという事実。それがあれば俺はこれからも生きていける。なんてことを考えていると知られたら重いと言われるだろうか。俺の親友なら笑って受け入れそうだな。
さてと、考えごとはやめにして学校に向かうとするか。いつもなら学校というのはソラと一緒に行くのだが、今日は早く行かなければならない。井口に呼ばれているのだ。
明日早く来て、と連絡がきていたから一人で行かないと。きっと、ソラには聞かせてはいけない話。
俺は準備をして学校へ行った。つくと、井口はすでに校門の前に立っていた。遠くから見てもイケメンなのが伝わってくる佇まい。
男子校だからと関係なくモテそうだ。BLの世界ならなおさらな。
「井口、おはよう」
遠くから眺めるのはやめて話しかける。
井口はそれはもう爽やかな笑顔で
「はよ!」
と、返してくれた。
前と変わらなくて俺の好きな表情だ。どんなに沈んでいても雨井の笑顔を見るだけで元気になれた。親友の変わらないところを見て一喜一憂していていいのだろうかとも思うのだが。
「なあ、ナルって呼んでもいいか?三峰そう呼んでたのいいなと思ってさ」
「うん。井口にはそう呼ばれた方がしっくりくるよ」
「やった!そうだ、ナルちょっとついてきてくれなー」
前と同じ接し方。
やっぱり俺はそれで嬉しくなってしまうんだ。なにか事情があったから記憶があるままここにいるというのは分かっているのに。そんなことを考えながら井口についていく。
そして一つの扉の前で止まった。
「風紀委員会室?」
「おう!多分ナルは驚くと思うぜ!」
そう言いながら扉を開ける井口。
中に入ると一人の男子生徒が椅子に座り、腕組みをしていた。
「遅い。もう少し早く来な雨」
「仕方ないだろーナル待ってたんだから」
「ナル?あ、やっぱりそっちだったんだ」
男子生徒とは昨日壇上で挨拶をした風紀委員長。そんな人と親しそうに喋る井口と、俺を見てそっちだったのかと言う風紀委員長……しかも俺の先輩だった人によく似た姿……
「もしかして、記憶あります?」
「気づくの遅いよね、君。肝心な時には抜けてる」
「いや、気づくわけないでしょう⁈昨日初めて見たんですから!というか井口を雨呼びって!そんな仲良かったんですか⁈そもそもいつ会ったんですか⁈」
そうだ、あの一瞬で気づくことなんてできない。確かになんか見られているなとは思ったのだが、記憶があったからだとは思わないだろう。
「あっ、今世?はオレと弥生家が隣なんだぜ!三峰とナルと同じなんかな?ナルの予想通り弥生は元、
「ちょっと、今の僕を名前で呼ぶのはいいけも前ので名前呼ぶのやめて」
「しゃーねーだろ?今も前も雲茂なんだからよ」
「雲茂さんと井口が?妹、そんな設定にしてたのか……」
この二人の家を隣にするとは予想してなかった。まあ、喧嘩しない二人でよかった。これが今はまだ会っていないあいつと雲茂さんだったら、顔を合わさるだけで口喧嘩してそうだし。
妹にとってはこの二人が『萌え』の対象だったというわけだ。なんだかんだ仲良くしているみたいだから、あまり心配はいらない。困惑はしているけれど。
「妹?あーいたな!それがどうしたんだ?」
「えーと……」
俺は二人にこうなった経緯と、妹が俺たちをモデルに漫画を描いていたことを説明した。思っていた反応は真逆なものだった。
「なーんだ、それなら弥生の苗字が変わらなかったのも納得だな!」
「へーそう。あの子描くって言ってたのちゃんと描いたんだね」
「どうして二人ともそんなすぐ納得するの⁈それに、雲茂さんは知ってたんですか⁈」
「モデルにしていいかって聞かれたからね。雨井も聞かれてたんじゃないの?」
「んーあっ、そうだったそうだった!忘れてたぜ!」
井口はモデルにしていいかって聞かれたのに忘れてたのか。
雲茂さんが覚えているというのは意外だ。多分しつこかったのだろう。俺の妹はこれだと決めたものに一直線な奴だからな。
しつこくされたのなら忘れることはない。雲茂さんはそういう人である。
うっかり彼が寝ている時に屋上へ行ったことは後悔している。思っていた何倍も杖を振り回されたのだからな。
——それより、俺が聞きたかったことをまだ教えてもらっていない。
転生したのかとかそれはもうどうだっていい。きっとそれは確定している。
だから知りたいのはもっと別のこと。満足するまで生き抜くことができたのかということだ。
「君の考えていそうなことは分かるけど、あとにしてくれる?君たち入学したばかりでオリエンテーションがあるんだから」
雲茂さんは俺の心を見透かしたかのように淡々と言葉を発した。それでも、あとにしてくれと言われたのなら素直に待つことにしよう。
いくら早く来たといっても、もうそろそろ生徒が登校してきそうな時間なわけだし。入学早々、別室でいないなんてわけにはなあ。
ソラのこともあるし。
「では、また」
「またなー弥生!」
俺と井口は部屋から出た。彼は何も言わなかったけれど手だけ振ってくれた。
出会った頃より随分丸くなったものだ。そう思うと記憶を持っていてくれて良かったのかもしれない。
にしても、どう考えても妹のつくっていたストーリー通りにいく気がしないのだが……
どうにかなるだろう。そもそも、どうにかしないといけないのか?BL展開にって、する必要あるのか?
うーん……でもソラにお相手ができなくなるのか。正直見たことないから分からない。
けれど、ソラの相手が誰であろうといてくれた方がいいのかもな。それが井口や雲茂さんじゃないといいのだが。
「ナル?聞いてっか?」
「あっ、ご、ごめん……」
「いんや、ナルは相変わらず一人で抱え込もうとしてんのな。オレのことも頼ってくれな!」
「ありがとう井口。このあとのオリエンテーション楽しみだね」
「だな〜」
話を聞いてなくても怒らないでくれた。明らかにこちらの方が悪いのに。
しかも、頼ってとまで言ってくれるとは。俺に抱え込む癖があるというのを知っているからなのだろうけれど、それが嬉しい。
ソラが井口を好きになるというストーリーなのだとしたら、それが一番安心できる。もちろん二人の意思が大事である。
今はとりあえず、これから行われるというオリエンテーションを楽しむとしよう。
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