第10話 お説教
さて、と。剣をスマホに収納しながら辺りを見回す。
「やったやった!」と手と手を取り合って喜び合いたいところだけど。
とてもじゃないが、そんなのやれそうにない空気だなーっと。
その空気に顕著に飲まれているケティは、先ほどよりも蒼白になってぶるぶる震えているのがわかった。
こんなに怯えるなんて、いったい何があるというんだろう。
「ケッティル!」
先ほどの氷魔法を放った神官が速足でケティの元へやってきた。
長い黒髪を一つに束ねたその女性はよく見ればケティたち他の神官よりも少しだけ意匠が異なる神官服を纏っている。
「……し、神官長様……」
神官長様ってことは、なるほど、偉い人か!
その人の役職を口にしながらもケティは小動物のように震えている。
大丈夫かな? いや大丈夫じゃないそう。本当にどうしたんだろう。
神官長様とケティを交互に見やる。
「お前は、自分が何をしたのかわかっているのか!」
神官長様はケティの目の前に立つと、即座に頭ごなしにケティを怒鳴りつけた。
そんな怒らなくてもいいのに。だいたいケティがそこまで怒られるようなことなんてして――た。私を連れて逃げてきた人だった、ケティ。
反論しようとしたけれど、反論できないと慌てて口を閉じる。
「わ、わたし……わたし、は!」
今にも泣き出しそうな顔でケティは神官長様の顔を必死で見上げているのが見て取れた。
とりあえず、頑張れケティ!
口を挟めないこの状況、心の中でケティを応援する以外にやれることはない。
「言い訳するな!」
粗野な物言いは傍観者の私ですら竦みあがるほど迫力があった。
こりゃケティがぶるぶる震えるのもわかる。
神官長様は落ち着いた大人美女だ。美人に怒られるとかなり怖い。
「――あ、あのっ!」
意を決して、恐る恐る二人に口出しをしてみる。
神官長は眉を吊り上げて一瞬だけこちらを睨みつけたが、すぐ表情を消し私に向かって頭を垂れた。
「救世主様、この度はご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「わ、私が、ケティに連れてってほしいってお願いしたんです」
怒鳴られることはなさそうだ。ちょっとだけ安心。
まあ、口から出たのは嘘だけど。
「ユエ!」
何だかケティ私に非難するような視線を向けている、気がする。
嘘も方便って言うでしょ。これ以上神官長様に怒られないようにするには私が悪者になるのがいい。
「違います。わたしが、我儘を言って救世主様を連れ出しました」
「……」
思案しているのか神官長様は沈黙を返した。黙っているのも怖い!
「なぜそんな勝手なことをした?」
「こちらの都合で召喚して、そのまま見送るなんて無責任だと思いできなかったからです。最後まで手助けできたらと」
「半人前のお前がか?」
ううう、神官長様が低い声で詰問してるの怖いよ。聞いているだけなのにすっかり竦みあがっている私の横でケティは必死に説明を続ける。
「はい。わたしはわたしのできることをやりたいと思いました」
「ふざけるな!」
うひい! 私とケティ、同時に肩をびくっと竦ませる。
「その我儘で救世主様を危険な目に合わせて。無事だからよかったものの、我々が駆け付けなかったらどうなっていたことか!」
「そ、それは! おっしゃるとおりです……」
ケティの声は震えていた。
見ていられなくなりケティの手をそっとつかむ。
いきなり異世界に来て、正直不安だったから、ケティが寄り添ってくれた気持ちが嬉しかった。その気持ちは確かだから。
私に手をつかまれたケティは一瞬体を強張らせ少しだけ視線を私に向けた。
大丈夫と頷いて見せると、涙がケティの頬を濡らす。
私はケティに不安な気持ちを救ってもらったから、ケティを泣かせたくない。
「しばらく謹慎だ」
「ダメです」
吐き捨てるように処分を言い渡す神官長様に、勇気を振り絞って口を挟んだ。
「神官長様、私はケティに案内をしてほしいんです」
ケティに向けられてた神官長様の威圧的な目が私に向けられた。威圧的なまなざしに困惑の色が混ざっている。
「そうおっしゃられましても、ケッティルはまだまだ半人前です。護衛という意味では力不足でもあります」
正当な断り文句だったが、私だって引くわけにはいかない。
「突然異世界に来てしまって不安だった私に、ケティは親身に寄り添ってくれました。一緒に着いてきてくれると言ってくれて本当に心強かったんです! 私の我儘だとは承知していますが、どうかケティと一緒にいさせていただけないでしょうか!」
相手の罪悪感を刺激しつつの懇願。情に訴える作戦に出てみたけどどういう反応を見せるのか。
ケティと一緒にいたいという思いは嘘じゃないから、もうちょっと畳みかけておくことにしよう。
「ケティが力不足とおっしゃられていますが、こんなにきれいに傷を治してくれたんですよ!」
傷がきれいさっぱりなくなっていた腕を神官長様に示す。
そう、これは誰かに見てもらいたかった。結構深い傷口も痛みもすっかり消え失せていた。
袖口が血に染まっていたせいか神官長様は一瞬顔をしかめ、すぐに表情を整えて小さく息を吐く。
「それに、ケティが魔法をかけてくれたおかげで魔物? と戦うことができたんですよ! 力がみなぎって、体が軽くなって、それで信じられないような速さで行動ができるようになったんです!」
「ケッティルは補助系と治癒系のエキスパートなので、それはできて当たり前かと……」
「ユエ、私が魔法をかける前に交戦してませんでしたか?」
私が戦えたのはケティのおかげ!を力説しているのに、そのケティがツッコミを入れてどうするの。
「……救世主様」
神官長様の視線が冷たい。ぶるりと震えがくる。なんでこの人こんなに怖いの。
「ふっ」
あ、鼻で笑われてしまった。怒ってるわけじゃない?
「随分と好戦的な救世主様だな」
聞き捨てならな――いや、さっき子犬魔物の大量虐殺もどきをしていた身としては否定できないかも。
好戦的、なのだろうか。やらなきゃいけないって思っただけ、だから思ったとおりに動いた。それだけなのに。
「剣を片手に魔物に突っ込んでいくので驚きました」
同意するようにケティが言う。
かすかに笑みがこぼれていたので、ちょっとだけほっとした。
けど、なんでさっきから私の味方になってくれないの?
「ユエ――救世主様はわたしを庇ってくださいました。そして、ここの皆を守ってくださいました。だから余計にわたしのできる範囲で手助けしたいと思っています。神官長様、どうかわたしが救世主様のお供をすることをお許しください」
「……仕方ない」
ふうと息を漏らして神官長様がデレた。
ケティの表情がぱあっと明るくなるのが見て取れた。うん、やっぱりケティは笑っていてくれた方がいいな。
私も笑う。だって勝ったから。
「救世主様もよろしいのでしょうか」
「はい! 当然です!」
力強く返事をして大きく頷く。
よかった。何とかケティが案内をすることを許してもらえそう。
「後始末をして参ります。救世主様はケッティルと少し休んでいてください」
神官長様は私たちに、そう淡々と告げて神官長様は村人たちの方へと踵を返していった。
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