第11話 やると決めたからには頑張る
「全く」
神官長様と入れ替わるようにやってきたのは、シェリーさんだった 。
元々案内役をするはずだったちょっと冷たい感じの神官さん。今苦笑いを浮かべているその表情をみる限り、昨夜感じた冷たさはどこにも伺えない。
「救世主様をお連れするのは栄誉だけれど、できれば神殿で神官長様の面倒を見ている方が好きなのよね。ケッティル感謝するわ」
随分と砕けた口調でシェリーさんがケティに言う。この人こういうキャラなんだ。
「神官長様ってわかりにくいけど、お可愛らしいところがあるから、お世話役は楽しいのよね」
あの怖さからはとてもじゃないが、「可愛らしい」には同意できそうにない。
「さっきも『好戦的な救世主様』って言いながら吹き出しそうになって懸命にこらえてらっしゃったし」
そうだったの? 全然わからなかった。
ケティを驚いたような表情をしている。
「それに娘にはとても甘いわね。気をつけて行ってらっしゃい。ケッティル」
ケティの肩を励ますように軽くたたいて、シェリーさんは神官長様の後を追いかけていってしまった。
って、えぇっ! 娘!?
「神官長様って、ケティのお母さんなの!?」
これには驚いた。
髪と目の色は同じだけど、似てるか似てないかで言えば似てない。
プレッシャーが強い母と、癒やし系の娘。って系統全然違うし。
なにより大人美女とは思ったけど、あの神官長様にこんな大きな娘がいるなんて驚きしかない。……若見え? 美魔女?
「はい、自慢の母なんです」
神官長様の見た目に内心驚いていたら、ケティが曇りなき笑顔を見せた。
自慢の、か。私はそんな風に自分自身と母を肯定できるだろうか。
「そっか」
もしかしたら、ケティもお母さんと比較され続けてきたのかもしれない。
それなのに迷いなく『自慢の』と言い切ったケティに、複雑な気持ちになった。だから、ただ小さく相槌を打つだけだ。
ちょっとだけモヤモヤするのは、羨ましいから、かもしれない。
◇◆
一件落着の後はまた宴会が始まった。
功労者として神官長様をはじめとした神官御一行も強制参加。当然のように私とケティも席が用意されていた。
色々あったけど、全部終わったからまぁいっか。被害も少なかったみたいだし。
「どうぞ」
飲み物を取りに行っていたケティが戻って来て手にしていたコップを差し出した。
私がコップを受け取ったのを確認してから、ケティは私の横に座る。
「ありがとう。これって何?」
「香草茶です! 栄養があるんですよ!!」
コップの中身について尋ねれば、とても良い笑顔でケティは答えた。
香草茶って……あの草! まさかの罰ゲーム!?
いや、でも、ケティがわざわざ取ってきてくれたんだから、えいや、と一口飲んでみる。
「草」
それ以上でも以下でもない。
お茶にしているからか意外に普通に飲めるが、普通に草すぎてリアクションに困る。
この香草、香りもそこまでよくないし、かと言ってインパクトがあるわけでもない。
一体どう加工すれば味を生かせるんだろう? パクチーみたいに使えばいいのかな。あそこまでクセないんだけど。
割と真剣に考えていれば、ケティが私の目をじっと見ていることに気づくのが遅れてしまった。
「あの、ユエ……、ありがとうございました!」
「へえあっ!?」
ケティの突然のお礼に、変な声が出てしまった。
急に何を言いだすのかと……と、お茶をもう一口飲む。やっぱ草。
「一緒にいたいと言ってくださって、嬉しかったです」
「あー、うん」
本当の気持ちを言っただけだからお礼を言われると照れくさいし、少しだけ居心地が悪い。
ケティから目を逸らして三度手の中にあるコップを傾け草汁を口に含む。……うう、飲めば飲むほど草しか感じられなくなってきた。つらい。
「本音だし、お礼を言われるようなことじゃないんだけどな」
「本当に嬉しかったので」
お茶を飲んで笑顔になるケティはやっぱり可愛い。
というか、これを飲んで笑顔になれるの、すごい。
味覚が違うのか、異世界人!
「わたしはまだまだ半人前ですし、それに攻撃魔法が一切使えないんです。だから救世主様をお守りするのには力不足だと思われていて」
この子が半人前って、私のあのグロい怪我を一瞬で治すってそれだけで十分すごいと思う。あれで半人前っていうんなら一人前はどれだけ超人なんだろう。視線だけでその場にいる人の怪我が全快するとでも言うのか。
「怪我、治してくれたでしょ。ありがとう。あれ、十分すごいと思う」
「あ、いいえ! わたしを庇って負った傷ですから、当然のことをしたまでです」
うん、こういう謙虚なところも人としての位が高いというか。
ケティってゲームなら
「救世主様をお守りするには攻撃手段がほしいんです。常に逃げられるとは限りませんから」
ケティは言って悲しそうに眉を寄せた。
まあ、確かにそのとおりだ。襲いかかってくる相手に逃げてばかりでは先がない。
もしものことを考えて護衛を兼ねた付き添いを選ぶのは当然で、ケティは選ばれなかったのも当然。
そこを捻じ曲げてついて行きたいとか言ってしまうのはケティの我が儘。
その我が儘によって私を危険にさらすことになったのだから神官長様の怒りは当然か。
「わたし、ぜんぜん考えが足りなくて、ユエを危ない目に、怪我まで負わせてしまって……」
「大丈夫、魔物だって倒せたし」
「それは、神官長様のお力添えがあったからで――」
ケティは目を伏せたままそう言うけど。これには反論したい。
「違う。私、あそこで助けが来なくても負けるつもりなかったよ」
「え?」
「持久戦になったと思うけど絶対に勝てた。それはケティが魔法をかけてくれたからそう思えたの」
きついなと思ったけど負けるつもりなんて毛頭なかった。
だからあの程度で私が危ない目にあったなんて思ってほしくない。
「負ける気が全然しなかったのは、ケティのおかげ。だから、ケティは私にとって恩人」
「恩人なんて! そんなことない、です」
自信が持てない気持ちはよくわかるから、真向から反論はしないけど。
欲しいのは否定じゃなくて、励まし。私もこういう時は激励してもらった方が嬉しいように思う。
「私、『救世主様』なんて呼ばれるのやっぱりしっくりこないし、やっぱ何度考えてもやれるって思えないんだ」
世界を救う者なんてどう考えたって私の手に余る。どう見積もったって力不足は否めない。
それは重々承知していて、それでも「やる」って決めたのは私自身だ。
「でも、決めたから、やってやるって。だから私は頑張ろうと思う。やれる限り思いっきり頑張るよ!」
「ユエ……」
「ねえケティ、二人で頑張ればもっと頑張れるし、強くなれると思わない?」
じっと黒色の両目に見つめられ、臆することなくそれを真正面から受け止める。
半人前だっていいじゃない。だって伸びしろがあるってことなんだから。
そういう私だってまだまだ半人前だ。
相手の動きをよむのは苦手だし、決定打に欠けるし、無駄な動きは多いし。
それでも頑張るから。
「だからさ、一緒に頑張ろう」
「はい!」
ケティはよくとおる澄んだ声で返事をして大きく頷いた。
「頑張ります! 魔法もたくさん練習します!」
「うん、頑張ろう!」
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