第8話 めでたしめでたし……はおあずけで

 喜びに沸き立つ私たちの間を生ぬるい一陣の風が吹き抜けた。そして風は祭り会場の広場中央に簡易的に組まれた櫓をなぎ倒すように渦巻きながら上昇していく。

 

「竜巻!?」


 この世界ではどうだか知らないが、日本で生まれ育った私にとって竜巻は車や家の屋根ぐらい軽く吹っ飛ばす怖い存在だ。

 オズの魔法の国に連れていってくれるけれど現実的にはその前に死ぬ。


「逃げ――って無理か」


 伏せて、と声をあげる前に、風はさっと消え失せ、全身黒い毛で覆われている大きな犬?のような生物が突然現れた。

 大きい犬を一回り大きくして体をがっちりさせたフォルム、山犬って言われて抱くイメージに近い犬だ。

 私とケティ二人で乗れそうな大きさ。


 よく見れば黒いのは毛ではない。体に墨を塗りたくったような、輪郭近くは色が薄く中心に近づくにつれ濃くなっている。

 何あれ? 影みたいだけど、立体だ。

 見たことのない質感を持つその生物をまじまじと見つめていたら、ケティが私の腕を力を込めて引っ張った。


「魔物です!! みなさん逃げて!!」

「えぇっ?」


 魔物って何のこと!?

 展開が急すぎてついて行けそうにない。

 魔物って、敵ってこと? つむじ風の中から敵が現れた? そういうこと?

 周囲をみやれば、狼狽えているのは私だけ。

 村の人たちは今まで飲んだくれだったことが嘘みたいに素早く動き出していた。


「女衆は家に戻れ! 子どもらは絶対表に出すなよ!」

「鍬でも鋤でも武器になりそうなもんもってこい! 食い止めるぞ!」


 先ほどはただの酔いどれだったおじいさんたち二人が村人たちに指示を飛ばす。

 村人たちはその指示に従ってそれぞれ散らばっていった。統率がちゃんと取れている。

 もしかして、こういうのって割と頻繁にあったりする?


「ユエも早く逃げてください!」


 ケティが必死に私に退避するように促す。

 が、これ、私も逃げちゃっていいのかな? そんな風に躊躇ってしまいなかなか足が進まない。

 

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおん』


 突然その魔物が雄たけびを上げた。

 思わず耳をふさぎたくなるような音。ガラスをひっかいた時と同じで全身に鳥肌がたったのがわかった。

 『身を竦ませる雄叫び』ってこういう奴か……。

 とにかく、気持ちが悪い!

 

 ぞわぞわした感覚は数秒で消え去った。

 安心して息を吐いていると、目の前の魔物より3回りぐらいは小さい黒い犬がどこからともなく湧いて出てきた。まるで黒い子犬だ。

 十数匹はいるように見えるが、気づけばその黒い子犬に囲まれ、退路が断たれていた。

 さっきの気味が悪い雄たけびって、この子犬たちを呼び寄せる声だったのかな。

 何にせよヤバイ。逃げられなくなっちゃったかも。


「ケティ!」


 呆然としかけた私の視界の端で黒い子犬がケティの背後から、ケティに向かって飛びかかったのが見えた。

 慌てて、ケティを押し倒すように、二人で一緒に転がりそれを避ける。――つもりだったが、ケティを突き飛ばした瞬間左腕に痛みが走った。

 やば! 何か当たった? ケティは大丈夫かな? 慌てて起き上がって、まだ転がったままのケティを見下ろす。


「ケティ、大丈夫?」

 

 見た感じケティには怪我がなさそうだった。一安心だ。

 ケティに手を差し伸べ、起き上がるのを助けようとしたがケティは私の手を取ろうとはしない。

 何だか痛いものを我慢しているような、引きつった顔で私を見てるのはなんで?


「ユ、ユエ、大丈夫、なんですか?」


 自力で体を起こしたケティが、おずおすと私に問いかけて来る。

 大丈夫って私? ケティの視線が私の左腕の方に注がれていることに気づいて、私もつられるようにそちらに視線を落として――


「なんじゃこりゃあ!」

 

 怪我の具合に思わず叫んでいた。

 袖に覆われていた腕の一部分がぱっくり切れていて血に染まっている。

 がっつり裂けてちょっとしたグロ。直視しているとぞわぞわしてきたのでそっと目をそらした。

 

 けどまあ、骨まで達しなさそうだし、指先が動くから神経も傷ついてなさそうだし、なにより腕が千切れてなくてよかった。腕が飛ぶとかホラーだもん。

 見た目よりも痛くないから泣き喚くほどでもない。

 

「……ユエ、い、痛いです、よね……?」

 

 今にも泣き出しそうな様子でケティは私の傷口に手を伸ばしてくる。

 あ、さわられるのはちょっと無理!

 庇うように体を捻ってケティの手から逃れようとしたが、ケティは傷口には触れてはこなかった。


「癒しの光! 灯れ、その傷、癒したまえ」

「うえええ!?」


 傷に触れずにかざされたその手から柔らかい光が注がれた次の瞬間、大きく開いていた傷がきれいさっぱり消えてしまった。

 奇声をあげてしまったのも無理ないだろう。


 え、すごっ!これ治癒魔法ってやつだよね?

  ケティに確認するよりも先に、彼女は切羽詰まった様子で傷が癒えたばかりの私の腕を掴んだ。


「逃げてください!」


 囲まれているから無理だってば!

 焦った様子のケティを押し止めて、スマホの操作をして剣を出現させ、現れた剣で再度飛びかかってきた黒犬(小)を素早く突いた。

 斬ったという感触はなく剣に触れた先から子犬は溶けるように消えていく。って、消えた!?


 音もなく消えていく犬に驚きを隠せないまま、そのまま近くにいる黒犬(小)を斬りつける。

 手応えもなくこちらも消滅していく。


 剣で叩けば、消えるのか……。

 それなら、やれる。

 剣を構え、じりじりと距離を詰めて来る黒い子犬たちとの間合いを一気に詰めて、一番近くにいた子犬に向かって剣を振り下ろした。

 斬れた、という感触がなく、すうっとお化けみたいに消えてしまう。

 次! 一歩踏み込んでこちらに向かって威嚇している子犬を横薙ぎする。こちらも簡単に消え失せた。

 すごい! 力も技も必要ないのか。当てるだけでいい。これって所謂チートってやつかもしれない!

 

「救世主様!」


 農具を手に子犬と交戦している酔っぱらいだったおじさんが歓声をあげる。

 どうやら私の動きで勢いづいた様子。

 皆さん酔っぱらっているとは思えないほどの戦いっぷりだ。

 

「よぉし、いくよ!」


 こっちはチートっぽくてもなんせ敵の数が多い。

 気合いを入れて構える。

 勢いづいたこのまま、押し切る!


 手に持った剣は竹刀よりも軽い。長さは竹刀と同じぐらい。いつも振っているのと同じ感覚。

 そう、いつもと同じだ。

 例え向かうのが人ではなく黒い犬だとしても、変に緊張しないでやればいい!


「ユエ!」


 ケティが追いすがってくるが、下がってと目線を送って、おじさんと交戦中の子犬を斬り捨てる。

 手ごたえなく消えていくのを確認して、次! と辺りに視線を這わせていれば、ケティが体当たりをするように抱きついてきた。

 

「加護の力よ! 廻れ!」


 ケティが私の体に回して、そう口にすると、体の芯から何かが湧き上がってくる感覚があった。

 熱を帯びたそれは思わず叫びだしたくなるようでとにかく熱い。

 声をあげるのは何とか自制することができたけど、大きく息が漏れた。これって、この熱って何?


「どうかお気を付けて」


 一度頭を下げ、少し距離をとるため駆けだしたケティにとりあえず頷く。

 熱は消えれば、なんだかすっきりしたような感じが残った。


 それはそうとして、気持ちを切り替えて次のターゲットの黒犬(小)に向かって間合いを詰める。

 うわ、体が軽い! しかも速い! 自分の体じゃないみたいに軽くて俊敏に動く!

 自分の体の動きに驚きながらも、子犬に剣を当てて消す。


 さっき、ケティがかけてくれた『加護』っていうのやつ、能力アップの魔法っぽいな。

 治癒能力にバフ魔法の使い手ってケティこそ聖女なんじゃないの!

 なんにせよ、このパワーアップはすごい。負ける気がしない。

 剣で触れるだけで私の勝ちなのだ。

 勢いづいた村人たちに、無敵の剣と能力アップしている私。結構優勢な気がする! このまま競り勝つ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る