第7話 聖地の神器
「ほらほら救世主様、料理もたくさんあるので、ぜひ食べてくださいね!」
「あはは……」
お爺さんじゃない別の酔っぱらいからかけられた言葉に思わず乾いた笑いが漏れた。
地面に敷かれた布の上に並んでいる料理はとても美味しそうだ。
そう、ものすごく美味しそう。
「~~っ! 食べよう、ケティ」
空腹に気づいてしまえば、もう自分に嘘はつけなかった。ものすごくお腹すいた!
「はい!――って、えええええ!? 食べるんですかっ!?」
ケティが見事なノリツッコミを披露する。そう言いたくなるのはよくわかる。私もちょっとないなーって思ってる。
「でもお腹すいた。もう動けそうにない……!」
「……そう、ですか……」
心なしかケティの声音には呆れが混じっているような気がするけど、気づかなかったことにしよう。
よくよく考えてみれば、昨日の昼食が少なめ月見うどんで、昨夜がスープとパン。で、今朝は食べていない。
育ち盛りだ。絶対に栄養が足りてない。
だからここで食べて行かなきゃお役目も何もない! ってことにしとく。
「お二人ともよろしければこちらをお使いくださいね」
すかさず、なのか、年配の女性が一人、酔っ払いたちの間をすり抜けて私とケティにそれぞれお皿とコップを渡してすぐに去っていった。
コップの中身は匂いを確認してお酒じゃないとわかったので、実際に飲んでみたらお茶だった。
何のお茶かはわからないけど、ちょっと香ばしい香りが鼻へと抜ける。
これでも喉も潤せるし、お腹も満たせる。
女性の気遣いには感謝と尊敬の意を示したい。
「いただきます」
何かに負けたような気がしたが、考えるのはやめて手を合わせてから渡されたフォークを手に取った。
どの料理もおいしそうだけどどれを食べようかな。
「ケティ、これって何?」
緑色をまとった塊が気になったので隣のケティに聞いてみる。ケティはまだ納得できない様子でお茶を飲んでいたが、そろそろ受け入れてくれたらいいな。
「鳥の胸肉を蒸して、香草をまぶして軽くあぶったものです」
「ふうん」
香草か。ハーブみたいなものかな。
そう予想しながらも一つフォークで拾い上げて口に運んだ。
これは、ちょっと、草っぽい、かな。
ハーブというよりダイレクトに草。
えぐみすら覚える味をお茶で流し込んでリセットする。えーと、口直し、しよう。
「何か野草っぽい味」
「はい! 栄養満点なんです」
とてもいい笑顔で言われれば、文句なんて言えないな。はは。
「ケティは食べないの?」
「基本的に修行中は日中動物の肉を食べることを禁じられているんです」
何か宗教っぽい!
夜は食べてもいいとはいえ、結構厳しい決まりだと思う。神官も大変だ。
「この黄緑色のは何?」
「卵に香草を混ぜて火を通したものです」
「また香草…」
「栄養満点なんですよ」
いくら栄養があるからっていっても、この味はちょっと苦手だな。最近は青汁だって美味しいのに。
「香草を使ってない料理ってあるの?」
「お嫌いですか?」
そんな悲しそうな顔で言われても困る。
仕方なく卵の香草焼きを口の中に放り込んでおく。
う、せめて塩味とか付けてほしい。
卵と草はどこまでも独立していて混ざり合わない。
咀嚼しながら涙がでそうになった。
控えめにいって不味い。
昨夜のスープは美味しかったのに落差が激しすぎる。なんでこうなるの?
おいしいと栄養って両立できないの?
「香草以外の料理ってあるの?」
「あ、はい、これはいかがですか? 炊いた雑穀米を小さく丸めて表面を焼いてかりっとさせたものです」
「お米? ご飯があるんだ」
軽く驚いてケティの示す料理を見る。ミートボールサイズの焼きおにぎりっていったらいいのだろうか。
フォークですくって食べてみれば確かに焼きおにぎりの味だ。
香ばしい醤油の香りがちゃんとする。草じゃない!
って、醬油もあるのか異世界。ちゃんとおいしい。
サイズ的におにぎりというよりは団子みたい。全体的にカリッとしているから厳密にいうとおにぎりではない。
でもおいしい。
続けて三つ食べて、もう一つ口に入れる。
よかった、ちゃんと食べられるものがあった!
ケティも焼きおにぎりもどきを食べてふにゃっと笑った。かわいい。
最後にお茶を飲み干して、食事終了。おなかが満たされた。
それじゃ、いこっか。
「そろそろ神器をもらいに行こう」
「はい!」
ケティに声をかければ、元気な声が返ってきた。
立ち上がって百葉箱っぽい『聖地』に向かって足を進める。
と、辺りが静まりかえっていくのが分かった。酔っ払いの皆さんが私に注視している。
ちょっと緊張してきた。
でも、付き添うようにケティが一緒に歩いてくれているからとても心強い。
百葉箱の取手を両手で掴み、両開きになっているその扉を開ければ、中にはあるのは小さな宝箱のようなものだった。
片手にも収まるその箱を両手で丁寧に包み込むようにして取り出す。
日の光の元で見ればとてもシンプルな木箱である。
いつかの誕生日にもらった宝石箱のオルゴールがこんな形をしていた。
色とりどりのガラス製の宝石を中にいっぱい詰め込んでいたあのオルゴール。
箱を開けるときれいな音楽が流れるし、キラキラがいっぱいだったし、まさしく宝箱だった。
あれはお姉ちゃんが家を出るときにプレゼントしたから今家にはない。
お姉ちゃんはまだ持っていてくれるかな。姉妹仲は良好なのだ。
「ユエ」
思い出に浸ってしまっていた私はケティに促されるように呼び掛けられ、我に返った。
「よし、開けるよ」
気合いを入れて宝箱を両手で包んだまま蓋の部分を両手の親指で押し開けるように力を入れた。
これで開かなかったらどうしよう、と一瞬嫌な予感がよぎったが、なんの抵抗もなく蓋はパカッと開いてくれた。
――と、その瞬間、箱から何色もの光の帯が飛び出し私の回りを回転するように走り抜け頭上へと集結していく。
手元にあった宝箱のような箱も一筋の光となり、頭上の光に合流し、まばゆい球状の光と姿を変えた。
「わあ」
思わず感嘆の声をあげると、その光球は真下にいる私めがけてふわふわと漂うように降りてきて、私の全身を包み込んだ。
うわ、何これ! 魔法少女の変身かな!? すべての女児の憧れがここに!?
かつての女児であった私は興奮した。
が、しかし、光は可愛い衣装に変わることなく、宝箱を抱えていた状態のままの私の両手に集まってくる。
変身じゃないんだと、ほんのちょっぴり落胆したのは内緒。
両手の間に棒のような、例えるならば木刀の柄のようなものが生じたので反射的にそれを両手で掴みとると、刀身に当たる部分がキラキラとラメをまぶしたような輝きを放つ。
派手なエフェクトだ。
そんな素直な感想を抱けば、キラキラは消えて光輝く刀身が姿を見せた。
おお! と周囲から歓声があがる。
私が手にしているのは虹色に輝く刀身の両刃の剣だった。
まるで羽のように軽い剣。
勇者の持つ伝説の剣みたいで、興奮する。
……これはもう変身できなくてもいいかな……。
「さすが救世主さまだ!」
「素晴らしい!」
「感動した!」
この村の人たちのリアクション良すぎない? 酔っているせいだからかもしれないが、少し気後れしてしまう。
「ユエ! すごいです!」
横にいたケティも感動してもう半泣きだ。この子は素面なのになあ。
私、宝箱開けただけなんだけど。
こんなに感動されてもちょっと困る。
なんか居心地の悪さを感じていたら、私が手にしていた剣が再び光の帯となり、私の腰の辺りに吸い込まれるように消えてしまった。
「え! ええ!? ちょっと!?」
大慌てで光が消えた方を見れば身に付けたウエストポーチがある。
ポーチに入った!? そんな訳ないよね?とポーチの中に手を突っ込んで手探りで剣を探す。
剣が入っているわけないじゃん! と胸中で冷静にツッコミを入れている自分を自覚しつつ、手に当たったスマホを取り出して癖で画面を表示させる。
「一件の新着通知があります」の表示あり。
あれ? 圏外だったのにどうして?指紋認証でロック解除し画面を確認する。
何これ!? 画面右半分を占領するように鎮座する剣の形のアイコンがある?
引き寄せられるようにアイコンをクリックしたら、スマホから私の手元に向かい光の筋が飛び出しさっきの光の剣へと形を変えた。
「こういう仕様か」
剣が消えちゃったと思って焦ったけど、よかった、んだよねえ?
スマホ連動なんてハイテクだな。どうなってるんだろう?
剣とスマホを交互に眺めていたら、剣が光の帯になりスマホ吸収されていった。スマホの画面にアイコンが復活する。
あ、これ、ものすごく便利だ!
スマホの設定をいじってロック設定を解除しておく。
咄嗟の時に剣出せないような事態は避けたいわけで。
さて。
「これで終了、かな」
「はいっ!」
やったやった!と手を取り合う私とケティ。それを温かい目で見守る村人たち。大団円だ。
ここで終わればハッピーエンドだったんだろうが、どうもそうは簡単に終わらせたくれないのはセオリーか。
おめでたムードがぶち壊されたのは突然だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます