第6話 最初の村
幻想的な風景だ。
村の入り口だろう。なぜか横断幕がめぐらされたポールが左右に立てられていて、光の球がふわふわとアーチのように浮いて道の形を描いている。
異世界感が増したその光景に、遠くまできてしまったことを実感した。
ちょっぴり寂しくて胸が痛む。これが旅愁というものなのかも?
「あれって、何て書いてあるの?」
横断幕に書かれているものが文字だろうと推察し、横のケティに問いかけてみると、ケティはきょとんした表情で目を瞬かせた。
「え?」
「あの看板みたいなの、書かれてるの文字だよね?」
「あ、そういうことですね」
私の質問の意味に気づいたようで、ケティは横断幕を指差してそれを読み上げた。
「『救世主様ようこそお越しくださいました』」
げ。
思わず頬が引きつる。
「……何となく、ヤな予感がする」
「こんな仰々しいことしなくても、とは思いますけど」
救世主様って私のこと、だよね?
歓迎されないよりは、された方がいいのかもしれないけど、こんな入口から気合入れなくていいのに……。ケティも困ったように眉根を寄せている。
でもまあ、いつまでも村の入り口で突っ立っていても何もはじまらないしな。
「とりあえず、行こっか」
ケティを促せば、ケティは緊張した面持ちで頷いた。
◇◆
早朝の村はまだ目覚めていない――って状況だったらよかったのに。
「おおっ! 神官様といらっしゃるということは救世主様でいらっしゃますか!」
村に一歩踏み入れた途端、一人の年配の男性が駆け寄ってきた。
見た目は六十台ぐらいのお爺さんだ。
まるで図っていたかのようなタイミングは見事。
「……違います」
咄嗟に口から出たのは否定の言葉だった。
仕方ないよね、このテンションは引く。
「ああ! 救世主様でいらっしゃるのですね!」
私は違うと言っているのに! 全然人の言うこと聞く気ないでしょ! と内心呆れてしまったけど、このご老人の言うことの方が正しい。
辺りに漂う僅かに甘ったるいような匂いは、お酒の匂いだと思い当たった。
このテンションの高さは酔っぱらっているからなのか。虚脱感に襲われる。
酔っぱらったお父さんの姿が脳裏にちらつく。
酔っ払いに何を言っても無駄だということをこれ以上ないほどの説得力で知らしめてくるあの姿。あれは厄介。
「救世主様だー!」
「救世主様!」
「おお!」
「よくぞこんな村へきてくださった」
「ありがたや! ありがたや」
自分が遠い目になっているのを自覚していれば、村人のみなさんがどこからかわらわらと湧いてきて、気づけば囲まれていた。
「あれ……?」
「あわわ……」
ケティが人だかりに挟まれもみくちゃにされているのを手を引っ張って助け、退路を探す。が四方を囲まれていては見つかるわけがないだろう。
「……ケティ、どうする?」
「ユエぇ、痛いです……」
涙を目にためて訴えてくるケティを慰めることもできないまま、村人の皆さんに半ば強引に誘導されて村の中心地まで移動させられてしまった。
結論:酔っ払い、ヤバイ。
「さあさあ、救世主様、どうぞぐいっと」
「ちょっと待てい!」
差し出された両手で抱えないといけないほどの大きな杯に慌ててストップをかける。
地べたにゴザのような敷物が敷いてあるだけのまるで花見の席のような宴会会場だ。
敷物の上に置かれていた折りたたみ椅子に座らされたら、これだ。
「私、未成年なんだけど」
「おお! 見た目どおりそんなに若いとは! ささ、遠慮なさらず!」
酔っ払いめ……! 勘弁してよ、もう。
「あの、救世主様にお酒は……ちょっと、駄目です……」
ケティが申し訳なさそうに住民に告げるとどよめきが起こる。なぜ、どよめく?
「他にも飲み物はいろいろ準備しておりますよ。救世主様は何がお好きですか?」
「お酒以外ならなんでも」
「果実酒ですね!」
好みを聞かれてもこっちの世界にあるのかわからないし。無難な返答をすれば斜め上の提案が出てくるのは何でなの?
酒ってついてるじゃん。
「――お茶ください」
異世界でもお茶はあるだろう、と、負けずに言い返せば、先ほどからずっと付いて回っているおじいちゃんは満面の笑顔になった。
「お茶割りとは、渋いですね、救世主様」
「……」
ケティをちらっと窺えば、涙目で酔っ払いたちを見回して何とか逃げ道を探している様子。
お爺さんの後ろにも村人たちが控えていて鉄壁の構えだ。逃がさないという強い意思を感じる。
最初の村で酔っ払いに絡まれるなんてどんな駄作ゲームだ。
「救世主様がこんなに若くて可愛らしい女性だとは思いもしませんでしたー」
「屈強の戦士とか筋肉ダルマよりよっぽどいいに違いねえ!」
少し離れたところで誰かがそう言い、周囲でどっと笑いが起こる。
屈強の戦士の方が絶対いいと思うんだけど、気のせい?
酔っ払いの集団はおおよそ三十名ぐらい。
ほぼ男性、しかも年配から壮年ぐらいのお爺さんとおじさんの中に、二人の年配の女性と、三名ぐらい若そうな男性が混じっている。
――男の人は苦手だけど、お爺ちゃんならそこまでの嫌悪感はない。じゃなきゃ、多分この囲まれている感じ、絶対耐えられなかったと思う。
若い人が遠巻きにしてくれていてよかった。
ちなみに私と同年代ぐらいの人の姿はない。宴会の場に子どもがいる方がおかしいから当然か。
そしてなにより、この早朝からの酔いっぷり。
この人たち夜通し飲んでるんじゃないの?
口ぶりから
昨日シェリーさんが『各地には伝令をだしておく』みたいなことを言っていたから、それが伝わって、歓迎会を開こうみたいな流れなのか。
「ケティ」
「はい?」
「神器ってのはどこ?」
この場から逃れるには、さっさとこの村での目的を達成するしかない。
酔っぱらいはマジでメンドイ。
「……」
ケティは躊躇うような素振りを見せてから、辺りを見回してある一点を指さした。
「あちらです」
ケティの指は私の後方を示している。
振り返ると小学校にある、温度とか湿度を測るために設置されているアレ、百葉箱(だっか)? にそっくりなものがおいてあった。
百葉箱は白いものだけれどこれはこげ茶色だ。
「え?」
あまりにも無造作に置かれすぎていて言葉も出てこなかった。
え、あれがそれな訳? ちょっとぞんざいな扱いすぎませんかね? っていうか聖地?
聖地という言葉から思い浮かぶイメージとかけ離れすぎていて、もう何とコメントすればいいの、これ。
でも、うん、そういうものだ。ここは異世界。私の常識とは違う。そう自分を納得させておく。
「ああ、そういえば救世主様は神様に捧げるあれを受け取りにきたんでしたっけね」
「あ、はあ……」
駄目だ。脱力感が拭えない。もうどうでもよくなって適当に返答してしまうと、質問したのとは別の酔っ払いが沸いてきた。
「そんなのどーでもいいから飲みましょうや! 救世主様っ」
お爺ちゃんがまた酒瓶ごと押し付けてこようとするのをやんわりと押し返しながらも、私は何となく納得していた。
この人たちは、救世主様にかこつけて、ただ飲みたいだけなんだ。と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます