第2章 異世界でのはじめの一歩
第5話 決意を固める
うっすらと朝靄がかかった辺りの様子は、まさしく早朝といった感じで、私は中学校時代に行った宿泊訓練の朝を思い出していた。
「少し歩けばふもとの村に着きます」
ケティは辺りの様子を探りながら囁くように私に伝えて来る。
それを聞いて頷いている私は、緊張やら期待やら複雑にからみあった気持ちを抱いていて。
それは、まるで部活の大事な試合の前の、そんな感情に似ているような気がしていて――
――とにかく、ものすごくわくわくしていた!
でもね、旅立ちがいきなり逃亡のようなスタートってのはどうなんだろうなって思うよ。
高揚しているときこそ慎重に。
前を歩くケティの背中を見失わないように気を付けながら、ゆっくりと足を一歩一歩踏み出す。
本当に深い霧だ。
これだけ霧が濃かったから神殿の人たちに見つからないように出発することが可能だったわけだが、これだけ視界が悪いとケティを見失ってしまいそうで少しだけ怖い。
それに私は読み合いが苦手なのだ。速攻でさくっと終わらせたい。
それもあって、霧の中を長々と歩き回るのは、いい気分ではない。早く抜けたい。
とりあえず、分析をしてみよう。
現在私たちが歩いているのは、森だか林のような場所である。
そして、現在は勾配のある坂を下っているということ。さっきケティが「ふもとの」と口にしていた言葉を併せて考えれば、神殿は山の上に存在している、ということ。
とりあえずわかっているのはその二点だけ、かな。
「ケティ」
見失わないように気を張りつめていたせいか、知らず知らずのうちにきつく結んでいた手を解きながら気をまぎらわせるためにケティに呼びかけた。
「神殿って、別の場所にもあるの?」
「いえ、この地にあるのが唯一の神殿です」
そうなんだ。神殿は一つだけしかない、と。
「神殿って神様をまつっているんだよね?」
「はい。わたしたちは神様と救世主様をまつっているんです」
「救世主様、ねえ」
その救世主様っていうのは私のこと、なんだよね。あんまりしっくりこないけど。
「救世主様は異世界の勇者様だと伝承は伝えています。そして、その異世界とこの世界を繋ぐ門はこの山の上にしか開くことができません。そのため神殿はこの山の上にあるんです」
「へー」
「救世主様を召喚する術を伝えているのも神殿なんです。今はわたししか使うことができません」
それは昨日聞いた。ケティはデキる子。
「神様っていうのは、何?」
想像していたのは初詣だ。
神社に行って参拝をすることで神様の力が満ちる、みたいな。
形がなく目で見ることはできないけれど感じるもの、というのが私の中の神の概念なんだけど、もしかしてこの異世界では違うのかな?
「ひょっとして形がある、とか?」
「ええと、形と言いますと?」
「いや、心の中に神様が存在しているとか精神論じゃなくて?」
「精神論?」
足を止めてしまったケティの背中をつついて早く山を降りようと伝える、が、ケティは足を止めたままでうーと小さく呻いた。考えてこんでいるようだ。
変なことを言ってしまったかもしれない。
「私のいた世界だと神様っていうのは、基本的に形がなくって目には見えないんだけど」
「神様がいないんですか!?」
いない、というのは語弊があるような気がする。むしろ八百万の神っていうほど大勢いるんだけどね、なあんて言うと余計混乱を招きそうだったので言わない方がよさそう。
「見えないけどいるんだよ、みたいな?」
神頼みの時ぐらいしか神様の存在を忘れがちな私には説明するのは難しすぎる。
しかも存在しないのに、像やら絵はあるとか、偶像崇拝がありだったりなしだったりとか。
「じゃあどうやって世界が成り立っているんですか?」
「えっ」
世界の成り立ちって、どう説明するべきなの?
偉い人が色々決めて、その偉い人を選ぶのが選挙で、って、ケティの質問はそういう意味じゃなくてもっと根本的なことのように思える。
地球の成り立ち? 宇宙の成り立ち? それこそ何となくわかった気になっているだけで、説明なんかできそうにないことに気づく。
世界がどうやってできてるのか、なんていきなり質問されてすらすら答えられる人なんてどれぐらいいるんだろう。少なくとも私には絶対に無理だ。
「ごめん、私にはわかんない」
「難しい質問をしてしまったようで、ごめんなさい」
ケティが謝ることではないのに。私に謝罪をして、ケティは再び足を進めた。私もその後ろを追いかける。
「この世界は神様が作られた世界です。神様が世界を作り、人間を含む動物を作り、秩序を作っています」
天地創造だっけ? 聖書に書いてあるやつ。
つまりこちらの神様は聖書にあるような神様って考えていいのかな。でもってケティの言い分からきちんと形が在って存在している?
全部が神様によって作られるなんてとても信じられないんだけど、異世界だから、の一言で片づけていいのかもしれない。
まあ、魔法があるみたいだから、私の世界の常識は通用しないんだろうな。
「ですから、その神様の力が衰えている今、救世主様の存在が必要なのです」
「私にそんな責任重大な使命を果たせるとは全然思えないんだけど」
神様が何なのかは、とりあえず把握した。
私が抱いているのは不安じゃなくて、不満。
寄せられた期待が大きすぎるのは、あんまり好ましい状況ではない。
「救世主様にしか神様にささげる神器を手にすることができません。神器を捧げれば神様のお力は回復されるそうです」
「それは昨日聞いた」
6つの聖地を巡って神器を集める、それでその神器を神様に捧げれば世界を救える。
やはり単純でわかりやすくて、それでもって簡単。
簡単すぎてどこかに落とし穴がありそうな気がしてたまらない。
不満とこの漠然とした不安、躊躇いを覚えるのに十分な理由だと思う。だけど、それしか道がないんだもんね。
「やるしかないか」
「その意気です!」
ケティの元気な声が後押ししてくれる。
なんか、後に引けないような気がしてちょっと怖い。
でもやるって昨日既に決めたから怖気づいている場合じゃない。
やってやろうじゃないの! ぐらいの気分でやってやる。
救世主様だかなんだか知らないけど、片山優絵、十六歳。現在高校二年生、剣道部所属!
もう、思いきりやる!
その結果どうなろうが、私を選んだのはこっちの世界だから文句なんか言わせない!
「ふもとの村も一つの聖地です。行きましょう」
世間話を絡めたあまり実に成らないような情報収集をしながらも、私とケティは山を下っていった。
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