第53話 時間がかかるとしても俺たちは『それ』を目指したい
「ずっと、この気持ちを隠していて、どうすればいいか分からなくて……。先輩と話すたびに苦しくなって、それが辛くて、避けるしかなかったんです。」
凛は涙を拭いながら、苦しそうに話していた。俺はそんな彼女を見て、どうすれば彼女の気持ちに応えられるのかを考えていた。
少しの沈黙のあと、俺はゆっくりと口を開いた。
「ありがとう……凛。」
まずは、彼女がこうして自分の気持ちを正直に伝えてくれたことに感謝したかった。
凛がどれだけ苦しんでいたか、その気持ちに答えようと思った。
──けれど、俺の心の中はもう整理がついていた。
「凛……本当にありがとう。こんな風に正直に気持ちを伝えてくれたこと、すごく嬉しいよ。」
俺は少し躊躇いながらも、できるだけ穏やかに言葉を紡いだ。
凛の想いを軽く扱うつもりは全くない。彼女がここまで気持ちを伝えてくれたことに、心から感謝していた。
でも、俺は凛に恋愛感情を抱いているわけではない。
そして、それを誠実に伝えなければならないと思っていた。
「でも……」
凛が不安げな顔を見せた。彼女もきっと、この後に続く言葉がどんなものか、うすうす気づいているのだろう。
俺は心を決めて、はっきりと言うことにした。
「──俺には、気になっている人がいるんだ。」
その瞬間、凛の表情が一瞬で崩れた。彼女が小さく息を飲む音が聞こえた。
きっとこの言葉が、彼女にとってどれだけ重く、辛いものだったかが分かる。
「だから、凛の気持ちに応えられない。ごめん……」
俺は誠実に伝えることが一番だと思っていた。ここで曖昧な返事をしても、凛にとってはもっと傷つけることになる。だから、はっきりと伝えた。
凛は目を見開いたまま、しばらく沈黙していた。表情は固く、頬に浮かんでいた笑顔はすでに消えていた。
次の瞬間、彼女の目には涙が浮かんで、静かに頬を伝い始めた。
「……そう、ですか。」
凛の声は震えていて、その言葉がどれだけ彼女を苦しめているかが痛いほど伝わってくる。
俺はどうしようもない無力感に包まれた。彼女をこれ以上傷つけたくはなかったけれど、こうする以外になかった。
「……ごめん。」
俺はもう一度謝った。それしかできなかった。
凛は言葉を返すことなく、静かに涙を流し続けていた。その姿を見るのが辛くて、胸が締めつけられるようだった。
彼女の気持ちを受け止められない自分が情けなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しばらくの間、教室には凛のすすり泣く声だけが響いていた。俺は何も言えずに、ただ彼女の涙が止むのを待った。時間が止まったかのように、ただその場に座り続けた。
やがて、凛はゆっくりと涙を拭い、少しだけ顔を上げた。目は真っ赤で、まだ少し震えていたが、少しだけ落ち着いた様子が見えた。
「……私、先輩に好きって言えて良かったです。」
凛はかすれた声でそう言った。その言葉に、俺は一瞬息を詰まらせた。
彼女はこんなにも辛い思いをしたのに、それでも自分の気持ちを伝えたことに対して、前向きに捉えてくれている。
俺は彼女のこの気持ちに応えない訳には行かない。
「……ありがとう、凛。こんな風に俺に想いを伝えてくれて、本当に嬉しいよ。」
俺は再び感謝の言葉を口にした。凛がどれだけの勇気を振り絞って、この気持ちを伝えてくれたか、その気持ちが痛いほど分かったから。
それでも俺はこれだけは伝えたい。
「でも……俺のわがままかもしれないけど、これからも一緒にいてくれるか?」
俺は少し緊張しながら、その言葉を口にした。凛に告白を断った今、それでも俺たちの関係を続けていけるかどうかは、彼女次第だった。
「……先輩は意地悪なんですね」
凛はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いて少しにっこりと笑った。
「……はい。先輩がそう言ってくれるなら、私も……また、前みたいに話したいです。」
凛の言葉は弱々しかったが、それでもしっかりとした意志が込められていた。
俺はその言葉を聞いて、心からホッとした。彼女が、俺との関係を終わらせることなく、再び一緒に歩んでくれることを選んでくれた。
彼女の答えがどうなるか分からないが、俺は凛との関係を終わらせたくなかった。
俺のわがままでしかないが聞いてくれるのであれば俺は今からも凛と今まで通りに仲良くオタクトークをしたい。
少し最初は気まずくて、それをできるようになるまで時間がかかってしまうとしても俺はそれを成し遂げたい、とそう思った。思ってしまった。
「ありがとう、凛。これからもよろしく」
「はい!」
俺は再び手を差し出すと、凛は少しだけ微笑んでその手を握り返してくれた。その瞬間、俺たちはまた新しい一歩を踏み出したような気がした。
凛との関係は変わったかもしれないけれど、それでも俺たちはこれからも一緒にいられる。
そして、いつか彼女がこの辛さを乗り越えて、もっと笑顔でいられる日が来ることを信じていた。
それを俺は心から望んでいるし本気でサポートをしたいと思っている。
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