第42話 あなたと話すことが楽しい
前を歩く良哉と泉美は、相変わらず楽しそうに話をしている。手を繋ぎ、時折笑い合う二人は、まさに「お似合いのカップル」といった雰囲気だった。
そんな様子を見ていると、俺は自然と二人に対して微笑ましい気持ちが芽生えると同時に、胸の中に何かがチクチクと刺さるような感覚もあった。
「……やっぱり、あの二人はすごく仲がいいよな。」
俺がぽつりと呟くと、隣を歩く水瀬も視線を前に向けながら頷いた。
「うん、本当に。泉美ちゃん、楽しそうだし、良哉君も幸せそう。」
彼女の声は少し優しい響きがありながらも、どこか遠くを見つめているように感じた。
俺たちが一緒にいるこの空間にも、良哉たちほどの「自然さ」や「親しさ」がまだ足りないような気がしてならない。
二人のことを眺めているうちに、ふと、水瀬が静かに口を開いた。
「田中君は、ああいう風に誰かと付き合うこと、考えたりしたことある?」
その質問に、俺は一瞬言葉に詰まった。
まさか水瀬からそんな直接的な話題が出るとは思っていなかった。
「えっ……俺が?」
「うん。田中君って、恋愛の相談に乗ることは多いけど、自分のことってあんまり話さないよね。」
確かに、俺は他人の恋愛相談に乗ることは多いけど、自分が誰かと恋愛をすることについては、ほとんど考えたことがなかった。
けれど、水瀬のその言葉に触発されるように、最近のことを思い返すと、すぐ思い浮かぶのはやはり今俺の隣にいる彼女、水瀬だった。
「……まあ、最近はちょっと考えたりすることもあるかもな。」
俺はそう答えながら、水瀬の方をちらりと見た。
彼女は静かに俺の言葉を聞いていたが、その表情には少し期待を感じさせるようなものがあった。
「そうなんだ。誰か……気になる人がいるってこと?」
その問いに、俺は思わず息を飲んだ。水瀬は優しく問いかけているようだったが、その言葉の裏には少しだけ緊張感が漂っているようにも感じた。
気になる人がいるか、そう聞かれたら答えはイェスだが、俺はそれを言葉にするのが照れくさくて誤魔化した。
「……まだ、よく分からないんだけど。」
俺は自分の気持ちを整理するように、少し時間を置いてから答えた。
水瀬に対するこの感情が何なのか、まだはっきりと認めることができないでいた。けれど、彼女のことを気にしているのは確かだった。
「田中君って、本当に自分の気持ちを整理するのが苦手なんだね。」
水瀬は微笑みながらそう言った。その言葉に、俺は少し照れくさくなって、肩をすくめた。
「まあ、そうかもな。自分のことになると、他人のことみたいに冷静に見られないんだよ。」
「ふふ、それが田中君らしいところかもね。」
彼女の笑顔を見ると、俺はまた胸がドキドキし始めた。自分の気持ちに向き合おうとしているけれど、それをすぐに言葉にするのはまだ怖い。
水瀬にどう思われているのかが気になりすぎて、つい言葉を飲み込んでしまう自分がいた。
その後、しばらくの沈黙が流れる。けれど、今の沈黙は心地よいものだった。水瀬と並んで歩きながら、俺は少しずつ自分の気持ちに向き合おうとしていた。
「……田中君とこうして話すの、楽しいよ。」
突然、水瀬がそう呟いた。その声は小さく、優しい響きがあった。
「俺も、水瀬と話すのは楽しいよ。」
素直にそう答えると、水瀬は少し照れたように微笑んだ。お互いに言葉で何かを伝えたいけれど、まだそれが何なのかはっきりとは言えない──そんなもどかしさが、俺たちの間に漂っていた。
前を歩く良哉と泉美の声が遠くから聞こえてきた。二人は何かを見つけたのか、楽しそうに笑い合っている。その笑顔を見ていると、俺も少しだけ前に進もうと決意を固めた。
「水瀬……」
俺が口を開こうとしたその瞬間、良哉がこちらに振り返って声をかけた。
「おーい!こっちに面白い店があるぞ!結花ちゃん、光、こっち来いよ!」
その声に、俺は水瀬に言おうとした言葉を飲み込み、代わりに「今行くよ」と返事をした。
水瀬も良哉の方を見て、小さく頷いた。
俺と水瀬の距離はまだ縮まりきっていない。けれど、少しずつ──ほんの少しずつだが、確実にお互いを意識し始めている。
それが恋愛感情なのかどうか、まだ断言は出来ないけれど、このまま少しずつ前に進んでいけば、きっと答えが見えてくるはずだ。
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