第33話 人の気持ちは良い、じゃあ自分の気持ちは?

 放課後、いつも通り図書館で本を読んでいた。静かな時間が心地よく、クラスメイトたちの賑やかな放課後とは違う、少しの孤独が俺には合っている。だけど、今日はいつもより少しだけそわそわしていた。


 理由は簡単だ。数日前、中村が俺に告白の相談をしてきた。その時点で、優奈も中村もお互いに気持ちがあることは分かっていたけど、実際に告白がどうなるのか、結果はまだ知らない。


「おそらくうまくいったんだろうな……」


 そう思っていた矢先、図書館の扉が開いて、聞き慣れた軽快な足音が近づいてきた。


「田中先輩!」


 優奈だ。彼女の元気な声が図書館の静けさを一瞬で破った。俺は顔を上げて、彼女が嬉しそうにこっちに向かってきているのを見た。


「田中先輩!中村君に告白されたんです!それで……」


 彼女は弾けるような笑顔で俺に話し始めた。俺は一瞬驚いたが、すぐに優奈の表情を見て、全てがうまくいったのだと察した。彼女の顔は本当に幸せそうで、キラキラと輝いている。


「そっか、中村君が……よかったな、優奈。」


 俺は軽く笑いながら答えた。やっぱり、二人とも想いが通じたんだな。それが分かると、なんだかほっとした気持ちになった。


「本当に……田中先輩のおかげです!先輩が相談に乗ってくれたから、私も勇気が出たし、中村君も頑張ってくれたんです!」


 優奈はそう言いながら、何度も頭を下げて感謝の言葉を繰り返していた。俺がしたことなんて、ただ話を聞いて少しアドバイスしただけだ。それでも、彼女にとっては大きな助けになったらしい。


「いや、俺はそんな大したことしてないよ。優奈自身が頑張ったんだろ。お前がちゃんと自分の気持ちに向き合ったから、今こうして笑えてるんだよ。」


 そう言うと、優奈は少し照れたように笑った。


「でも、田中先輩が言ってくれたこと、本当に助かりました。それに……田中先輩は本当に人の気持ちを分かってくれる人だなって思いました!」


 彼女のその言葉に、俺は少しだけ心がざわついた。人の気持ちを分かる――そう言われるのは嬉しいけれど、自分の気持ちはどうだろう?


「俺は、人の気持ちには敏感かもしれない。でも、自分の気持ちってなると、さっぱりだよ。」


 冗談めかして言ったけれど、心の中では少しモヤモヤした気持ちが広がっていた。優奈の笑顔を見て、中村君とうまくいった彼女を見て、俺は何かを強く感じていた。


「それで、本当に田中先輩、ありがとうございました!私、すっごく幸せです!」


 優奈は再びお礼を言って、笑顔で図書館を後にした。彼女の幸せそうな背中を見送りながら、俺はぼんやりと考えていた。


「幸せか……」


 人の恋愛相談に乗るのは好きだ。誰かの役に立てることは嬉しいし、その結果、こうして誰かが幸せになっている姿を見るのは素晴らしい。だけど、自分はどうなんだろう。


 俺自身の気持ちに、ちゃんと向き合えているだろうか?


 水瀬の顔が頭に浮かんだ。


 最近、水瀬との関わりが少しずつ増えている。彼女が俺に恋愛相談を持ちかけてくれたことから始まり、気がつけば俺たちは時々二人で話すことが増えてきた。クラスで一番人気の美少女だというのに、水瀬は不思議と俺にだけは少し違う一面を見せてくれる気がしていた。


 でも、俺はそのことにあまり深く考えないようにしてきた。自分自身、恋愛に対してどう向き合っていいのか分からなかったからだ。


「優奈も中村も、自分の気持ちに正直に向き合って、こうしてうまくいったんだよな……」


 俺は心の中で呟いた。優奈が見せた笑顔、中村君の真剣な顔――どちらも自分の気持ちをしっかり伝えたからこその結果だ。そんな二人の姿を見て、俺も少しずつ自分の心と向き合わなければならない時が来たのだと感じ始めていた。


「俺も……水瀬に対しての気持ち、ちゃんと考えないとダメだよな……」


 まだ自分の気持ちが何なのか、はっきり分かっているわけではない。ただの友達なのか、それとも──。


 図書館の静けさの中、俺は一人で考え込んでいた。

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