第32話 二人同時に

 

「──優奈、ちょっといいか?」


 放課後、突然呼びかけられた中村君の声に、優奈は一瞬驚いて振り返った。

彼の表情はいつもとは違う真剣なもので、何か大事な話があることを感じさせた。友達に「先に帰ってて」と告げて、中村君の方に歩み寄る。


「どうしたの?」


 優奈は少し緊張しながら尋ねる。中村君の瞳がまっすぐに自分に向けられている。

心臓がドキドキと高鳴り、いつもの会話とは違う空気が流れているのが分かる。


「……ちょっと、話したいことがあるんだ。今、時間あるか?」


 中村君の声は少し震えているように聞こえた。優奈は何か大切なことが起こりそうだと感じながら、静かに頷く。


「うん、いいよ。」


 二人は静かな公園に向かい、ベンチに腰掛けた。

普段は何気ない会話で盛り上がるはずなのに、今日は公園に向かう道も、そしてベンチに座っても少しの間沈黙が続いた。

優奈は中村君の様子を見ながら、何を話すべきか考えていたが、彼の真剣な表情がその緊張感を高めていた。


「……なあ、優奈。」


 中村君がようやく口を開いた。その声には不安と緊張が滲んでいた。

優奈も、心の中で何を言われるのか、ドキドキしていた。


「俺……」


 中村君が言葉を続けようとした瞬間、優奈の口が勝手に動いた。


「私も……」


 二人の声が同時に響いた。お互いに一瞬目を見合わせて、驚いたように静まり返る。優奈は思わず息を呑んだ。こんなタイミングで、まさか二人が同時に話し始めるなんて……。


「……え?」


 二人とも言葉に詰まり、困惑したように顔を見合わせる。

そして、次の瞬間、どちらともなく小さく笑い始めた。

緊張の糸がふっと解けて、今までの張り詰めた空気が和らいだ。


「お前、何を言おうとしてたんだよ?」


「いや、中村君こそ……」


 お互いに同じ質問をしながら、また笑い合う。優奈の心の中にあった緊張が一気にほどけて、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。だけど、すぐにまた静かな空気が戻ってくる。


 中村君は深呼吸をして、もう一度真剣な表情になった。


「優奈、俺……お前のことがずっと好きだったんだ。ずっと、言いたくて……でも、勇気が出なくて。だけど、今、やっと言える。」


 その言葉を聞いた瞬間、優奈の心は一気に跳ね上がった。自分も同じ気持ちを持っているのに、なぜかドキドキが止まらない。


「中村君……私も、ずっと言いたかった。私も中村君のことが好きなんだ。お互い、こんなに想ってたのに、なかなか言えなかったよね。」


 優奈は恥ずかしそうに笑いながら、彼に気持ちを伝える。二人の想いがやっと言葉にできたことで、心の中にあったモヤモヤが消え、すっきりとした気持ちになった。


 お互いに想いを告げたことで、緊張は完全に解けていた。


「こんなに時間かかるなんてな……お互いバカみたいだよな。」


 中村君が照れくさそうに言うと、優奈もクスっと笑った。


「ほんとだよね。でも、今こうして言えたから良かった。」


 優奈も笑いながら、心の中でホッとした。ようやくお互いに正直になれたことが嬉しくて、これまでの緊張が嘘みたいに消えていく。


「……これからも、俺と一緒にいてくれるか?」


 中村君が再び真剣な表情で尋ねる。優奈はその言葉に頷いた。


「もちろん。これからもずっと一緒にいたい。」


 お互いにようやく素直な気持ちを伝え合ったことで、二人の関係は一歩前進した。緊張の中での告白は、照れくさいけれど、それがかえって嬉しさを倍増させた。

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