第11話 彼の優しさに触れる度に感じる彼との距離

 放課後、私はまた田中君に相談をするために図書館へ向かっていた。


 最近、彼とは何度もこうして話す機会があって、私たちの距離は少しずつ縮まっているように感じていた。


 だけど、昨日見たあの光景が、どうしても頭から離れない。


 田中君が、後輩ちゃんと一緒に笑い合っている姿。

 いつも私に向ける真剣な顔とは違って、すごくリラックスしていて、まるで趣味を共有する友達と話している時のような楽しそうな表情だった。


「……なんで、あんなに楽しそうに話せるんだろう?」


 図書館に向かう途中で、ふとそんな疑問が浮かんでしまった。

 私は今までずっと田中君に相談をしてきて、彼との時間を大切に思ってきた。

 けれど、あの時の二人の様子は、私が知らない田中君の一面を見てしまったようで、どこか寂しさを感じた。


 図書館に着くと、田中君はいつもの席に座って待っていた。私が近づくと、彼は微笑んで席を勧めてくれた。


「水瀬、今日はどうした?」


「うん、ちょっとまた相談したくて……」


 私はそう言いながら、自然に席に着いた。

 いつもならここからすぐに相談を始めるのに、今日はどうしても気持ちが落ち着かなかった。

 目の前にいる田中君に集中できず、昨日の後輩ちゃんとの会話が頭にちらついてしまう。


「大丈夫?なんか、元気がないみたいだけど……」


 田中君が心配そうにこちらを見て、優しい声で話しかけてきた。

 その言葉に、胸の中が少しだけ締め付けられる。いつも通りの田中君なのに、何かが違って感じる。



「ううん、そんなことないよ。ただ、ちょっと悩んでて……」


 私は自分に言い聞かせるようにそう言ったけど、心の中では、後輩ちゃんと田中君がどんな話をしていたのか、気になって仕方がなかった。


「そっか。じゃあ、話してみて。俺でよければ、また相談に乗るよ」


 田中君はいつものように親身になってくれる。

 でも、私はどうしてもその態度が「友達」以上には感じられなくて、もどかしさが込み上げてきた。


 少し時間をおいて、私は静かに話し始めた。


「実はね、その人と少し距離が近づいた感じがするんだ。でも、どうやってもっと踏み込んでいいのか分からなくて……」


 私がそう言うと、田中君は真剣な表情で頷いた。そして、いつものように冷静なアドバイスをくれた。


「無理にアプローチするより、水瀬らしく自然体で接するのが一番だと思うよ。相手だって、水瀬のことを気にしてるんだろうし、焦らなくても大丈夫だと思う」


 彼の言葉は優しくて、いつも心に響く。でも、今日の私はその言葉を素直に受け取れなかった。

 昨日の後輩ちゃんとのやり取りが、私の心をかき乱していたからだ。


「……後輩ちゃんとは、よく話すの?」


 思わず口にしてしまった質問だった。田中君は少し驚いた顔をしてから、少し照れくさそうに答えた。


「後輩ちゃん……?ん、ああ、凛のこと。まあラノベが好きだから、たまに一緒に話すことはあるよ。趣味が合うっていうか、話しやすいんだよね」


「彼女とはどういう関係なの?」


 思わず勢いでそんなことを聞いてしまったが彼は手をブンブンと振ってそれを否定した。


「い、いや!ただの趣味が合う友達だよ!」


「そっか……」


 その言葉を聞いて、私の胸の奥が少し痛んだ。

 田中君は、私と話す時よりも、後輩ちゃんと話す方が気楽に見える。

 私とはあくまでも「相談相手」という立場に収まっているのに、後輩ちゃんとは純粋な「友達」として楽しそうに話せているんだ。


「田中君は、誰か好きな人がいるの……?」


 私は意を決してその質問を口にした。

 ずっと聞きたかったけど、どうしても聞けなかったこと。彼が誰に恋をしているのか、知りたかった。

 脈絡もクソも何もないけど田中君は最初こそ、え、いきなり何聞いてんだ?という表情を見せたものの、ゆっくりと答えてくれた。


「好きな人か……正直、自分でもよく分からないんだよな。最近、いろいろあって考えることが多くて」


 彼の答えは曖昧で、はっきりしない。

 でも、それはもしかしたら、まだ自分の気持ちに気づいていないだけなのかもしれない。

 そう思うと、私の心はさらに不安でいっぱいになった。


「そっか……」


 それ以上、何も言えなかった。

 相談したいことはたくさんあったはずなのに、今はただ田中君の気持ちが知りたくて、けれどそれを探る勇気が出ない。


「水瀬は誰か好きな人がいるの?」


 逆に、田中君からそんな質問が返ってきた。

 私は一瞬、心臓がドキッとした。彼の目が真っ直ぐにこちらを見ている。

 私はこう答えた。


「うん、いるよ。でも……その人に気づいてもらえるか分からなくて、どうすればいいか悩んでるんだ」


 私の言葉に、田中君は少しだけ眉をひそめた。

 彼は、きっとまだ何も気づいていないんだろう。

 私が誰を想っているのか、全然分かっていない。


 そして、私自身も今、自分の気持ちが何なのか分からなくなってきている。


 田中君の目の前にいるのに、彼がどこか遠い存在に感じる。後輩ちゃんと笑い合っていたあの姿が、どうしても頭から離れなくて、焦りと不安が交じり合っている。


「もっと彼に、私の気持ちを知ってもらいたい……」


 でも、そのためにはどうすればいいんだろう?このまま「相談相手」のままでいいの?それとも、勇気を出して、一歩踏み込んでみるべきなのか?


 心の中でそんな葛藤を抱えながら、私はただ、田中君の顔を見つめ続けていた。

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