第10話 私のと違う彼の距離

放課後、今日も俺は図書館に来ていた。いつもは一人で勉強をしたり、ラノベを読んだりするけど、最近では凛がよく一緒に来るようになっている。


 彼女との会話は心地よく、ラノベの話をしていると時間があっという間に過ぎてしまう。


 今日も、凛が俺の隣の席に座った。彼女が静かにノートを広げながら、ちょっと照れくさそうに話しかけてきた。


「田中先輩、今日は何を読んでるんですか?」


「ああ、これ。『転生魔導士の異世界冒険』の新巻だよ。面白いから、もう夢中で読んじゃってさ」


 凛は目を輝かせながら、俺の持っているラノベに視線を向けた。


「それ、私も読みました!今回も展開がすごくて、つい夜中まで読んじゃいました……」


 「おぉ、昨日発売したばっかりじゃないか?」


 「えへへ、もう昨日の夜のうちで全部読んじゃいました」


 「おおすごいな……」


 そんな会話を交わしながら凛はえへへとはにかんだ。


 凛が嬉しそうに話すのを見ると、自然と俺も笑顔になる。

 ラノベの話になると、彼女は大人しい外見からは想像できないほど情熱的に語り出す。それが彼女の魅力でもある。


「夜中までかぁ、凛も本当にハマってるんだな」


 俺がそう言うと、凛は少し照れくさそうに笑った。


「そうなんです。でも、やっぱり先輩とこうして話してると、もっと深く作品について語れて楽しいです。」


「俺も、凛と話すの楽しいよ。お互い趣味が合うし、気兼ねなく話せるって感じかな」


 自然と出てきた言葉だったが、凛はそれを聞いて少しだけ頬を赤らめた。


「田中先輩と話してると、本当に落ち着くんです。なんか、自分の好きなことをちゃんと共有できてる感じがして……」


 彼女の言葉は素直で、真っ直ぐだった。俺も彼女とのこんな時間を大切に思っている。


 凛とは、特に気を使うことなく、趣味を共有しながらのんびり話せる。

 こんな風に、何でも気軽に話せる関係っていうのも、やっぱりいいな。


 「いやぁ凄かったですよねまさか主人公が最後──」


 「ネタバレはよせ!!!」


 俺はいたずらっぽい表情を浮かべながら話しかけた凛の言葉を一生懸命、もうそれは一生懸命に遮った。




 ******




 放課後、私は今日も田中君に相談しようと図書館に向かっていた。


 最近、田中君とは相談を通じて少しずつ距離が縮まっているように感じていたけど、まだ彼に私の気持ちは伝わっていない。そんな中で、私は勇気を出して、もっと踏み込んでみようと思っていた。


 でも、図書館のドアを開けた瞬間、思わず足が止まってしまった。


 田中君が……誰かと話している。その相手は誰だ。

 私の学年では見ない顔だが……。あの名札の色は一個下の学年の子だ。

 私の学校では学年を名札の色で区別している。私の学年は緑、一個上はバーガンディ、一個下は青色だ。

 圧倒的に青色が羨ましい。

 まぁそんな私の好みはいいとして。


 図書館の窓から差し込む柔らかな光の中で、田中君とその後輩ちゃんが静かに笑い合っているのが見えた。

 二人は、まるで他の世界にいるかのように穏やかな空気に包まれていて、その後輩ちゃんの顔が少し赤くなっているのが目に入った。


「二人、仲が良さそう……」


 私はその光景を遠くから見つめたまま、動けなくなっていた。

 田中君と私は、よく放課後に一緒に話をしているけど、あんなリラックスした表情で笑い合っている姿はあまり見たことがない。


 後輩ちゃんとは何の話で盛り上がっているんだろうか。田中君も楽しそうに話している。

 私が今まで見てきた田中君とは、どこか違っていて、自然体で、心から楽しんでいるように見える。


 胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる感覚がした。


「なんで……?」


 私には、まだ彼が誰を好きなのか分からない。そもそも彼は人を好きになったことはあるのだろうか。それも分からない。


 それでも、今目の前にいる二人の姿を見て、何とも言えない気持ちがこみ上げてくる。

 私が相談している時の田中君は、いつも真剣で、冷静で、友達としての距離を保っている。


 でも、今の後輩ちゃんと話している田中君は、まるで別人のように自然で……話している相手と距離が近く感じた。


 私はその場で立ち尽くしたまま、ただ二人を見ていた。心の中に、嫉妬とも焦りとも言えない、複雑な感情が渦巻いている。


「どうしよう……」


 一歩、図書館に入ろうと足を踏み出そうとしたけど、結局そのまま引き返してしまった。

 今は、あの二人の間に割り込むことができない気がした。


 ──私は、これからどうすればいいんだろう?


 田中君が私をどう思っているのか、聞いてみるべきなのかもしれない。

 でも、彼のあの笑顔を見てしまった以上、今の私は、ただ本当の正体の分からない不安と焦りの中に立ち尽くすしかなかった。

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