第9話 好きってなんですか!

放課後、図書館での再会から数日が経った。凛との会話は、思った以上に心に残っていた。

 ラノベの話をしている時は自然に笑顔がこぼれ、あっという間に時間が過ぎる。凛はいつも静かで控えめだけど、話し始めると意外な情熱があって、気が合う部分が多い。

 シンプルに彼女と話すことは俺にとって楽しい時間であった。


 それでも、俺の頭の中にずっと残っているのは、彼女のこの言葉だった。


「田中先輩も、ちゃんと自分のことを考えてあげてくださいね」


 あの日、凛は俺の内面を見透かしたように、優しい言葉をくれた。

 俺はずっと周りの恋愛相談にばかり気を取られていて、自分の気持ちに向き合ってこなかったのかもしれない。凛の言葉を聞いて、そんな風に感じていた。


 そしてもう一人、水瀬結花。

 最近、彼女との距離も少しずつ近づいている。

 水瀬からの恋愛相談が頻繁になり、俺も彼女の話を聞くのが楽しみになっていた。

 ただ、彼女の気になる相手が誰なのか、未だに聞けずにいる。


 俺は、いつまでも『恋愛相談キャラ』の立場でいるつもりなのか?


 その日の放課後。俺はいつものように図書館で本を読んでいると凛が静かに近づいてきた。


「田中先輩、またお話してもいいですか?」


「もちろん、どうぞ」


 凛が席に座り、二人でまたラノベの話を始めた。

 彼女とは趣味が合うせいか、自然と会話が弾む。凛も、少しずつリラックスした様子で話してくれているのが分かる。


「先輩、今読んでる作品の最新巻、面白いですよね。あのシーン、本当に熱くて……」


 凛の話は相変わらず情熱的で、話しながら目を輝かせていた。

 俺もそんな彼女を見ると自然と笑顔になり、彼女との会話に引き込まれていった。




 ******



 また次の日。

 昼休みが終わり、午後の授業が始まる前の休み時間。

 教室に戻る途中で水瀬に呼び止められた。


「田中君、ちょっといいかな?」


 振り向くと、水瀬がいつものように明るい笑顔で立っていた。


「うん、どうした?」


「放課後、また相談に乗ってほしいんだ。少し悩んでることがあって……」


 水瀬は少し照れた様子でそう言った。


 その笑顔を見て、俺の胸が少しだけざわついた。凛との会話で楽しかった気持ちが少し遠くに感じられ、水瀬との時間がどこか特別に思え始めている自分がいた。


「もちろん、放課後時間があるから教えてよ」


 水瀬は安心したように頷き、教室へと戻っていった。


 放課後、水瀬と二人で図書館に向かった。


 ここはいつも相談相手として話すには落ち着いた場所だった。図書館の奥の静かなスペースに座ると、水瀬がゆっくりと話し始めた。


「実はね、最近その人と少しだけ距離が近づいた感じがするんだ。でも、それでもどうやってもっと踏み込んでいいか分からなくて……」


 水瀬の言葉に、俺は静かに耳を傾けていた。

 彼女の相談に乗るのがいつも通りの役割だったはずだが、どこかで焦りや不安を感じている自分がいた。

 彼女が「気になる人」との距離が近づいているという言葉に、胸が少し痛むのを感じた。


「うーん、まずは自然体で接してみるのが一番だと思うよ。水瀬なら、無理にアプローチしなくても相手にちゃんと気持ちが伝わるんじゃないかな?」


「そうかな……でも、私はもう少しその人に気づいてほしいの。自分の気持ちに、ね。」


「その相手に気づいて欲しいってことか?」


「うん、そういうこと」


 水瀬は静かに俺を見つめながら言った。

 その目には、どこか不安と期待が混じっているように見える。俺はその視線に何かを感じたが、それが何なのか、まだはっきりとは分からなかった。


「そっか……その人は、気づいてくれると思うよ。絶対に」


 俺はそう答えるしかなかった。


 でも、その「その人」が誰なのか、聞けないまま時間が過ぎていく。

 そして、水瀬が誰かに特別な感情を抱いていることが、俺にとって意外と大きな心の負担になりつつあることに気づき始めていた。


 夜になって、家に帰った後。

 寝る準備を済ませて俺はベッドに仰向けになって倒れ込んだ。

 俺は凛と水瀬のことをふと考えた。


 凛とはラノベを通じて気楽に話せる。彼女は俺を気にかけてくれているし、純粋に俺を応援してくれている感じがする。


 けど、その一方で水瀬は俺にとってどうなんだろう?彼女の気持ちを聞くたびに、彼女が「想い人」に近づいていることを聞く度になぜか焦りや不安が湧き上がるのはなぜだろうか?


「はぁ、自分の気持ちってものはこんなに分からないもんだな……」


 そう呟いて、俺は眠りについた。

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