第4話 彼女との距離
水瀬の言葉を聞いてから、俺の中で何かが確実に変わり始めていた。
『──田中君はちゃんと周りを見てるし、優しい』
水瀬があの時言ったその言葉が、ずっと頭の中をぐるぐると回っている。
俺はただ友達として、誰かの恋愛相談に乗っているだけだと思っていた。でも、水瀬は俺のそんな姿を「素敵だ」と言ってくれた。
そのような言葉はこれまで誰にも言われたことがなかったから、正直俺は戸惑っていた。
そして、何よりも彼女が「俺に興味を持っている」と言った事実が、信じられない。
俺が彼女にとってどう映っているのか、まだ自分では理解できていなかった。
でも、それ以来、俺と水瀬の距離は少しずつ近づいている気がする。
******
それから数日後の昼休み。
クラスメイトが一斉に教室から出て行く中、俺は一人教室を出て校舎裏の木の下に座りこみ弁当箱を開けた。
特に誰かと一緒に食べる約束もしていなかったから、のんびりと一人で過ごすつもりだった。
この木の下は俺の秘密の食事スポットだ。一人でゆっくりしたい時、俺はここにやってくる。
──だが、そんな俺の前に、またもや水瀬が現れた。
「田中君、一緒に食べてもいい?」
「……え、俺と?ま、まあ」
俺は驚きながらも、彼女の言葉に戸惑いを隠せなかった。
「よっこらせっと」
そうこう俺が戸惑っているうちに水瀬は俺の隣に腰を下ろした。
この場所を知っていたのか、たまたま水瀬来たら俺がたまたまいて声をかけてきたのか、それとも彼女は俺をわざわざつけてきたのだろうか。
それは分からない。とりあえず目の前に水瀬結花がいる、それが事実だった。
水瀬はいつもクラスの人気者たちと賑やかに食事をしているイメージがあったから、俺みたいな奴と一緒に食べるなんて、全く想定していなかった。
「どうしてここへ?」
「たまには静かにご飯食べるのもいいかなって思って」
水瀬は軽い調子で言うが、俺には彼女が本気で言っているのか、まだ分からなかった。
結局その言葉からは彼女がどうしてここに来たのかは分からなかったが、まぁそれは良い。
そんな水瀬の目には、いつもより少し柔らかな光が宿っていた。
俺は断る理由も思いつかず、結局そのまま二人で昼食を取ることになった。
「田中君、いつも一人でご飯食べてるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、今日はたまたま一人だっただけ。」
俺は少し照れながらそう答えた。
実際、友達と一緒に食べることもあれば、一人の時もある。
だけど、女の子と、ましてや水瀬と一緒にご飯を食べるなんて、俺の高校生活では一度もなかったことだ。
「そうなんだ。私もたまには一人でのんびり食べたいなって思うことがあるんだよね。いつもみんなと一緒にいると、何かと疲れる時もあるし」
彼女がそう言って少し肩をすくめた。
水瀬みたいに人気者だと、そういう悩みもあるんだろうなと、俺は少しだけ彼女に共感した。
「まあ、確かにクラスの中心にいると、気を使うことも多そうだよな」
俺がそう言うと、水瀬は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「田中君って、そういうところよく見てるよね。みんな私のことを勝手に完璧だと思ってるけど、実際はそんなこと全然ないのに」
その言葉に、俺はまた驚いた。
水瀬はクラスの中心にいるだけで、完璧な存在だと誰もが思っていた。でも、彼女自身はそうではないと思っているんだ。
「いや、水瀬は十分すごいよ。クラスのムードメーカーだし、誰とでも話せるしさ。俺にはできないことだよ」
俺は素直にそう言った。水瀬のように、誰とでも自然に話せるスキルは、俺にはない。
だからこそ、彼女の存在が遠く感じていたし、これまで話す機会もほとんどなかった。
「そうかな……でも、田中君だって、誰とでも真剣に話せるじゃない。恋愛相談に乗ってる時とか、相手のことをちゃんと考えてくれる。そういうところ、すごく素敵だと思う」
──まただ。
水瀬の言葉は、俺の心の中に何かを響かせる。
彼女は何度も俺を「素敵だ」と言ってくれる。
その度に、俺は何かを感じずにはいられなかった。
「俺はただ……相談されたことに答えてるだけだよ」
俺は少し照れながら答えた。
水瀬が俺をそんな風に見ていることが、どうしても信じられなかった。
俺は、あくまで恋愛相談に乗るだけのキャラで、それ以上の何者でもない。
「そうかな……でも、それが田中君のいいところだと思うよ」
水瀬はそう言って、微笑みながら弁当を食べ始めた。
その柔らかい表情に、俺はなぜか心がざわつくのを感じていた。
それからというもの、水瀬はよく俺に話しかけてくるようになった。以前なら、お互いに話すこともほとんどなかったはずだった。
なのに今は彼女は俺と話すたびに「素敵だ」と褒めてくれる。
だけど、俺はそれを素直に受け入れられないでいた。
彼女が俺に興味を持ってくれていることは嬉しい。だが、その裏で俺はまだ「友達ポジション」としての自分を守っていた。
水瀬が本気で俺を好きになるなんてことは、やっぱり考えられないし、彼女が誰か他の男子に恋をしているんだろうと信じて疑わなかった。
「……でも、本当にそうなのか?」
自分の胸に手を当て、そう問いかけてみる。でも、答えはまだ見つからない。
水瀬と俺の距離は、確実に少しずつ変わり始めている。だけど、それが「恋愛」なのか「友達」なのか、俺にはまだ分からなかった。
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