第5話 我が妹はとても鋭い

俺には一人、妹がいる。名前は田中光莉たなかひかり、中学二年生だ。


 あいつはとにかく元気で、時にはうるさいぐらいだけど、明るくて活発な性格をしている。


 家に帰ってリビングに足を踏み入れた瞬間、いつものように彼女の声が飛び込んできた。


「お兄ちゃん、おかえり!今日はどうだったの?」


 光莉は部活を終えて帰宅したばかりなのか、ジャージ姿でテレビを見ながら元気いっぱいに話しかけてきた。

 妹がこうやって何でも話しかけてくるのは日常茶飯事だ。

 俺の学校のこと、部活のこと、恋愛のことでも──彼女は何でも知りたがる。


「別に普通だったよ。特に何もなかった。」


 俺はソファに腰を下ろし、適当に返事をした。


 今日も水瀬と話をしたことは心の中にしまっておこうと思った。どうせ言ったら、光莉に余計な詮索をされるだけだ。


「ふーん、また友達の恋愛相談とかしてたんでしょ?お兄ちゃん、いつもモテないくせに他人の恋愛だけは上手くアドバイスするよね」


 光莉はニヤニヤしながら、俺をからかうように言ってきた。後半部分が余分だ!


「うるさいな。別にモテたいわけじゃないし、友達が頼ってくるから答えてるだけだよ」


「本当かなー?お兄ちゃん、本当は好きな人いるんじゃないの?」


 光莉はそう言いながら、顔を近づけてきた。


 妹のこの無邪気な好奇心は、正直めんどくさい時もある。

 でも今日ばかりは俺はまるで図星をつかれたかのようにドキッとした。実際、水瀬のことを考えていたからだ。


「いないって。俺は相談役だから、誰かを好きになることなんてない」


 俺はわざと冷静に答えたが、心の中は少しざわついていた。

 光莉のしつこい質問から逃れるために話題を変えようと、彼女に問いかける。


「そういう光莉こそ、部活で好きな人とかいないのか?部活男子ってかっこいいんだろ?」


「えっ、私?うーん……」


 妹は急に真剣な顔をして考え込んだかと思うと、すぐに笑顔に戻った。


「私はまだそういうのいいかなー。部活と友達と遊んでる方が楽しいし!」


 元気よく言い放つ妹の姿に、俺は安心しつつも少し笑ってしまった。

 光莉は、こういう無邪気なところが可愛い。かなり可愛い。


「まぁ、光莉ならすぐモテるだろうな。けど、あんまり男子に振り回されるなよ」


「えー、誰にも振り回されないよ!私は強いんだから!」


 光莉はまだ成長してない胸を張って宣言する。その自信満々の姿に俺はまた少し笑ってしまった。

 俺は光莉に兄バカを発揮しつつも、俺ももう少し妹のように自信を持てればいいのに、とふと思った。




 ******




 その日の夕飯時、家族でテーブルを囲んでいると、再び妹が突拍子もないことを言い出した。


「お兄ちゃん、学校で可愛い子いる?なんか最近ちょっとそわそわしてるように見えるんだけど。」


 母親が興味津々の顔をし、父親は新聞を読みながらも耳を傾ける。妹の言葉に思わず咳き込んでしまった。


「別にそんなことないって。変なこと言うなよ」


「本当かなぁ?なんか最近、嬉しそうな顔してる時あるんだよねー」


 妹は完全に楽しんでいる様子で俺を見つめる。

 俺は慌ててフォークを手に取り、食事に集中しようとするが、内心は動揺していた。


 確かに、水瀬との会話を思い出すと、自然に笑みがこぼれていたかもしれない。

 妹にそんなことを見抜かれていたなんて、少し恥ずかしく感じた。


「もういいだろ、くだらないこと言うなって」


 俺は少し怒ったふりをして話を打ち切ろうとしたが、妹はしつこい。


「じゃあ、今度の休みに私と遊びに行こうよ!そしたらお兄ちゃんの本当の気持ち、暴いてあげるから!」


「なんでそうなるんだよ……」


 妹の強引な提案に、俺は苦笑しながら応じるしかなかった。

 光莉はこうやって、何かと俺をからかうのが大好きだ。でも、そんな妹とのやり取りが、どこかで俺の心を軽くしてくれていることに気づいた。


 水瀬との関係や、今の自分の気持ちに悩んでいた俺だが、光莉の明るさに救われているのかもしれない。


 その夜、部屋に戻ってからも、妹との会話が頭から離れなかった。

 光莉はいつも俺に無邪気に質問を投げかけてくるけど、もしかしたら彼女の言葉には、俺自身がまだ気づいていない何かが隠れているのかもしれない。


「そわそわしてる……か」


 水瀬のことを考えると、確かに少し落ち着かない感じがする。

 これまで恋愛相談を受ける側だった俺が、相談相手の気持ちに振り回されるのでもなく、いつの間にか自分自身の気持ちに戸惑っている。


 水瀬のことを俺はどう思っているのか、それが分からなくなってきてしまった。

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