第2話 もしかして俺?いや、そんなことは無い。
──水瀬結花。
クラスの男子たちにとってはまさに憧れの存在で、クラスで一番の美少女として知られている水瀬。そんな彼女が俺に恋愛相談を持ちかけてくるなんて、少し前の俺なら絶対に信じなかっただろう。
俺は普通の高校生で、目立つような存在でもない。
それが、水瀬みたいな目立つ存在の人間と話すことになるなんて、想像していなかった。
……まぁ良哉は特例だ。
俺はできるだけ平静を保ちながら答えた。これまで何度も恋愛相談を受けてきたし、冷静に話を聞くのは得意だ。
水瀬が誰を好きになったのかは分からないが、どうせいつも通りにアドバイスをして終わるだろう。
「実は、好きな人がいるんだけど……どうやったらその人に気づいてもらえるか、分からなくて」
そう言って、水瀬は真剣な表情を浮かべた。
その瞳はどこか不安そうで、いつも見せている明るい笑顔とは違った印象を受けた。水瀬がこんな顔をするのは珍しいな、と思いながら、俺は真剣に彼女の話を聞くことにした。
「好きな人がいるんだ……そっか。で、その人はどんな奴なんだ?」
この質問はいつも最初に聞く。
相手の性格や普段の行動を知ることで、どうアプローチすべきかのアドバイスができるからだ。
恋愛相談は、基本的に相手のことを冷静に分析するところから始める。逆に相手のことが分からなければ作戦のたてようもない。
だが、水瀬は少し考え込んだ後、困ったような笑顔を見せた。
「どんな人っていうか……そうだなぁ、すごく真面目で、何でも一生懸命やる人。でも、時々周りのことばかり気にして、自分のことは後回しにしちゃうタイプかな。」
「ふーん、なるほど。そういう人が好きなんだな。」
正直なところ、誰のことか全然ピンとこなかった。
でも、それだけで深く考え込んでいても意味はない。
俺はその人が誰であれ、どうすれば水瀬がうまくアプローチできるかを一緒に考えようとした。
「じゃあさ、まずはその人が好きそうな話題を振って、自然に話す機会を増やしてみたらどうだ?好きなものや趣味をリサーチして、その話で盛り上がるのが一番だと思うんだけど。」
俺はそう言いながら、水瀬の好きな人が誰なのか、無意識のうちに推測していた。
もしかしたらサッカー部の誰かか?それとも、文化祭の時に話していた男子か?水瀬の周りには常にたくさんの人がいるから、候補は多い。
水瀬は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん、そうだよね。でも、その人はちょっと鈍感で……私が話しかけても、あんまり気づいてくれないの。」
「鈍感……か。それは厄介だな。でも、何度も話しかけていれば、そのうち気づくだろうし、意識もするんじゃないか?」
俺はそう言って、アドバイスを続けた。これまでも、鈍感な相手をどうやって意識させるかという相談は多かった。だから、特別難しい問題ではないと思っていた。
でも、その時、ふと水瀬が俺の目をじっと見つめた。
「田中君なら、どう思う?例えば、私が君に話しかけるとしたら……君は、私に気づいてくれる?」
その瞬間、何かが胸の中で引っかかった。俺に話しかける……?
もしかして、水瀬の「好きな人」って、俺のことなのか?
……いやいやいや、そんなはずはない。
彼女は俺みたいな地味な奴じゃなくて、もっと目立つ男子が好きなんだろう。俺はあくまで、恋愛相談役として頼られているだけだ。
「あ、いや……そうだな、もし水瀬が俺に話しかけてくれたら、そりゃ気づくよ。だけど……」
そう答えながらも、心の中は完全に混乱していた。
水瀬が本当に言いたいことが何なのか、分からない。俺はただ、彼女の恋愛相談に乗っているだけだし、それ以上のことを考えるべきじゃない。そう自分に言い聞かせながらも、頭の中は彼女の言葉がグルグルと回っていた。
水瀬は俺の反応に少し満足したような笑みを浮かべ、立ち上がった。
「ありがとう、田中君。参考になったよ。また、相談するかもしれないから、その時はよろしくね」
そう言って、水瀬は軽やかな足取りで教室を出て行った。俺はその後ろ姿をぼんやりと見送りながら、胸の中のモヤモヤを整理しきれないまま、教室に残された。
「なんだ、今のは……」
水瀬が本気で恋愛相談をしに来たのか、それともただの冗談だったのか。俺はそれが分からないまま、深い溜め息をついた。
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