第二の年 第四の季節

夏の終わりが近づく頃、森の中では蝉の声がかすかに聞こえ、草花が風に揺れている。


ケセフとレーリアは、僅かに日焼けした肌を輝かせながら、木陰で遊んでいた。


二人は、今やすっかり自分の足で駆け回ることができるようになり、動物たちと共に過ごす時間が多くなっていた。


その日の夕方、イーサンとローシュは家の前の小さな庭で、子供たちと一緒に座って休んでいた。


ローシュが心地よさそうに木製の椅子に腰かけ、ケセフとレーリアを見守る一方で、イーサンは子供たちに水差しと小さなコップを二つ持ち声をかけた。


「ケセフ、レーリア、少し休もうか。お前たちも疲れたろう?」


ケセフは木に登るのを一旦やめて、動物たちと共に地面に降りた。


レーリアもその後を追いかけ、二人とも父親の側に座った。



「ねえ、父さま、母さまの小さい頃ってどんなだったの?」と、


コップを両手で持ちながら、水を飲み干したレーリアが突然、興味津々に尋ねた。


イーサンとローシュは顔を見合わせて、ふっと微笑んだ。


「僕たちの子供の頃か…」と、


イーサンが思い返すように目を細めた。


「そうだなあ…お前たちほどは活発じゃなかったかもしれない。

でも、森の中を歩き回って、植物について調べるのは好きだったよ。

ローシュと一緒にたまに木登りをして、どっちが一番高いところまで行けるか競争したりしてね。」


ローシュがその言葉に笑いながら付け加えた。


「たまに母様も一緒に登ってたわね。

でも、イーサンはいつも降りる時震えていたのよ。

大体途中で怖くなって降りようとするんだけど、足を滑らせてしまって、落ちたこともあるわ。」


「そういう時は母様が飛んで助けに来てくれたね。

…助けてもらう回数は数えるのをやめたけど。」


ケセフとレーリアは目を丸くして聞いていた。


「それ、本当?」

とケセフが信じられない様子で聞くと、イーサンは苦笑いしながら頷いた。


「本当さ。でも、大した怪我はしなかったから、またすぐに登りたくなったんだ。

子供の頃は、そうやって遊びながら少しずつ勇気を学んでいくんだよ。」


「時々怖いことがあっても、挑戦しないと成長できないものね。

イーサンが勇気を持てるようになったのは、もっとすごく後だったけど…」


ローシュが子供達に優しく微笑んで、イーサンにだけ聞こえるように少し悪戯っぽく言った。


イーサンは何も言えずに、ただ頸を掻いていた。




「母さまも、そうやって木に登ったりしたの?」と、レーリアが興味津々で続けた。


「ええ、もちろん。だけど私は、イーサンよりもう少し活発だったわ。

木登りも好きだったけど、私はよく動物たちと遊んでいたの。ケセフのようにね。」


ケセフはその言葉に、草の上で小さな動物たちが遊んでいるのを指差した。


「僕、母さまみたいに動物と仲良くなれるんだ。みんな、僕のことを怖がらないんだよ。」


「それは素晴らしいことだね、ケセフ。」


イーサンが温かい目で息子を見つめた。


「動物たちは優しさや穏やかな心を感じ取ることができるんだよ。

お前もきっと、ローシュと同じように森の友達がたくさんできるだろう。」


「じゃあ、僕もいつか森で大きな動物を友達にできる?」ケセフが目を輝かせて尋ねた。


「もちろんできるさ。」ローシュが微笑んで頷いた。


「大事なのは、動物たちを尊重して、その存在を大切にすること。

それを忘れなければ、どんな生き物とも心を通わせることができるわ。」



一方で、レーリアは少し考え込んでから、ぽつりと聞いた。


「じゃあ、母さまと父さまは、大母様とも仲良しだった?」


その質問に、やはり少女への興味が尽きない様子に、イーサンとローシュは一瞬、顔を見合わせたが、やがてローシュが優しい声で答えた。


「そうね、私たちは母様ににとても助けられたの。

いつも私たちを見守ってくれていたわ。」


「でもね、レーリア。」


イーサンが付け加えた。


「母様はきっと、これから少しずつお前たちに自由を与えようとしているんだ。

私たちが大きくなったように、お前たちも自分の力で世界を感じ取って、その一部として自分で選択して生きていく、そう感じられるようになる時期が来るからね。」


「そう、私たちが子供の頃は、母様がいつも一緒にいてくれたけれど、

そのうちに自立しようとする私たちを応援して、見守ってくれたわ。

じきにあなたたちにもそんな時がやってくると思うわ。」


ローシュが微笑んで子供たちを見つめた。


その言葉に、レーリアは少し寂しそうに見つめながらも、頷いた。


「でも、いつでも会えるよね?」


「もちろんさ。」イーサンが優しく言った。


「私たちだって、母様だって、いつだってお前たちを見守ってくれている。大きくなったとしても、大切な子どもだからね。」



「そうね。

さて、そろそろ母様との食事よ。みんな行きましょうか。」


束の間の団欒は、温かな夕日と共に静かに続いていた。


四人の笑い声が風に乗って森の中に溶けていき、夏の終わりの穏やかなひとときを刻んでいた。


こうして、第三の年がもう暫くで終わろうとしている。




世界が、その物語を進めたがっていたことをまだ誰も知らなかった。

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