ハロウィン編

昼。もう随分と肌寒くなってきた季節。コツ、コツ、と空虚な刑務所に一定のリズムで足音が響く。彼はただ野暮用で出歩いているわけでは無く、定期的に行われる昼の問診を受けた帰りであった。そのまま自室と称された牢屋に戻ろうとしていたところ、自身の足音ではない、カランカランと固い物が転げ落ちる音が空虚に響いた。足音の主が音に注意を引かれ、その方向を辿ると、大量のガラクタを抱えた少女が物を落としていた。彼は自身の足元に転がってきた細く長い棒を拾い、少女の元へ歩み寄る。


「これは貴方のですか。あんじぇら」


「ンギャッ!!……な、なんだ。かふかふか」


少女、あんじぇらは驚いた拍子に、両手いっぱいに抱えていたガラクタを全て床に落とした。彼、カフカは驚かせてしまったことに対して堅苦しい謝罪をし、あんじぇらが落とした物をまた一つと拾い集めた。集め終わった物を見つめながらカフカはあんじぇらに問いかけた。


「これはまたいたずらに使用するのですか?」


過去にあんじぇらのいたずらで怪我人が出ていることから、カフカはあんじぇらのいたずらに対して警戒していた。そんなカフカのことなど露知らず、あんじぇらは自慢気に笑った。


「フッフッフッ。…これはいつもの罠ではない。こいつらは、"はろいん"に向けてつかうやつたちだ!」


「はろいん……?」


あんじぇらは手に持っていたガラクタを一度床に置いて、お化けの面が貼り付けられた被り物を顔の前に持っていき、「グオオ」とカフカに対し威嚇の真似事をした。カフカは依然としてあんじぇらを見つめている。


「とりくおあとりと!ってな、やるんだ」


そう言ってニヤニヤとあんじぇらは笑っている。


「とりくおあとりと。予測ですが、Trick or Treat、でしょうか」


「そうだ。とりくおあとりとするのが、はろいんだ」


「理解しました」


カフカは無愛想な顔であんじぇらを見つめ、「はろいん」というものを理解する。そのカフカの無愛想な顔を見つめながら、あんじぇらは顔をしかめた。カフカが何を考えているのかわからない。いつもならその事から近寄り難さを感じているあんじぇらだが、今日はそこから何か閃いたようだ。


「かふかふははろいんを知らないのか?」


「はい。カフカは"はろいん"と言うものを存じてはいません」


「フッフッフッ、ならこのあんじぇらが、かふかふにはろいんと言う物を教えてやろう。ついてこい!」


床に置いたガラクタを再度手にし、あんじぇらはカフカの前を歩く。カフカは言われるがまま、あんじぇらについていく。あんじぇらには案があった。この無愛想な顔で皆を怖がらせれば、きっとはろいんはうまくいく、と。


「いくぞ、わがしもべ!」



□□□



「たいりょーだ!きょうはうたげだ、わがしもべ」


あんじぇらは両手いっぱいに手に持ったおもちゃを満足そうに抱き締めている。あんじぇら一人では持ちきれないほどの量のため、カフカはあんじぇらが持つおもちゃよりも大きいものをいくつか抱えて後ろからついていく。


「くくく、やはり、作戦どおりだた。みな、かふかふの顔におどろいてひめいをあげた」


そうニヤニヤと笑みを浮かべながら、本日の成果に浸るあんじぇらの後ろ姿をカフカは黙ってみている。


「……」


結局、カフカはハロウィンというものがどういうものなのかをあんじぇらからはしっかりと理解は出来なかった。最初こそ、あんじぇらの簡易的な説明のみ理解したが、その後、第三者から、ハロウィンについて適切な説明を受けた。おそらくあんじぇらは、カフカにハロウィンというものをしっかりと教える、ということが目的ではなく、ハロウィンと称された今日という日をあんじぇらのやり方で過ごす、ということが目的なのだとカフカは判断した。そういう認識で、今日までこの小さな少女の後を着いていった。


「かふかふはどうだた。手ごたえ、あただろう」


「手応えというものを判断する基準がカフカにはわからないので、手応えがあったかどうかを答えることは出来ません」


「……おまえ、やぱ、よくわからないやつ」


あんじぇらの自室まで辿り着くと、あんじぇらはおもちゃを部屋の中央に置くようにカフカに指示した。カフカは指示通り、抱えたいくつかのおもちゃを中央に置いた。


「わがしもべ、ほうしゅーだ。好きなのひとつ、もていけ」


「カフカには必要ありません」


「ムッ……そうか」


あんじぇらは少しやりづらそうな顔をした。


「ではわがしもべ。きょうにて、しもべはおわり。おまえはきょうからかふかふだ」


「カフカは元からカフカです」


「ンガーー!!!」


カフカの話に混乱してきたのか、カフカの背中を押してあんじぇらは出ていくように示唆した。カフカはされるがままあんじぇらの自室から出た。あんじぇらはそのまま扉を閉めるかと思ったが、少しだけ顔を覗かせカフカを見つめ大口を開けた。


「かふかふ!たのしかた。かんしゃする。また、てつだえ」


バタンっ、と扉が閉まる音が空虚な刑務所に響く。三秒ほど扉を見つめた後、コツ、コツ、と一定のリズムで歩み、カフカも自室へと向かった。


★★★★★あんじぇら【とりくおあとりと!】

★★★★★カフカ【亡者のマリオネット】

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