第2話 午後三時三十分

 体感だが、もうじき30分は経つか。約束の時間までまだまだある。この幸せと興奮を楽しめるわけだ。そろそろ会社の定時は過ぎる頃か。でも彼女はまだ残業があると言っていたな。


 手に持っている冷えたシャンパンの瓶の温度が、妙に心地いい。


 …誰も私には目がいかないのか、全員が素通りする。よく見ると私以外にも待ち合わせをしている人物がちらほらと。わかる、わかるぞ、その気持ち。心待ちで大変だろう。


 こういう時は何かと妄想してしまうものだ。ナタリーさんは素晴らしい女性だから…他の男も…ほっとかない…か?


 ん?何だ?彼女を信じているだろう?彼女に限って約束を破るなど…。いや、だが、もしかしたら他の男に誘われ…。


 いやいや、彼女を信じなければ。疑ってはいけない。神に誓って。


 …しかし、同僚のジョンスが彼女に視線を送っていた気がする。確かにジョンスは良い奴だが、彼女に手を出すなら話は別だ。そもそも奴は既婚者じゃないか。


 不倫…いやいやいやいや、無い無い。少し疑念が湧いてしまった。


 昨晩は眠れなかったからな…。疲れが雑念を呼び寄せたのだろう。イカンイカン。


 今一度荷物を確認。シャンパン、ある。ネックレス…ない…?


 あれ?ネックレ…


 おお、そうだった。懐からカバンに移していたんだった。危ういところだ。落ち着け、ロレンス。凡ミスは許されんぞ。彼女を完璧にエスコートせねば。


 …しかし、もう仕事は終わってる頃だよな…。日も傾いてきた。会社からここまではそこまで離れてはいない。


 …彼女の身に何かあったのか…?…何かあったのか!?


 いやいや、落ち着けロレンス。彼女は必ず来てくれる。


 …大通りでの待ち合わせは失敗だったか?同僚に見つからないから良いかと思ったが、私を探しているのかもしれない。


 時計を見てみよう。6時…半?30分も遅れている…。本当に何かあったんじゃ…。


 まさか事故!?例えば、居眠り運転のトラックに巻き込まれたり、路面電車が人身事故を起こしたとか!?


 今日はクリスマス・イヴ。


 …まさかそれに合わせて、テロリストが彼女を人質に!?さすれば、スパイ容疑で秘密警察に連行されていたり…。


 落ち着け、そんな突拍子も無いことがあるもんか。


 彼女はいたって普通の一般女性。私にはもったいないほどのできた女性だ。心配することなど…?そうなると、彼女は私のことをどう捉えているのだろう…。


 本当に好意を持ってくれて…いるよな?そうでなければ待ち合わせなど…いや、でもわからんぞ。


 そもそも口約束だし今頃、私以外の皆でホームパーティでも…?


 …あり得るな…。


 そもそもまだ恋人じゃないんだし、二人きりで食事というのは、突飛すぎたか?適当にあしらわれたりは…。


 いーやいやいや、彼女を疑ってはいけない。


 そうなると問題があるのは…私か?確かに私は心配症で、現にあること無いこと考えたりしてるが。


 品行方正…いやいや、己のことを棚に上げるほど愚かなことは無い…。


 ならば、どうして…?


 考えれば考えるほど、心配がつのり雑念が湧いてくる。ここは一旦、冷静になるんだ、冷静になれロレンスよ。


 …ふー。深呼吸…深呼吸…深呼吸…深呼吸。…駄目だ、効果が無い。どうしよう…。

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