No.2【同じ死人】

午後2時37分。鉄パイプを握り続けた手に、鉄の匂いが、じわ、と染み続けている。道、とも言えないほど瓦礫や砂石が散らばった地面を踏みながら、荒廃した街を歩く。空虚な曇り空が、さほど冷たくもない風に寒気をもたらしている気がする。


「ちょっと!ねぇ、遅いわよ!早く、はやく!」


前を歩くチューリエが、3歩後ろを歩くリズの手を引く。「わ、」と一言言葉を漏らし、リズは引かれるがままチューリエの後ろについていく。前でリズの手を引きながら歩くチューリエは、左右キョロキョロと見回している。リズも、チューリエほど大袈裟にではないが、視線を彼方此方に動かしている。普段、二人でいれば絶え間なく続く口数が少ないのは、二人のバディとはぐれてしまったからである。


今日は刑務所から少し離れた場所の探索のため、リズとネイピア、チューリエとベアトリスの四人で探索に行くこととなった。探索は基本的に、消耗品や医療品、など、生活に必要な物を収集するために出向くものだ。その探索中、途中までは四人で行動していたものの、集団でいたアンデッドに襲撃されてしまったことをキッカケに、互いのバディとはぐれてしまったのだ。この二人で行動をすること自体は珍しくもないが、状況も状況、という訳で、二人とも少々言動に焦りがあった。特にチューリエは、主と称したベアトリスのことを崇拝しているため、先程から「主、」と独り言まで溢している。そのチューリエの様子を後ろから見ながら、リズも少しだけ口をすぼめた。


「(ネイピア、無事かしら……)」


ぼーっとしていたわけではないが、そのようなことを考えていたリズは、チューリエが足を止めたことに気付かず、背中にぶつかってしまう。


「もう、急に止まらないでくれる?」


「……誰かいる!」


「え?」


チューリエは後ろを向いて、リズにニコっと笑顔を見せて、「主たちかも」と言った。リズも笑顔で頷いて、二人で音がした路地裏の方へ駆け寄った。

入っていく前に、外から路地の様子を覗いたが、昼間とは思えないほど、そこに光は届いていなかった。ただ、奥でぐちゃぐちゃと何かが動いている音だけが聞こえる。訝しみながらも、チューリエは臆せずに「主?」と、音を鳴らす「何か」に声をかけた。その声に気が付いたのか、「何か」は動きを止めた。恐らく、此方の様子を確認している。リズとチューリエの姿を確認し終えたのか、「何か」はリズとチューリエの元へ歩み寄った。その姿が何者かはわからないが、確実に自分達の知っているバディではない、と確認できた二人は、一歩後ずさって、鉄パイプと釘バッドをその「何か」に向けた。


「……なんだ、ただの死人か、」


その「何か」は、そのような一言を口にした意識のある人間の男であった。チューリエとリズよりも遥かに大きいその男は、冷たい目で二人を見下ろしながら、素通りしていった。二人はてっきり野良アンデッドかと思ったが、男が言葉を発したことに気を取られていた。生存者だとするなら、連れて帰るべきだ。それに、キャシーが言っていた【グレイソン】、または【ニケ】にあたる人物かもしれない。リズは、フラフラと適当に歩いている男の背中に向かって声をかけた。


「ちょっと、あなた!生存者なの?名乗れるものがあるなら、教えてくれるかしら!」


そういうリズの声に反応したのか、男はゆっくりとこちらを振り向いた。少しだけ視線をよそに向けたあと、リズの目を見て口を開いた。


「君らと一緒だから、生存者じゃないし、僕には僕の帰る場所があるし、匿うとか考えてるなら結構。……それと、」


と、言葉を途中で止めて、リズよりも後ろの方に視線を向けた。


「そんなに大声出すと、アンデッドが来るぞ」


リズとチューリエは直ぐに背後を向いた。路地裏から姿を表したのか、すぐ近くにアンデッドの姿があった。不意を突かれたためか、アンデッドの爪がチューリエの右腕を引っ掻いた。痛みでチューリエは傷口を抑えながら一歩後ずさる。リズはチューリエの傷痕を見て、ギリ、と歯軋りをした後、チューリエから貰った鉄パイプで、アンデッドの頭を上から思い切り叩きつけた。頭部を損傷したアンデッドは、少しだけ動きがぎこちなくなった。弱ったところを逃がすまいと、チューリエは傷口を抑えた手をバッドのグリップに移動させ、強く握りしめ、そのまま遠心力に身を任せて、アンデッドを横から殴り付けた。力に圧されるまま倒れこんだアンデッドの凹んだ頭部を、チューリエはヒールで強く踏みつけ潰した。ぐちゃ、という音と青い鮮血が飛び散る。


「チューリエ!引っ掻かれたところ、大丈夫?」


リズが心配そうにそういうが、けろっとした様子のチューリエは「大したことない!」と言った。チューリエがそういうならそうなのだろう、とリズは思う。後、はっ、として、男がいたところを見たが、そこに既に男の姿は無かった。


「……何だったのかしら、あの人」


「ていうか!!アイツ、あたし達のこと、死人って言ったよね?死人って何よ!生意気な奴!」


「あ!それ、私も思ってたわ!初対面で言うセリフじゃないわ!本当に、失礼な人」


散々不満を互いで吐きあった後、チューリエは軽く首をかしげた。


「でも、ああ言ったってことは、あたし達がアンデッドだってこと、わかったってことだよね?」


チューリエの言葉に対し、んー、とリズも一緒に首をかしげた。


「……それに、私達と同じって……」


リズはそう言いかけたところで、何気無く見た路地裏の中に気になるものがあったのか、ゆっくりと歩み寄った。チューリエもリズの様子が気になり、「どうしたの?」と声をかけながら一緒に近付いた。気になるものを見つけたのか、リズは歩みを止めて、10秒ほど黙り込んだ。


「……ねぇ、チューリエ。……あの人、顔に血がついていなかった?」


リズは下を見つめながらそうチューリエに尋ねた。


「え?血?言われてみれば、ついてたかも?赤い…………」


リズが見つめていたものを、チューリエも見た。そこには、確かに、赤黒い液体でぐちゃぐちゃになった、"人間の死体"が転がっていた。


「…………え、嘘。ウソ!アイツ、もしかして、食べてたの!?じゃあ、あたし達と同じって、もしかして……!」


チューリエはリズが同じようにアイツの存在に気付いたと思い、そうリズに会話を持ちかけたが、リズは死体を見つめたまま、黙り込んでいた。


「…………リズ?」


「…………」


「リズ!」


「え?あぁ、ごめんなさい、聞いてなかったわ!何かしら?」


「だーかーら!アイツもあたし達と同じ、人工で出来たアンデッド何じゃないかって話!」


「私も思ってたわ!……人間を食べてしまうだなんて、きっと、すごくお腹が減っていたんだわ。本人がいなかったとは言え、さっきは少し酷いことを言ってしまったかしら」


「確かに、ちょっと言い過ぎちゃったかも……。でもアイツが生意気だったのは本当だし!それに、帰るところはあるって言ってたよね?心配しなくても大丈夫だよ」


「……それもそうね」


あんな男よりも早く二人を探さなくては。そう話したところで、路地の外から聞き慣れた声が此方に声をかけてきた。


「おや、可愛らしいお嬢さん二人がそんな暗い路地にいちゃあ、危ないですよ?この世の中、物騒ですからね、何が起きるか分かりませんよ」


「……!ネイピア!!」


リズの表情が、ぱっと明るくなる。いかにも怪しい、といった雰囲気を身に纏ったネイピアの後ろで、背格好からは想像出来ないほどおどおどとした様子の人物、ベアトリスが路地裏の中を焦った様子で覗いている。


「チューリエ、チューリエ……!いる、!?」


「主~~~~~ッッ!!!!!!!!!!!」


ベアトリスの姿を確認するやいなや、チューリエはリズとネイピアを素通りして勢いよくベアトリスの元に駆け寄って抱き着いた。勢い余ってしまったせいで、ベアトリスはそのまま後ろに倒れこんだ。チューリエは馬乗りになった状態で、「ごめん主!痛かった?」と心配していた。


「……っあ、あたしは、全然、……って、チューリエ、う、腕、……ケガッ、してる、!?チューリエこそ、……い、痛くない?大丈夫、……!?」


「あたしは全然大丈夫!主はケガない?」


「あっ、あたしは、全然……。ね、ネイの勘おかげで、アンデッドに遭遇しなかったんだ……」


「そっか!良かった~!!もう絶対はぐれないようにするからね!」


そういってチューリエはベアトリスに抱き着いた。道のど真ん中で横たわって抱き着かれることに満更じゃ無さそうな顔をするベアトリスの様子を、ネイピアは面白そうに見て笑っていた。リズも、チューリエほどではないが、ネイピアの元へ駆け寄ってぎゅっと抱き着いた。ベアトリスの方を見ていたネイピアは、少し驚いたのか「おっと、」と声を漏らしてリズの方を見た。リズは少しだけ、ネイピアの肩に顔を埋めて、背中をきゅっと力強く握った後、すぐにぱっと顔をあげて笑顔を見せた。


「ネイピア!良かった、無事だったのね!」


「リズさんも、無事で良かったです」


「そうだわ、ねぇ、聞いてほしいことがあるの」


「ほう、何かありましたか?」


□□□□□


「え~……な、なんだその男…………。絶対そういう奴は……(自己中心的な奴だし、人を物扱いするようなゴミ男だし、その気になったら容赦なく暴力を奮ってくるDV野郎に決まってる)……んっんっ、何でもない」


「……なるほど……そんなことが……。一先ず、外で長話するのは危険ですし、必需品も、得れるものは得ました。一度刑務所に戻ってから話しませんか?キャシーさんにも報告しなければなりませんし」


「チューリエの、ケガを手当てしてあげたいし、あたしも、それでいいと思う……」


ネイピアとベアトリスがそう言うことに、リズとチューリエも賛成し、四人は一度探索を終えることにした。「もう絶対離さない!」と、ベアトリスの腕に両手を絡めるチューリエ。その二人の後ろをリズとネイピアが歩く。リズも、えいっ、とネイピアの腕にぎゅっと両手を絡めた。


「おや、チューリエさんの真似事ですか?」


「ふふ、そんなとこかしら」


変わらず、空虚な白い曇り空が四人に冷たい光を当てる。けれど、不思議と空気も風も冷たくないような気がした。両腕に抱いた温度をぎゅっと抱きながら、帰路につく。


□□□□□


「そう。そんなことが。……報告ありがとう。皆疲れたでしょう。今日はゆっくり休みなさい。それと、チューリエの手当てだけれど、ベアトリス。頼めるかしら?」


「あっ、そりゃ、もう、是非、是非……」


「ありがとう」


キャシーの指示に従い、四人は部屋を後にした。


「………まさか、××地区の周辺……とはね。……予想外な収穫だけれど、まさか鉢合わせてしまうなんて……。少し、あたしも焦ってるのかも。あの子達に無理させてしまったわ。反省ね」


キャシーは溜め息を吐いた。


「……今、何をしているのかしら」


「…………」

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