第11話 意地の悪い枝
明るい
握りコブシよりも小さな靴。
そのような平凡な少女の姿から妙に浮いて見えたのは、彼女の細首の横から生えた喉仏だった。尖った骨が内側から首を突いている。それが、ジャングルジムから転落して折れた首の骨である事はすぐに推察できた。
この写真の彼女は、事故死した少女Aだ。
……何故、こんな物がここに……。
写真の状態は
モウ一度、紙面の向こうにいる少女Aを凝視してみた。
……遺体の傍に転がっている、男児用と思しき橙色のシューズの
青く腫れた唇をなぞってみると、硬く鬱血している。人差指と親指を擦り合わせてみると、
そのまま二本指で口唇を開いて覗き込んでみると、頬の粘膜や舌、喉の奥にも血液が付着していない。少女Aの折れた首の骨は、あくまで出血をさせるに至らなかったようである……ともすれば、彼女は己の血で溺れたワケではない……やはり転落による即死だろうか……しかし、即死である遺体がこのように呪詛を吐き散らかすような目つきをしているだろうか……。
少女Aの臍を触ってみると、これもまた同じように湿っている。そうして少女の
私は、少女のスカートを――。
「
明石さんが私を呼んだ。
いつの間にか、写真の様相は紙面から完全に
「このような写真が何故ここにあるのでしょう。こんな児童の死体をカメラに映すような不謹慎な真似を、誰が……」
こんなものは、ヒトの尊厳を辱めるような行為だ。
一体誰がこのような事をしたのか。
そのような苛立ちが語気に表れている。
「分かり切った事だ」
そう吐き捨てた。
警察や一般人、ヒトという種の諸々をひっくるめて愚弄する愉快犯罪の、ドンドンのドンガラガンにいるのは、あの
しかし、どうにも不自然な事がある。
「名簿によれば当時、猪去は七歳だったらしい。カメラや携帯電話なんて高価なものは持っていない筈。だのに、これは明らかに当時の、少女Aが亡くなった直後に撮影された写真だ。……彼より一回りも二回りも歳が離れた大人が手を貸さない限り、撮影はおろか現像すらままならなかっただろう。つまり、彼には他の共犯者がいるという事になる」
「ハア。他の共犯者ですか。大人の……」明石さんが眉を
陽暮れが早い。懐中電灯は栃君が持っている。
中庭の傍には、各寮の子供たちが、直ぐに遊びに出て行かれるよう三つ全ての寮部屋が立ち並んでいた。ここからであれば態々、あの毛むくじゃらの男が今も徘徊しているとも知らん廊下を渡らずとも、真っすぐにパンダ組の寮へと入る事が出来た。
冷然と玉敷かれた二段寝台の光景を目の当たりにした明石さんは、何を思うのだろう。これではまるで水子や捨子の無縁仏ではないかと、遣る瀬なく思うのだろうか。
ナニ、仕方がない。いくらキリンやゾウ、パンダだのと可愛らしい横文字で組分けしたところで、児童養護施設とは、取りも直さず親に捨てられた子供らの収容所に過ぎず、そこいらで野垂れ死んでお国の風紀を乱さぬよう、亡骸や糞尿を掬い上げるよう、用意された虫かごに過ぎないのだ。孤児とは、小麦粉を
幼少期の猪去。彼の初期の人格形成が、この寮を中心に行われた。四件の殺人を犯すという常軌を逸した生涯の起点がここから始まったのである。
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