第二部

第40話 妹の消息を耳にした

サビア伯爵領内に入った騎士団は、収穫の終わった畑をぬけ、市街地へと向かう。


白壁に赤屋根「カサ・ブランカ様式」の家が立ち並ぶメインストリートは、花や布で飾られ、騎士団の凱旋を盛大に出迎えてくれた。


歓声が響き渡る沿道には、笑顔の領民たちがあふれ、バルコニーからまかれる花びらが無数に舞い飛んで、勝利の凱旋を祝ってくれる。



「戦勝、おめでとうございま~す!!」


「伯爵様~っ! 初陣のご勝利、おめでとうございま~す!!」



サビア伯爵領の領民たちは、わたしを「伯爵様」と呼ぶ。


わたしは、礼容にかなう微笑で領民たちの歓声にこたえ、手を振りながら馬をゆったりと進めた。


そして、領民たちの歓声には、別のお祝いもまじる。



「伯爵様~っ! ご婚約おめでとうございま~すっ!!」


「アルフォンソ殿下と、お幸せに~っ!」



わたしとアルフォンソ殿下の結婚を認める詔勅が発せられたことは、すでにサビアにも伝えられている。


初入城のドレスは、コーラルピンク。出兵で身に着けた鎧が放つ金属光沢は、ピーチピンク。


そんなわたしの戦勝と婚約を祝うために、色とりどりのピンク色をした布が、すべての窓で風に揺れていた。


微笑を浮かべて手を振るわたしに、ベアトリスが馬を寄せた。



「マダレナ、すっかりピンクの姫様ね」


「そうみたいね」


「……ピンク伯爵」


「……うくっ」


「……ピンク妃殿下」


「くぷっ。……やめなさい、ベアトリス。民に向けた微笑を絶やせないときに、卑怯ですよ」



ピンクはわたしの色ではないけど、わたしとアルフォンソ殿下の色だ。


わたしに似合うピンクを、はじめて見付けてくださったお方。


遠く離れていたのに、絶対に似合わないと思っていたコーラルピンクのドレスを、わたしに着せてくださった。



――これが、わたし!?



と、いまでも思うことがある。


賑やかなサビアの市街地全体が、わたしに向けたアルフォンソ殿下のふかい愛情で染まったみたいに、



わたしたちの婚約を祝ってくれていた。



そして、騎士団の隊列は、白と金とで統一された〈ひまわり城〉へと入城する。


まずは庭園で、凱旋式が厳かに開かれた。



帝国で唯一、領民を上座に置く儀礼。



年代別の領民代表が立ち並び、わたしは領主として拝礼を捧げる。


3つか4つの女の子が、まだちいさな手でパッと土をまいた。


領民の代表たちは、騎士団の持ち帰った戦地の土を、城の庭園にまいてゆく。


大陸のすべてが平らかならんと、尊い誓いを立てられた初代皇帝陛下のはじめられた、騎士団凱旋の儀礼。



――これでいいの?



と、ふり返る女の子に、わかい母親が柔らかに微笑んだ。



「上手にできたねぇ~。これできっと、もっと平和な世の中になるわね」


「ふふっ。……ほんとう?」


「ええ、ほんとうよ。キレイなお花が咲いて、みんなの心が平和になるの。そしたら、みんな喧嘩なんかやめちゃうのよ?」



混ざった土は、ひとつの花を咲かせる。


ながく続いた戦乱期、この儀礼が民の心をどれだけ癒したことだろう。


民の心を大切にする、もっとも〈太陽帝国〉らしい儀礼。


初代陛下がつくられた激烈なまでに優しい儀礼に、胸を熱くしてしまう。


帝都にある皇宮の〈陛下の庭園〉には、大陸各地すべての土が混じりあっている。



――どれほど美しい花を咲かせているのか、はやくこの目で見てみたい。



そのとき、感激するわたしの隣にはアルフォンソ殿下がいらっしゃって、きっとふたりで微笑みあって……。


と、ほほをすこし、赤くした。



   Ψ



ステンドグラス越しに色鮮やかな陽光が降り注ぐ、わたしの執務室に入った。


代官のエステバンは統治の状況についてひと通り報告し終えると、そのいかつい顔に優しげな微笑みを浮かべた。



「マダレナ閣下。アルフォンソ殿下とのご婚約、まことにおめでとうございます」


「ありがとう、エステバン。きっとあなたも、わたしの知らないところで、いろいろと骨折りしてくれたのでしょう?」


「いえいえ。なんのことやら」



知っていて知らぬふりをするのも、貴族社会の作法だ。


わたしも、それ以上には言葉を重ねず、黙って微笑み、かるく頭をさげた。


と、エステバンの視線がわたしの後ろに向いた。



「……そちらの女性は?」


「ああ、紹介が遅れました。わたしの新しい侍女、ルウ・カランコロンです」


「……カランコロン」



もちろん偽名だ。



「事情により、わたしがお預かりすることになりましたが、ルウはとある貴族のご令嬢……。肌が弱く日の光を避けるため、フードの使用を許しています」


「ルウとお呼びください」



と、まぶかにフードを被った頭をちょこんと下げたのは、もちろん白騎士ルシア・カルデロンさんだ。


壮絶な戦闘力を持つ、白騎士様。


そのままのお姿では、周囲の者を驚かせ怯えさせてしまう。



「どうして〈大聖女の涙〉は、私たちの心まで兵器にしてはくれないのでしょうね?」



と、困ったように笑うルシアさんを、わたしは思わず抱き締めてしまった。



「わたしの側で良かったら、いつまでもいてくださっていいんですよ?」


「……ほんとですか?」


「ほんとです、……ほんとう」


「嬉しいです……。でも、マダレナ閣下。……ひとつお願いがあります」


「なんですか? なんでも言ってくださいね」


「私に遠慮することなく、いっぱい恋して、いっぱい愛して、そして、私にいっぱい話して聞かせてくださいね。……〈恋だの愛だの〉がキライな女子なんていないんですから」


「はいっ! わかりました!」



元気よく応えるわたしに、はにかんだように微笑んだルシアさん。


ベアトリスが、とっておきのフードをかぶせてくれた。



「カランコロンって……」


「なによ?」


「潰滅的にセンスがないわね」


「……ベア、なにか根に持ってる?」


「別にぃ~~~~」


「ふふっ。私は嬉しいです。マダレナ閣下のつけてくださったお名前。……大切にしますね」



そして、3人でサビアの街に繰り出す。


わたしと騎士団の凱旋を祝う祝祭は、秋の収穫祭とあわせて盛大にひらかれていた。



   Ψ



「あっ! ……アレじゃない?」


「え? どれ?」


「あの、ほら……。金髪がツンツンしてて、小柄な、ちょっと吊り目で、八重歯の……」


「ああっ!」


「年齢的にも、たぶん間違いないわよ」



祭りで賑やかなサビア市街。


こっそり裏道に入って、風呂屋の裏手に回り込んだわたしたち。


わたしの美少女侍女フリアから聞き出していた、幼馴染の婚約者を、


女3人、こっそりのぞきに来たのだ。


まだフリアとは会えてないルシアさんも、微笑みながら少年を見ている。



「さっ。バレたらフリアに怒られちゃう。気付かれないうちに、祭りに戻りましょ」



と、ニマニマしながら賑やかなメインストリートに、そそくさと戻る。


甘いお菓子をほおばったり、焼きとうもろこしにかぶりついたり。


領民たちと一緒になって、騎士団の凱旋と秋の恵みを祝う。


ルシアさんも楽しそうでなによりだ。



「はぁ~、実際に見るのは初めてだけど、壮観なものねぇ~」


「伝統的な技法に、マダレナ閣下よりご教示いただいた最新の技術を加え、今年はさらに生産量を増やせそうです」



と、代官のエステバンに、ひまわり油を圧搾する作業場を案内してもらったりもする。


いくつもならぶ大きな鉄鍋の間を、ベアトリスとルシアさんと感心しながら歩いて回った。


職人から説明を受け、搾りたてのひまわり油の香りを楽しませてもらう。


これも職人たちからすれば「栄誉を受けた」ことになる、領主として大切な役目のひとつだ。



「メイク落としに使えば、お肌をしっとりと保ちながら、きれいに落とすこともできて愛用する女性も多いのです」


「あら、それはいいわねぇ」


「髪に使っても、潤いと自然なツヤがでるのでございますよ?」



献上してもらったもの以外にも買い求め、エンカンターダスでわたしの帰りを待つ代官ナディアとフリア、そして学都のビビアナ教授へのお土産にした。


きれいな瓶に詰めてもらったひまわり油は、キラキラと光り輝いている。


しばらくしたら、



――妃殿下御用達のひまわり油!



と、店先にかかるであろう看板を想像して、ゆるみそうになる頬を引き締めた。



   Ψ



数日のサビア滞在中も、毎日アルフォンソ殿下から手紙が届く。


もうわたしたちの関係は公のものになったし、誰に憚ることもなく私信を交し合える。


皇家にある方だけが使える、虹色に輝くインク。殿下の柔らかな文字。


礼容からは外れるのだけど、ベッドの中に持ち込んで、ひとりでじっくり眺めて過ごす至福の時間。



――愛するマダレナへ。



で始まり、



――愛してるよ、マダレナ。



で締めくくられるお手紙。


まだ帝都に向けて進軍中の殿下が、今日起きたことを毎日、こと細かに書き送ってくださる。


わたしより先に出発した殿下の進軍はサビアにも立ち寄っていて、ひまわりの種を買い求めてくださっていた。



――皇宮にある〈陛下の庭園〉に、サビアのひまわりを咲かせようと思うんだ。



と、殿下の文字が照れたようにおどっている。


立ち寄る地域地域の領民たちとも触れ合われるアルフォンソ殿下が、もしも本当に皇帝陛下に即位されたなら、


威厳で民をひれ伏させるのではなく、あまねく民から愛される皇帝になられるのかもしれない。



――キャ~。そのとき、わたしは皇后陛下!? キャ~。



という顔は、さすがにベアトリスにもルシアさんにも見られたくない。


ベッドでひとり身悶えする。


帝国が大陸の覇権を握って長いとはいえ、それよりもさらに長かった戦乱期を真に終わらせるのは、アルフォンソ殿下のような方が帝位に就かれたときなのかもしれない。


わたしは、そんなアルフォンソ殿下と温かい家庭を築いて、その治政をお支えするのだ。


想像するだけで、胸が温かいものでいっぱいに満たされてしまう。


ふたりで暮らし始めるのが、待ち遠しくて待ち遠しくて、たまらなかった――。



   Ψ



サビアを発ち、戻ったエンカンターダスでも、盛大な歓迎を受けた。


凱旋式では領民たちが、故国ネヴィスの土を庭園にまく。


庭園――、


妹パトリシアが、


靴音を踏み鳴らした庭園。


王国はなくなってしまったけど、ネヴィスの土や民までなくなった訳ではない。


半分はわたしの領地になった。


大変な名誉で晴れがましい出来事だ。


だけど、決して嬉しいばかりではない。


湧き上がる様々な気持ち。


混じり合うことなく、まるでマーブル模様のようにわたしの中でうず巻く。


美しい庭園にある方形の人工池が鏡のように映し出すわたしは、ピーチピンクの金属光沢を放つ艶やかな鎧姿。


我ながら端正で凛々しく、美しい。


だけどもう、この鎧を身に着けるようなことは起きないでほしい。


わたしを高みへと誘なうきっかけをつくってくれた地、エンカンターダス。


故国ネヴィスの土と混じり合い、太陽の恵みをいっぱいに受け止めて、ひとつの美しい花を咲かせてくれるに違いない。


まだ見ぬその花を、心の中に咲かせるだけで、すこし気持ちが和らぐ気がした。



やはり、この儀礼を考え出された初代皇帝陛下は天才だ。



   Ψ



自室に戻ったわたしは、久しぶりに会えたフリアをねぎらった。



「侍女フリア。城の護り、ご苦労でした。凱旋の出迎えもまことに素晴らしいものでした」



ひとり城に残り、多くのメイドたちを取り仕切ってエンカンターダスの主城を護ってくれたフリア。


照れくさそうにほほを赤くして、お人形さんのように愛らしい、片手でひろげる侍女のカーテシーでわたしに応えてくれた。



「あ、あの……、マダレナ閣下。アルフォンソ殿下とのご婚約、おめでとうございます」


「ありがとう、フリア。……出兵の直前には驚かせちゃって、あの時は悪かったわね」


「いえいえ、とんでもない! ……すごい方にお仕えすることが出来たんだなぁって、夢の中にいるみたいでした!」


「ふふっ。フリアも? わたしもなの」


「……え?」


「帝国第2皇子であられるアルフォンソ殿下と結婚だなんて、わたしだって夢の中にいるみたいなのよ?」



超絶美少女フリアと微笑み合い、天使の微笑に心を撃ち抜かれ、


それから〈新人侍女ルウ・カランコロン〉こと、白騎士ルシアさんに引き合わせた。


フードで顔を覆ったルシアさんが、わたしの耳元に口を寄せる。



「こ、こちらが照れてしまいそうな美少女ですね……」


「でしょ~?」


「お話には聞いてましたけど、これほどとは……」



あれこれ悩んだのだけど、当面の間、フリアにルシアさんの正体は伝えないことにした。



「ルウは肌が弱くて、いつもフードを被っているけど、それ以外は普通の女の子だから。フリアにできた初めての後輩だし、よくしてあげてね」


「は、はいっ!! ……でも、貴族のご令嬢に私なんかが……」


「フリアなら大丈夫よ。いろいろ教えてあげてね」



もし、フリアが怯えの色を見せてしまったら、ルシアさんを傷付けてしまうかもしれないし、


フリアもそれに気が付かない娘じゃない。


隠し事をしてるようではあるけど、みんなが楽しく暮らせるなら、それにこしたことはない。


そして、エンカンターダスも秋の収穫祭だ。


フリアもくわえた女4人で、ウキウキと市街地に繰り出した。


そこでわたしは思いがけず、


逃亡した妹、パトリシアの消息を耳にすることになった――。

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