第33話 おなじところにいるんだね

みじかい時間で、ベアトリスが相当に調べてくれたのだけど、皇子殿下、皇女殿下にご臨席賜る午餐会に侍女が同席した先例は見つからなかった。


当然といえば、当然なのだけど……。



「……わ、私、……な、なに着たらいいんだろ?」



というベアトリスと一瞬あたまを悩ませ、ドレスに着替えるように、わたしが命じた。



「い、いいのかしら……?」


「う~ん。……女性がみんなドレスを着てる席に、ひとりだけ侍女のメイド服はやっぱり変だと思う」


「……そ、そうよね」


「わたしが命じたんだから、わたしの責任。どうやったってベアの居心地は悪いんだから、覚悟決めてドレス着てよ」


「うっうっ……、マダレナが同席を願い出たくせに……」


「ごめんてば。……だって、両殿下をわたしひとりでもてなすなんて、荷が重いんだもの」


「……ルシアさんだっているのに」


「ルシアさんだって、どちらかと言えば本来〈あちら側〉でしょ?」


「うっうっ……、逃げたい」


「わたしとは一連托生って言ってくれてたじゃない? はいはい! さっさと着替える! 両殿下が到着されちゃうわよ!?」



と、ベアトリスと一緒の間はいつもの調子も出せるわたしだったけど、部屋でひとりになると、またフワフワのポワポワになって迎えた午餐会。


お父君が帝国伯爵に叙爵されることを告げられ、ベアトリスのドレス姿は場にも身分にも相応しいものになった。


そして、ロレーナ殿下が感心したような声をあげられる。



「ルシアのドレス姿、初めて見たがよく似合ってるじゃないか!」


「えへへ……。マダレナ閣下とベアトリス殿に友情の証だって、仕立てていただいたんです。……ほんとに似合ってます?」


「ああ、バッチリだ!」



約束の街あるきだけではわたしの気が済まず、ルシアさんとベアトリスにドレスを贈った。


パトリシアの起こした軍事クーデターを、ほぼ一滴の血も流さずに鎮圧できたのは、確実にルシアさんのおかげだ。


〈ほぼ〉というのも、爆風で吹き飛ばしたときに、擦り剥いた王国騎士くらいはいるかもしれない、というだけのこと。


みずから鎧を着込んで従軍してくれたベアトリスと一緒に、せめてものお礼をさせてもらいたかったのだ。


そしてそれは、今日という日に華を添えてくれることになった。



「白騎士にドレスという発想はなかった。これはマダレナに一本とられてしまいましたね、兄上!」


「ほんとうだ。よく似合ってるね」



と微笑みあう、ご兄妹。


ルシアさんのことを、ほんとうに大切に想われていることが、あたたかく伝わってくる。


ただ、



――ロレーナ殿下は、午餐会でも騎士服なのね。



ということに、わたしも一本とられていた。


ロレーナ殿下が、白騎士ルシアさんに寄り添うお心をこめて選ばれた騎士服姿。


だけど、もし、ベアトリスが侍女のメイド服で座っていたら、アルフォンソ殿下を囲む女性たちのバリエーションが豊かになり過ぎるところだった。


もとは王太后陛下の離宮だった、わたしの王都屋敷。


貴賓室は、もちろん華やかで煌びやか。


水晶のシャンデリアが輝き、選び抜かれた調度品は豪華で気品が感じられる。


そのお部屋を、ひどく奇妙なことにしてしまうところだった。危ない。



――だけど、ロレーナ殿下って……、舞踏会ではどうされてるんだろ? 騎士服で女性パートを踊られてるのかしら?



と、内心、首をひねれるくらいには気持ちが落ち着いてきた頃、


そのロレーナ殿下が、わたしに顔を向けられた。



「マダレナ。ついでだから私のエンカンターダス侯爵位も、もらってくれ」


「つ、ついで……」


「ああ、そうだ。持ってて邪魔になるものでもあるまい?」


「あ、ありがとうございます……」


「ネヴィス王国で起きた不埒な軍事クーデター。それを電光石火で鎮圧し名を上げた英雄マダレナ閣下に、代理侯爵を任せていた私がなにも報いないのでは、私の名を落としてしまう」


「……え、英雄?」


「そうだ! 皇帝陛下も思わず帝国公爵に叙爵せずにはいられない、当代きっての大英雄だ!」


「そ、そんな……、恐れ多いことです」


「代理侯爵に任じるまでは、われら兄妹の計らいがあったが、あそこで果断な出兵に踏み切ったはマダレナ自身の功。……最後は自ら昇り詰めたな、マダレナ」



ロレーナ殿下はそう褒めてくださるけど、わたしの知る限り〈帝国公爵〉への叙爵は、功績に対して褒賞が大き過ぎる。


最初は〈侯爵〉と、聞き間違えたのかと思ったほどだ。


王太后陛下の兄君、第2皇后派の首魁にして帝政を壟断する実力者――、グティエレス公爵閣下と、爵位においては並ぶのだ。


そこに、アルフォンソ殿下のお計らいがなかったとは思えない。


ロレーナ殿下は、わたしを自らの代理人、代理侯爵に任じられていた。自身の手駒を依怙贔屓している、と憶測を呼ぶような動きは控えられたはず。


そして、アルフォンソ殿下はやさしく、わたしにこう語りかけている。



――もし、ボクの求婚を受け入れてくれなくても、マダレナの不利になるようなことはしないよ。



すでに皇帝陛下の詔勅が発せられている、わたしの叙爵が覆ることはない。


帝国公爵位と引き換えに、結婚を迫られているわけではない。


むしろ、その逆。


わたしが求婚を断っても、殿下の『想い人』であることに変わりはない。


そうなっても刺客を送られたりすることがないようにと、護ってくださっているのだ。



「おっ! このエッグタルトも絶品だな!? パイ生地はサクサクで、カスタードクリームが濃厚だ! それにシナモンシュガーとの相性が抜群じゃないか!?」



と、ロレーナ殿下が喜声をあげてくださり午餐を終えると、


わたしは静かに、アルフォンソ殿下のサファイアのような瞳を見詰めた。



「アルフォンソ殿下。わたしは、殿下のお話を……、お気持ちをお聞きせねばなりません」


「……聞いてくれるのかい?」


「ええ。ここに至るまで、ながい〈手順〉を踏んでまで示していただいたアルフォンソ殿下のご好意」


「う、うん……」


「また、ロレーナ殿下、白騎士ルシア様、そしてエレオノラ王太后陛下……。みな様が温かく見守られ、アルフォンソ殿下の想いを叶えようと心を砕かれ、わたしを考えたこともなかった高みにまで引き上げてくださいました」


「……うん」


「言葉では語り尽くせぬほどの大恩に、深く感謝申し上げるとともに、わたしには殿下のお話を聞く責務がございます」



そっと、ベアトリスが席をはずそうとした。


けれども、アルフォンソ殿下が手をあげ、やわらかくベアトリスを制する。



「……ベアトリス。キミにもいてほしいんだ」


「え? ですが……」


「いいんだ。マダレナの親友であり側近でもあるベアトリス。キミもマダレナと一緒にボクの話を聞いて、もしボクがマダレナに相応しくないと思ったら、遠慮なくマダレナを止めてあげてほしい」


「……そ、それは」


「お願いしたいんだけど、ダメかな?」


「……しょ、承知いたしました」



ベアトリスがふたたび席に腰を降ろすと、アルフォンソ殿下はわたしを見詰めた。



「ありがとう、マダレナ。ボクにこんな機会をくれて。夢の中にいるみたいだよ」


「……殿下。それはさすがに、わたしのセリフにございます」


「あれ、そう?」


「そうです」


「ふふっ。じゃあ、ボクたち、おなじところにいるんだね」


「……そういうことになりますわね、殿下」


「嗚呼……、三日三晩でも語りつづけられそうな気分だよ」


「ええ、殿下。ご遠慮なく。わたしは、すべてを聞かせていただきたいのですわ……」


「すべて……」


「ええ、殿下の想いをすべて、お聞かせくださいませんか? マダレナに」


「うん……、分かったよ……」



と、ほほを赤く染められたアルフォンソ殿下はかるく息を吸い込まれ、


ゆっくりと、そして、やわらかでわたしを包み込むような声で、その想いを語り始めてくださった――。

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