第32話 わたしたちの午餐会がはじまった
気付けば午餐会の席についていた。
入口ホールにお出迎えに出て、アルフォンソ殿下から、
「マダレナ。会うのは2度目だね」
と、やわらかなお声をかけていただいたのは覚えている。
そう。まだ直接お目にかかるのは2回目だ。
昨年の春、学院の卒業式で来賓にみえられた殿下と初めてお会いしてから、約1年と少し。
わたしの卒業論文の発表を聞いていただき、慣例に反して直接のお声掛けをいただいたときとおなじ、
やわらかなお声を、わたしはもう一度聞くことができた。
わたしの王都屋敷。
目の前には、柔和な笑みを浮かべられた、端正なお顔立ち。
澄んだ碧い瞳から放たれる眼差しはあたたかで、まるで春の陽光みたい。
ながく伸ばされたハニーブロンドの髪は金糸を束ねたようで、うしろで軽くとめられている。
太陽皇家にあることを示す金環の紋章が胸元で燦然とかがやき、スラリとした長身にさりげない刺繍のほどこされたフロックがよくお似合い。
首元は繊細なレースのクラヴァットが品良く飾り、生まれもってのエレガントさを引き立てている。
貴賓室へとご案内させていただき、妹君のロレーナ殿下が口をひらかれ、
――あ、いたんだ。
と、思ったのは、生涯の秘密だ。
ロレーナ殿下は控えていたベアトリスを近くに呼ばれ、両殿下への名乗りを許す栄誉をお与えになられた。
「はっは。午餐をともにするのに、名を知らんではお互いつまらんからな」
感無量といった表情のベアトリスに、アルフォンソ殿下も親しげな笑みを浮かべてくださる。
そして、アルフォンソ殿下の口からさらなる驚きが、わたしとベアトリスにもたらされた。
「ベアトリス。ロレーナの奔走で、お父君のロシャ=ネヴィス伯爵の、帝国伯爵への叙爵が決まったよ」
呆気にとられるわたしとベアトリスに、ロレーナ殿下の快活な笑い声が重なった。
「はははっ。私の口から伝えたかったのに、兄上にとられてしまった」
「それは、ごめん。ロレーナが頑張ったのに、悪いことをしてしまった。いい報せをはやく教えたくて、気持ちが先走ってしまった」
「兄上らしいことです。……ベアトリス」
「ははっ……」
と、宙に浮いたような声で応える、ベアトリス。
ロレーナ殿下は膝を折られ、その肩に手を置かれた。
「此度の変事に際し、みずから馬を駆り一報をもたらしてくれたお父君の功績は甚大。陛下もたいそうお喜びであられた。お父君の働きなかりせば、マダレナの功績もなかった。胸を張って叙爵を受けられるようにと伝えてくれ」
「……ははっ、光栄の限りにございます」
「と、いうわけで、ベアトリスも晴れて帝国伯爵令嬢だ!」
「……えっ?」
「伝達はフライング気味だが、気にするな! これで誰はばかることなく、われら兄妹と午餐の席を囲んでくれ!」
と、ロレーナ殿下はニッと、悪戯っ子のような笑顔をわたしにお向けくださった。
この帝国皇女らしからぬ〈お転婆姫〉は、わたしが書簡で伝えていたことをちゃんと覚えてくださっていたのだ。
ベアトリスが恋仲にある、騎士団長にして〈庭園の騎士〉フェデリコと結ばれるため、身分の差に悩んでいたことを。
そして、属国で起きた軍事政変という緊急事態にもそれを忘れず、むしろそれを機会にわたしの願いを叶えてくださった。
さらには、アルフォンソ殿下のやさしい眼差しが、胸を熱くしているわたしを包み込む。
――わたしは、この方に知られている。
そう安心させてくれる、あたたかな空気をいっぱいに、ベアトリスのことを一緒に喜んでくださっていた。
アルフォンソ殿下は、すでによくご存知なのだ。
わたしが、自分自身よりもベアトリスやフリアが褒められたり幸せになることに、胸を熱くしてしまう人間だということを。
「さあ! 午餐をいただこう! ネヴィスではアヒル料理が名物なんだそうじゃないか!? 今日は出してもらえるのか?」
「え、ええ……、ロレーナ殿下。塩漬けにしたアヒルをコンフィにしたものをお出しいたしますわ。……だったわよね、ベア?」
「は、はい。……ア、アヒルのレバーのパテもございます」
「それは楽しみだ! さ、兄上! はやく席におつき下さい。兄上が座らねば、みなが席につけませんぞ!?」
と、騎士服を翻したロレーナ殿下が、兄君アルフォンソ殿下の背中を押すようにして座らせ、
白騎士のルシアさんも交えた、わたしたちの午餐会がはじまった――。
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