第34話 そのひと言だけは待たせていただきます
わたしは自分の身に起きたこの場面を、一生涯、忘れることはないだろう――。
「嗚呼……、三日三晩でも語りつづけられそうな気分だよ」
「ええ、殿下。ご遠慮なく。わたしは、すべてを聞かせていただきたいのですわ……」
「すべて……」
「ええ、殿下の想いをすべて、お聞かせくださいませんか? マダレナに」
「うん……、分かったよ……」
Ψ
六日六晩、語られた。
胸がキュンキュンし、顔を真っ赤にしたのは最初の4時間だ。
いや。わたしがいくら〈うら若き乙女〉だからといって、4時間もキュンキュンさせたアルフォンソ殿下の深い愛情を褒め称えるべきか……。
1時間後にはロレーナ殿下が席を立たれ、ベアトリスは2日目にリタイア。
ルシアさんにいたっては、いついなくなったのか分からないので、白騎士としての能力を使われたのだろう。
帝国の最高戦力だけが持つ、壮絶な能力の使いどころとしてどうか。
アルフォンソ殿下の目が真っ赤なのは、感動や感激のせいではない。
睡眠不足だ。
しかし、いまだ「そのお話は、さきほどもおうかがいいたしましたわ」という箇所が出てこない。
才媛マダレナ。記憶力には自信がある。
呆れるほどの愛情を、惜しみなくわたしへと語り続けられている。
才媛マダレナが解説しよう。
6日ぶっ通しで口説かれつづけるとは、
1日約24分、毎日、1年間口説きつづけられるのに相当する時間なのだ。
自分でも自分のテンションが分からない。
わたしは若い、といっても〈6徹〉など初めての経験だ。
3日目にはメイド服姿に着替えたベアトリスが、パンやチーズの軽食を差し入れてくれるようになり、
4日目からはお互い別室での沐浴をはさむようになった。
だけど、アルフォンソ殿下の愛情は止まらない。
「マダレナの高貴で気品ある立ち姿、神秘的ともいえる知性、それが永遠であるようにと願いを込めて〈オルキデア〉の姓を贈るように、エレオノラ大叔母様にお願いしたんだよ」
「まあ、オルキデアの姓を賜ったのも、殿下の思し召しでしたのね……」
「……マダレナはオルキデア――蘭のように気高く美しく賢い、……からね」
とまあ、ずっと新鮮に口説き続けらている。
正直なことを言えば、まだまだわたしも、新鮮にキュンキュンさせられている。
6日も寝てないのにツヤッツヤの肌に、
――やっぱり、あの秘湯は観光地として開発すべきね。
とか、自分の思考をすこし逸らしでもしないと、キュン死させられそうな勢いだ。
だけど、わたしも帝国貴族の端くれ。
皇家にあるアルフォンソ殿下のご体調を、気にかけなくてはならない立場だ。
6日目の空が茜色に染まり始めた頃、
「はぁ~~~~~~~~~~~~っ!」
と、殿下がもう何度目だか分からない、あふれ出る愛情に突き上げられたような、長いため息を吐かれた瞬間を見計らって、手をあげた。
「……アルフォンソ殿下」
「なんだい、マダレナ?」
「よ、要約いたします」
「え? 嬉しいな」
「……殿下は、わたしの顔が好き」
「うんうん、そう!」
「声が好き」
「そう!」
「瞳が好き」
「知性あふれる眼差しもね!」
「はい。……やや重複しますが、賢いところが好き」
「そう!」
「考え方が好き」
「それは要約し過ぎだよ~」
「……失礼しました。自分より他人の幸せを喜ぶところが好き」
「うん、そうそれ!」
「気の強いところが好き」
「う~ん……」
「……なんでしょう?」
「気高くて凛としてるところ……、でも、本当はすごく可愛らしくてチャーミングで……」
「……ありがとうございます」
「ううん! だって、マダレナは……」
「要するに、ぜんぶ好き」
「はぁ~~~~っ。さすが、マダレナ。なんて見事な要約なんだ。あの見事な卒業論文の発表に、聞き惚れていたときのようだ」
「……お褒めにあずかり光栄ですわ、殿下」
「ボクの想いを、見事に語り切ってくれた」
妹君のロレーナ殿下は〈ポワンとした〉と言い表され、白騎士ルシアさんは〈鷹揚で懐の深い〉と仰り、わたしは頂戴した公式書簡のご真筆から想像を膨らませていた殿下のお人柄――、
アルフォンソ殿下は、そのままの方であられた。
素直で朗らか、天真爛漫にわたしへの無限の愛を振り向けてくださっている。
わたしの人生に、これほどまでにわたしを愛してくれる人はもう二度と現われないであろうし、6日というながい時間をかけて触れた殿下のお人柄に、わたしも魅了されていた。
わたしという月を照らす太陽が、アルフォンソ殿下ただおひとりであることは、既にわたしの中で揺るぎようがない。
そして、アルフォンソ殿下という月を照らす太陽もまた、わたしひとりなのだと信じられた。
「だからね……」
と、アルフォンソ殿下は、あらためて頬を赤く染められた。
「その……」
「殿下」
「あ、うん……」
「そのひと言だけは、さらに数日の時間を要したとしてもこのまま待たせていただきますわ」
「あ……、はい」
わたしは、気が強い。
でも、目のまえで恥じらうこの貴公子に、太陽帝国第2皇子に、そのことを隠す必要など微塵もないのだと心から信じられた。
そっと立ち上がり、殿下のひと言を待つ。
やがて、意を決された様子のアルフォンソ殿下も立ち上がられ、わたしを真っ直ぐに見詰めた。
「マ、マダレナ!」
「はい」
「ボクと結婚してほしい!!」
「はい、殿下。喜んで」
かくしてわたしは、ながいながい〈手順〉を踏んで、口説き落された。
最終コーナーを曲がってからの直線が、さすがに長すぎたけど、わたしに向けられている愛情の深さに比べれば短いくらいだったのかもしれない。
アルフォンソ殿下が、スッと一歩、わたしに歩み寄る。
「……抱き締めても?」
「ええ、ぜひ」
伸ばされた手が腰のうしろに回り、わたしも身体を殿下の胸のなかへと預けてゆく。
アルフォンソ殿下の、あたたかい胸のなか。
生まれたときから、この中にいたのではないかと錯覚するような安心感に、わたしは包まれた。
「……キスしても?」
「殿下」
「な、なに……?」
「わたしも初めての経験ですが……、そういうのは、黙ってやるものではないでしょうか?」
「さすが、マダレナ」
「気が強い」
至近の距離にあるアルフォンソ殿下の美しいお顔と、ふたりで微笑み合い、
わたしたちは唇を、重ねた――。
Ψ
手を握り合ったわたしたちが貴賓室を出ると、
ベアトリスからの報せを受けた、ロレーナ殿下が王宮から駆け付けてくださっていた。
想像すると――、
「そろそろです! ロレーナ殿下! そろそろ、ふたりは上手くいきそうですよ!!」
と、報せたベアトリスもベアトリスだ。
だけど、ロレーナ殿下はうっすらと瞳に涙を浮かべた笑顔で、わたしたちを祝福してくださった。
やがて、白騎士ルシアさんも姿を見せ、とても喜んでくださった。
そして、ルシアさんはわたしの耳元にそっと口を寄せて、
「殿下はマダレナ閣下への愛を、私に〈長いこと長いこと〉語って聞かせてくれた、と言ったでしょう?」
と、悪戯っ子のように微笑んだ。
わたしとアルフォンソ殿下は、互いの手を握ったままベッドに倒れ込み、夢もみないで爆睡した。
でもいいのだ。
わたしたちは既にふたりして〈夢の中〉にあって、堅く手を結び合っているのだから――。
Ψ
2日眠って、朝に目が覚める。
まだ、となりで寝息を立てているアルフォンソ殿下。
朝の陽光に照らされた殿下の寝顔は神々しいまでに美しく、満足気なその寝顔にわたしは軽くキスをした。
そして、殿下も目を覚まされて、微笑み合う。
互いの気持ちを確認し合ったわたしたちふたりの、最初の共同作業は、
妹パトリシアへの最終的な〈裁き〉の場に、ならんで立つことだった――。
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