第28話 妹は玉座に座っていた

王都に向けて駆ける。


ルシアさんは、最初にお会いしたときと同じ、白騎士としての鎧を身に着けられた。


微笑を浮かべたルシアさんは、フェデリコとホルヘの両騎士団長に、



「お友だちのマダレナ閣下と、ご一緒させていただいてるだけですから……」



と、白騎士としての礼遇を受けることを、やんわり断られた。


爆風には心底びっくりしたけど、


ルシアさんは、わたしの願いどおり、誰も死なせなかった。


とても感謝している。


ただ、帷幕を張って鎧に着替えられたとき、


最後にフードを被って花飾りを着けようとされたのを、ベアトリスに、



「とても変です」


「そ、そうですか……?」


「ええ。お気に入りのアイテムでも、組み合わせを間違えたら、台無しになるものです」



と、こんこんと説教され、むしろ目を輝かせて熱心に聞いていたのが、とても可愛らしくて微笑ましかった。


お会いしたばかりのころは「お姉様!」って感じもしたのに、いまはまるで妹のようだ。


帝国史上ほかに例を見ないであろう理由――ベアトリスからルシアさんへの『オシャレ講座』待ち――で、進軍が止まり、


日暮れを迎えたので、王国騎士団を壊滅させていたこともあって、そのまま野営になった。



帷幕のなかで鈍くかがやく白銀と黒の、白騎士様のためだけにつくられた精緻な鎧。


シャープな印象がするその鎧は、魔鉄製の細かなパーツの組み合わせで出来ていて、


大剣をひと振りしただけで上着をズタズタにしてしまった、あの壮絶な戦闘力にも耐えられる。


また、随所に精巧な装飾がほどこされていて、まるで美術品のようでもある。


わたしとベアトリスが思わず「カッコイイ!」「キレイ!」「ステキ!」「ルシアさんに似合ってる!」と、褒めたり触らせてもらったりしていたら、


ルシアさんは、おずおずと恥じらうような表情をした。



「……そ、そうですか? ……念のため、フルスペック持って来てたんですけど……、見られます?」


「ええ~っ!? フルスペックってなんですか~っ!? 見たいです! 見たい、見たい!」



と、はしゃぐわたしたちに、様々な装備を着けて見せてくれる。


大陸外の蛮族連合軍240万の兵を、白騎士様4人で撤退させたという重装備は圧巻の一言。


俊敏に動ける軽装甲は、ルシアさんの細い腰がより美しく際立って見えて、わたしとベアトリスを羨ましがらせる。


周囲で野営している騎士たちも、


まさか帷幕のなかで女3人「白騎士様ファッションショー」が開催されているとは、夢にも思わなかったことだろう。



翌朝、進軍が再開され、


わたしたちは王都に入った。


王宮入口の、背の高い門扉は固く閉ざされ、わずかに残っていたパトリシア崇拝者たちは最後の抵抗を見せた。


それも、ルシアさんが大剣のひと振りで門扉を両断し、騎士団が王宮内に侵攻、制圧にかかる。


ただ、



「おおぉ~~~~~~~~っ!」



と、拍手してルシアさんを讃えていたのは、わたしとベアトリスだけで、


騎士団の騎士たちは粛々と、仕事をこなしていた。



――畏れ敬われるけど、憧れられることは決してない。



と、白騎士様がおかれる境遇を、ヒシヒシと肌に感じる。


だけど、


並べるようなことでないけど、


並べて語れるようなことでは、まったくもってないのだけど、



――近寄りがたい雰囲気。



と、母国ネヴィス王国では敬遠されて育った、〈端正過ぎる〉わたしとベアトリスには、


ルシアさんが心の奥底に、抱え続けているであろう〈寂しさ〉が、他人事とはどうしても思えなかったのだ。


ルシアさんが可愛らしく、はにかんで、



「騎士団の方たちがご一緒してくれて良かったです。……私たち、殲滅とか壊滅は得意なんですけど、制圧は苦手なんですよねぇ」



と苦笑いされるのにも、



「人間誰しも、得意があれば不得意もありますよ! 補い合って、助け合って一緒に頑張りましょうよ!」



と、ベアトリスとふたり、帝国の最高戦力を励ました。



   Ψ



フェデリコ、ホルヘの両騎士団長から、制圧の完了が報告された。


わたしはベアトリスとルシアさんを従え、多くの騎士たちに護られながら王宮に入った。


カルドーゾ侯爵家の令嬢として生を受け、心から敬い、仰ぎ見ていたネヴィス王家。


その権威の象徴である華やかな王宮。


帝国第3皇女ロレーナ殿下からいただいた、ピーチピンクの金属光沢を放つ、優美で煌びやかな鎧を身に着け、


軍事クーデターを素早く鎮圧した、進駐軍の総責任者として奥へと進む。


だけど、湧き上がりそうになる感慨も、囚われそうになる感傷も振り払う。


帝国の東の守り、エンカンターダスを預かる代理侯爵としての責務を果たすべく、胸を張って背筋を伸ばし端然と歩を進める。



そして、ネヴィス王宮のいちばん奥、その権威をもっとも象徴する謁見の間の、もっとも高い場所に置かれた、国王陛下だけが座ることのできる玉座に、



妹、パトリシアが座っていた。



だらしなく腰掛け、ほおづえをついて、ニヤニヤとわたしを見下ろすパトリシア。


さくらんぼのように明るい赤みのかかったチェリーピンクのドレスが、威厳ある玉座にもよく映えている。


わたしを呼べと、制圧する騎士団を相手にゴネて動かなかったパトリシアが、


どんな醜い表情を浮かべていることかと思っていたけど、



やはり、パトリシアは可愛らしい。



ふんわりとウェーブのかかったイエローオレンジの毛先を、くるくると指先で弄って、


くりくりと愛らしく紫色をした大きな瞳で、わたしを見詰めた。



「あ~あ、この椅子、私のものに出来ると思ってたんだけどなぁ~」


「あら、パトリシア。あなた、女王になるつもりだったの?」


「当然でしょ? 私がいちばん可愛らしいんだから」


「いまのいままで隠し通してたなんて、あなたも成長したのね」


「あら、マダレナ姉様」


「なに?」


「……初めて、私を褒めてくださったわね」


「そうだったかしら? いつも、可愛い可愛いって褒めてたと思うけど?」


「分かってないのね、マダレナ姉様。私に可愛いなんて、褒め言葉になるわけないじゃない」


「それは、悪かったわ。ごめんね、パトリシア」


「……その鎧、あのときの鎧ね」


「ええ。あなたも来てくれた、わたしの代理侯爵就任式で着けてた鎧よ」


「よく似合ってらしてよ」


「あら、ありがとう。……わたしも、あなたに見た目で褒めてもらったのは、初めてかもしれないわね」


「ピンクに光る鎧……、とっても素敵。ピンクのドレスも素敵だったわ。マダレナ姉様にピンクが似合うだなんて……」


「いただきものよ」


「ピンクは私の色だったのに」


「……え?」


「……それも、なぜかひとつだけ私には似合わないピンク色、コーラルピンク。……マダレナ姉様は、どうしても私の上にいきたがるのね」



と、パトリシアは険しいしわを眉間に刻んだ。


いまから思えば、叙爵式で見せた苦々しげな表情も、園遊会で見せた悔しげな表情も、まだパトリシアの表情は可愛らしかった。


可愛らしく苦々しげで、可愛らしく悔しげだった。


だけど、いま目の前にいるパトリシアは、その可愛らしさをかなぐり捨てるほどに、険しい表情を浮かべている。



「……なのに、あっさりグリーンのドレスに着替えちゃって。まるで『わたしには何でも似合うのよ~』って勝ち誇られたみたいで、とても不愉快だったわ」



険しい顔をしたまま、ふてくされたように顔を横に背ける、パトリシア。



「みんな可哀想な私に同情してくれたし、帝国公爵待遇の女王になって、代理侯爵のマダレナ姉様を悔しがらせてやろうと思ってたのにな~」


「そう……」


「みんな、あんなに弱いなんて、ガッカリ」



騎士団長のホルヘが、



「……閣下、そろそろ」



と、促してきたので、


わたしはうなずき、


パトリシアは捕縛された。



「あら、マダレナ姉様。もう、お別れ? 私、寂しいわ」


「……パトリシア。あなたの悪事を裁く場は別にあるの。そこで、もう一度会えるわ」


「大げさなのね」


「わたしは帝国の代理侯爵。あなたは第2王子妃。……偉くなっちゃったのよ、わたしたち」


「ふふふっ。変なの」


「でも、そろそろ白黒つけなくちゃね」


「楽しみね、マダレナ姉様」



パトリシアは騎士たちに拘束され、地下の牢獄へと連行されていき、姉妹の対面は終わった。



「……想像を絶するわね」



というベアトリスのつぶやきに、わたしも小さくうなずくことしか出来なかった。



――ドレスの色が、軍事クーデターを起こした原因。



わたしは完全に言葉を失っていた。



   Ψ



帝都から早馬が届き、勅使様がおみえになるまでの間、わたしが統治――占領政策を担うことになった。


勅使様が到着されたら裁きが始まる。


軍事クーデターの首謀者であるパトリシアの裁きには、わたしも立ち会うことになる。


わたしとパトリシアの因縁が、どういう決着をみるのか、


すべては勅使様の裁定によることになった――。

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