第27話 話が簡単になりました

わたしの妹は、



帝国の理不尽な扱いに対し、


可憐で儚げなその身を顧みることなく、


抗議の靴音を高らかに踏み鳴らし、


ひとり王国の気骨を示した、


無垢で繊細な第2王子妃、


王国のヒロイン、



らしい。



――あたま、痛い……。



憔悴しきったお父様とお母様が、顔を上げることもできず、うなだれたままで、ポツリポツリと話して下さる。



――あれは、わたしに言った幼稚な嫌味を、〈庭園の騎士〉であるフェデリコに聞きとがめられ、


わたしとベアトリスに取り成してもらい、


代官ナディアから穏便に事を収めるため、そっと退席するように勧められたのが気に喰わず、


感情の赴くままに、ほかの来賓にも聞こえるような靴音を不機嫌に鳴らした。



のですわよ?


と、おふたりに言う気にもなれず、黙って話を聞いた。



パトリシアは謹慎の身でありながら、夜な夜な離宮を抜け出しては、王国の騎士たちに帝国の非を訴えて回り、


涙ながらに王政の刷新を〈暗に〉求めていったらしい。


パトリシアが従者にした、わたしの元婚約者ジョアンはジョアンで、



――帝国貴族に非礼を働き、落ちぶれた自分を拾ってくれた、女神様のように優しく可憐な、パトリシア妃殿下。


その儚げな肩を帝国への恐怖に震わせながら、いかに勇気を奮われ、いかに毅然と靴音を踏み鳴らされたことか。



と、これまた涙ながらに、騎士たちに説いて回ったんだそうだ。



――毅然とした靴音って、……なに?



と、わたしと、わたしの右に立つベアトリスはポカンと口を開け、


左に立つ町娘姿のルシアさんは、まぶかに被ったフードの奥で、吹き出すのを必死にこらえていた。



――ルシアさん……、最初にお会いした頃に比べたら、随分、豊かな表情を見せてくださるようになられた……。



と、感動でもしておくしかない。


とにかく、〈王国のヒロイン〉に言いくるめられた王国騎士団は、決起した。



わが母国には、アホしかいないのか?



そして、王宮の占拠に成功し、国王陛下、王妃陛下、王太子殿下を軟禁すると、


崇拝する騎士たちに離宮から〈救出〉されたパトリシアは、王宮に入り、


国王陛下に対し、夫である第2王子リカルド殿下へのご譲位を迫っている。



と、パトリシアは、お父様とお母様にことの次第を嬉々として語ったそうだ。



「ねっ? マダレナ姉様より、私の方が賢いでしょう?」



と。



まあ……、自分が女王になろうとしないだけ、賢いことにしてやってもいい。


が、しかし、


騎士団に王太后宮を包囲させ、王太后陛下を事実上の軟禁状態に置いた上で、


騎士たちの制止を振り切ったパトリシアは、ひとり城門の前に立ち、



「私は、王太后陛下のお立場も理解しておりますわ。ですが、騎士たちの怒りも相当なもの。私が、陛下をお取り成しいたしますから、どうぞ城門をお開きください」



と、一席ぶったらしい。涙ながらに。


王太后陛下の呆れる顔が、目に浮かぶようだ。


すみません。


不肖の妹がご迷惑をおかけして。


そして、それを見たお父様とお母様が、簡単に言うと、



――ダメだこりゃ。



と思われ、決死の覚悟で王都を脱出された……、


わたしの温情に縋るために。



という、顛末らしい。



ベアトリスが、わたしの耳元に口を寄せた。



「……マダレナと私に取り成されたのが、よっぽど悔しかったのね」


「え? ……そういうこと?」


「だって、パトリシアの辞書に〈取り成す〉なんて言葉、あると思う?」


「……それを、王太后陛下相手にやらかすところが、わが妹の奥深いところね」


「たしかに、底抜けだわ……」



そして、クーデターの目的は、



――第2王子リカルド殿下を即位させ、王太后陛下を通じ、帝国に対してネヴィス王国の国王への帝国公爵待遇を求める。



というものらしい。


いまは〈準〉公爵待遇。


ここまで大げさなことをしでかした目的が、待遇を〈半分上げる〉であることに、


眉間のしわを、右手と左手の人差し指で何度ひらいても、消えてくれない。


ただ、帝国伯爵や代理侯爵にポンポンしてもらってる、わたしが異例過ぎるのであって、


属国の国王が帝政における待遇を〈半分上げる〉ことは、


国をあげての大事業で、


百年の大計と位置付けられても、おかしくないことではあるのだけど……。


ながく平和の世がつづく帝政において、軍事による政変を起こすなど、国ごと消滅させられてもおかしくない不祥事だ。


パトリシアに、ここから引っくり返す、アッと驚く秘策があるのなら、



――マダレナ姉様より賢い。



と、認めて拍手でも賛辞でも、好きなだけ贈ってあげるけど、


まず、無理だ。



身体にまったく力が入らないんだろうなという様子のお母様が、その場で融けるようにひれ伏し、


地面に額をこすりつけた。



「……マダレナ閣下。……どうか、パトリシアの命だけはお救いください」



やっぱりお母様は、パトリシアが可愛いんだ! ……なんて気持ちは、ちっとも湧かない。


娘のどちらが可愛いとか、そんなことはどうでもよく、ただ、命だけは救けてほしいと願っている。


たぶんもう、ほかに何も考えられないのだろう。



「……努力します」



と、いつもお母様のお小言に、口だけで応えていた言葉に、


できるだけ穏やかな語調を乗せてあげることしか、出来なかった。



すでに、帝都ソリス・エテルナに急使を飛ばしている。


事態収拾の最終的な行方は、皇帝陛下の思し召しによることになる。


陛下の心証を良くするためにも、


家籍は離れたとはいえ、パトリシアの姉であるわたしが、この馬鹿げた軍事クーデターを、すみやかに鎮圧するしかない――。



   Ψ



が、パトリシアは、この局面にいたってもわたしの想像を超えてきた。


王太后宮を包囲するわずかな兵を残し、


王国騎士団の全軍3万をもって、わたしが率いる騎士団を攻めようと、兵を進めてきたのだ。



――あたま、痛い。



眼前に陣を敷いた王国騎士団を見渡して、わたしは頭をかかえた。


そりゃ、こっちは6000だけどさ……。


後ろには、帝国100万の軍がいるんですよ? 分かってます?



もちろん、エンカンターダスの騎士団長フェデリコも、サビアの騎士団長ホルヘも、負ける気などまったくない。



――5倍? ちょうどいいハンデですな。



といった風情で、涼しい顔をして敵が攻めかかってくるのを待っている。


超絶美形フェデリコも、初老の美丈夫ホルヘも、やはり戦場に立つ姿がいちばん様になる。


わたしとベアトリスが、つい見惚れてしまっていると、


フードをすこし上げたルシアさんが、



「あ~。王国の騎士団の方、いま、威嚇の矢を放たれましたねぇ~。皇帝陛下の兵に刃を向けたのなら、話が簡単になりました~」



と、のん気な声で歌うように仰られ、ご自身の大荷物の中から、大剣を引き抜かれた。


そして、フードをとり、ファサッとひろがる純白で色のない長い髪の毛、


燃えるような紅蓮の瞳には、穏やかな微笑が浮かんでいる。


どよめきが広がるわたしの騎士団を、気にする様子もなく、とったフードを大荷物の中に丁寧に仕舞われてから、



「マダレナ閣下。なにかご要望はありますか?」



と、微笑を絶やさず、わたしに話しかけられた。



「あ……、えっと……、王国の騎士の中には、わたしと仲良くしてくれた方もいるので……、できれば死ぬとか、ないほうがいいかな……、なんて」


「承知いたしました。しばらく、お待ちくださいね」



と、ルシアさんが前線に向けて歩き始めると、


わたしの騎士団の騎士たちが、



サァァァァァ――………………



と、大海が割れるように、道をあけてゆく。


やがて、ルシアさんは、ながく白い髪を風に揺らした町娘風の衣裳に、幅広の大剣というお姿で、前線に立たれた。



次の瞬間――、



スカートの幅いっぱいに歩幅を広げて腰を落とし、


大剣を、身体の左にグッと引き込んだかと思うと、


縦にかまえた刃を横方向に、うちわのように、右に振り抜かれた。



たちまち吹き抜ける、爆風。



凄まじい勢いで舞い上がる砂塵とともに、


陣を向き合わせにしていた王国騎士団の兵が、


かるく5000人は、吹き飛ばされ宙を舞った。



バラバラと落ちてくる、王国の騎士たち。



町娘風の衣裳はズタズタになっているのに、ルシアさんは平然と、大剣を地に刺した。


そして――、



「皇帝陛下の御剣がひと振り、白騎士ルシア・カルデロンである」



と、戦場の全体によく通る、透き通るようなその声を響かせた。



「陛下の兵に刃を向け、風遊びに興じるだけで済んだは、すべて優しきマダレナ・オルキデア閣下のご温情である。まことその姓に相応しき〈蘭〉のごとくに美しきお姿を、目に焼き付けておくがよい」



ルシアさんの穏やかな声だけが、戦場に響き、だれも物音ひとつ立てようとはしない。



「だが、次は刃を横に寝かせる。胴を両断されたくなくば、ただちに剣を置き、鎧を脱いで、王都に退け。そして、いずれ進駐する帝国騎士団の沙汰を、王宮にてしずかに待つがいい」



静まり返る、両軍。


やがて、目のまえの王国騎士団の騎士たちは、次々に剣を投げ捨て、鎧を脱ぎ捨てながら逃げ出し始めた。



潰走――、



などと軍事用語は要らない。


ただ、3万人の男たちが、いっせいに駆けっこを始めたような風景に、


自分の口が、ポカンと開いているのにも気付かなかった。


そして、ルシアさんに目をやると、上着がズタズタに破けている。


ハッと我に返って確認すると、


胸ははだけてむき出しだけど、下腹部はかろうじて残った布に覆われている。


ホッと胸を撫で下ろしてから、



――いや、胸がむきだし、ダメじゃん!



と、わたしが思う前に、


ケープを広げたベアトリスが、駆け出してくれていた。



「はーい! 男の人は後ろ向いてくださ――っい!!」



と、わたしが声をあげると、騎士たちも我に返って、慌てて後ろを向く。


やがて、ケープで上半身を隠したルシアさんが、わたしのところに戻ってきて、



「捕虜にしても面倒なだけなので、自分の足で帰ってもらいました」



と、笑い、



「せっかく、揃えていただいたお衣裳、ダメにしてしましました」



と、残念そうな笑いを重ねた。



「い、いえ、そんな……」


「でも、フードと花飾りは、ちゃんと仕舞っておいたので無事です」


「え、ええ……」


「……また、一緒に街あるき、してくださいますか?」


「も、もちろん! お衣裳も、もっと可愛いの買いに行きましょうよ! そうだ、次はお衣裳の買い出しに、一緒にお店巡りをしましょう! きっと、楽しいですよぉ~!?」



と、わたしが言うと、


ルシアさんは、はにかむように笑って、額をポリポリと大剣の柄でかいた。



これが、唯一にして最後の戦闘になり、わたしの騎士団は文字通り、無人の荒野を駆け抜け、


妹パトリシアの待つ、王都へと向かった――。

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